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マッスルガールキングダム  作者: カシノ


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004

 ピューレさんに買われてから五日が経った。

 1億という高額で落札された僕だが、ピューレさんは労働力に困っていない。彼女の経営する工場は順調に稼働を続け、家事は通いの家政婦さんで十二分に果たされている。僕は本当に、オペラさんへ当てつけするためだけに買われた奴隷だった。

 しかし、何の役割も与えられないというのは、それはそれで辛いものがある。夕食の時間、ピューレさんに懇願し、書斎整理の仕事を作ってもらった。

 ピューレさんの書斎は非常に立派である。僕はもちろんのこと、ピューレさんよりも背の高い本棚が三方の壁を埋め、積み上げた本の塔が床に乱立している。荒れ具合はともかく、蔵書量ならお屋敷の図書室と遜色ない充実度だ。この邸宅の中で一番広い部屋は間違いなくここだろう。

 ピューレさんからは、分かる範囲でいいので分類ごとに仕分けるよう言われている。元の世界の図書館と違って背表紙にラベルが貼ってある訳はないので、内容に目を通す必要があるのだが、それがこの世界の実情を知るうえで非常に役立った。

 ゲベック帝国建国以前、デセールト共和国で敷かれていた男性による圧政。女神樹の発見とそれに生る果実、女神の実《ゴッデス・スウィーティ》がもたらす効能について。

 どうやら女神の実は、食した女性に頑強な肉体を与えるようだ。果物を一つ食べるだけで、小柄な少女も恵体ボディビルダーに早変わり。加えて、継続して摂食することで身体機能は維持され、不死に近い回復能力も得られるらしい。

 当時の女性達は女神の実の力をもって、革命を起こした。その結果、男性達は権力を失い、かつて自らがそうしたように、奴隷として扱われることになったのだ。


「ふむ」


 女神樹の歴史について綴られた書物を閉じて本棚に納め、転移について書かれた本を手に取る。

 僕達が巻き込まれた転移。ゲベック帝国が生まれる前の共和国一強時代から確認されていた現象だが、原理は未だ解明されていない。この世界の感覚では天気や季節と同じく周期的に発現するもので、あくまで自然現象のひとつと捉えられているようだ。

 それではオペラさんの言っていた魔素順応は何だったのかという話だが、そもそも魔法自体存在していないらしい。魔素順応は転移者達を閉じ込めておくための方便で、この世界も元の世界と同じく、科学に則った原理で動いている。僕のような貧弱な男が魔法の力に目覚め、筋肉モリモリの女性と対等になる都合のいい展開はなかった。


 とはいえ、奴隷扱いもそう悪いものではない。

 食事は三食食べられるし、鞭打ちなんかの虐待とも無縁だ。一階の空き部屋も今のところは僕専用の個室と化していて、プライバシーも確保されている。ピューレさんのお家での生活をあらためて整理すると、お屋敷で暮らしていたときとほとんど同じ条件だ。

 唯一の不満点といえば、外出が禁止されているところか。僕は敷地の庭に出ることさえ許されておらず、家政婦さんが勤務する時間に至っては書斎から出ることも禁じられている。

 ピューレさんがオペラさんを過剰に警戒しているためだ。彼女が言うには、オペラさんは僕を拐う機会を虎視眈々と狙っていて、隙を見せたら最後、力づくで乗り込んできて連れ去ってしまうらしい。

 ピューレさんの考えすぎに決まっているけれど、僕は彼女に買われた身だ。彼女が納得するまでは粛々と受け入れるしかないだろう。


「あ」


 本を片手に思惟に耽っていると、窓から人力車の音がした。

 ピューレさんが帰ってくる時間だ。本を片付け、急いで玄関に向かう。


「ただいま~!」


 僕が玄関に着くのとほとんど同時に、勢いよく扉が開かれた。白いシャツにスラックスという、ほとんど現代の社会人と同じ恰好をしたピューレさんが、喜色満面の笑みを浮かべている。


「おかえりなさい。もしかして、上手くいったんですか?」

「そうなのよ! ずっと煮詰まってたんだけど、とうとう成功したわ!」


 ピューレさんはこの頃、デセールト共和国に輸出する女神の実の新しい加工方法の研究に勤しんでいた。険しい表情を見ることも多かったが、無事に開発できて何よりだ。

 ピューレさんは誰でもいいので喜びを分かち合いたいらしく、手提げの鞄から成果物らしき缶を取り出す。


「これが試作品。缶詰はキミの世界でも見たことあるでしょ? 普通のシロップだとすぐに劣化しちゃうんだけど、樹液を一定の割合で混ぜると長持ちするの。ようやく配分を探り当てて──まあ、キミには分かんないわよね。とにかく、効能を落とさずに保存性を高めたのは快挙なの。あ、せっかくだから食べてみる? なんてね。男が食べると」

「いいんですか? いただきます」


 女性達に神の如き力を与える女神の実の味は、ずっと気になっていた。早口で捲し立てるピューレさんが持つ缶詰から果肉を一つ頂戴して、口の中に放り込む。

 甘い。口内に貼り付くねっとりした甘さだ。食感としては桃に近いか。シロップ漬けの水々しさもあって、桃の缶詰を連想させる。

 しかし、本に書かれていたような劇的な効能は感じない。くどいくらい甘い南国の果物を食べている感覚だ。分かってはいたことだが、女神の実は女性にのみ力を与え、男には効果がないらしい。

 親指に残ったシロップを舐めとっていると、ピューレさんの不安げな視線に気がつく。


「だ、大丈夫なの?」

「え?」


 もしかして、効能を確認しただけで、実食検証はまだだったのか。たしかに甘すぎる気もするが、こういう果物と言われれば納得できる範疇だ。僕の全身を検めるピューレさんに笑って頷きを返す。


「……ま、いっか! そういう男もいるってことで。今日はお祝いよ~!」


 ピューレさんはしばらく不審がっていたものの、完成の喜びを優先したようだ。保管してあるワインを指折り数えながらうきうきで食堂に向かう、筋を彫ったように形のくっきり浮き出た背中を追う。口の中には未だ女神の実の甘さがこびりついていたが、夕食を摂り終える頃にはすっかり忘れてしまった。

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