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うろつく魔王  作者: こたつ布団
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289.対峙

「では私から行くぞ、ついてくるがいい」

 改めて、テーナに術を施したグリエラは、事も無げに喧騒の渦へと足を踏み出した。アンナたちは、はぐれまいと必死にその背を追う。


 不思議な光景であった。人で埋まり、 アンナには壁のように見えている群衆が不審げな顔を浮かべながらも、抗いようもない何かが迫ってきたかのようにグリエラを避けていく。

 そのおかげで、ついていくアンナたちはなんの妨げもなく歩を進めることができた。

 しかしその頭上では怒号が渦巻いている。「出てこい」「人間の領主など認めないぞ」と領主屋敷に向かって叫び続けていた。

 耳を裂くような罵声に、アンナの脳裏にはあの日の王都の記憶が鮮明に蘇った。体が焼けるように熱くなり、息が詰まりそうになる。

 グリエラの術は確かなものだろうが、もしこんなところで術が解けたら_想像しただけで、喉の奥がひりついた。

「大丈夫ですか、アンナ様。私が後ろにおります。グリエラ様の術です。心配はありません」

 マリアナがアンナの背中に手を添えた。アンナが振り向くと、マリアナが顔をこわばらせて無理に微笑んでいる。それを見て、少し肩の力が抜けた。

「……ありがとう、マリアナ。大丈夫よ」

 アンナは気を取り直し、グリエラの後に続いた。


 やがて、突然人の列が途切れ、視界がひらけた。

 群衆の先頭に出たのだ。

 人々はなおも領主屋敷に向かって声を上げている。その壇上に立ち、「叫べ、声をあげろ。アールスに思い知らせるんだ」と群衆を煽っているアンティノキアの姿があった。

 猪を思わせる顔に無数の傷。獰猛な面構えだ。 分厚い体躯は岩のように頑強そうで、以前自身の火球を受けたと聞く体毛は、まだらに焼け落ちたまま残っている。それがかえって、禍々しさを際立たせていた。 背丈も四エルほどはありそうだ。

(あんな相手に……) シュマルハウト将軍サカキと二人がかりだったとはいえ、本当に勝ったというのか。 アンナは、その威容を前に疑わずにはいられなかった。

「あれが……ナイガという男なの」

「そうだ」

 グリエラは短く答えた。


「アールスは別に相手にする必要はないのよね。地位安堵の期間がまだまだ残っているのでしょう?」

 人々の声が上がる中、アンナはすがるようにグリエラに顔を向けた。

「そうだ、一応はな」

「なら……放っておけばいいんだわ。すごくたくさんに見えるけどこの人たちだって、みんながナイガの支持者なわけではないでしょう?見物に来ただけの人も大勢いるはずよ。ナイガと一人で戦うことはないわ」

「……」

 アンナは力を込めて主張したが、グリエラは答えず、ナイガの姿を値踏みするように眺めている。


 そのときだった。

 地鳴りのような怒号が途絶え、ざわめきが広場を満たした。

 ナイガが腕組みをし、領主屋敷を睨みつける。

 それに呼応するように群衆が動き出し、領主屋敷とナイガを結ぶ一本の道が開けたのだ。

 アンナたちは気づかれることもなく、ナイガの立つ舞台のすぐ近くにいた。その道の行き先がはっきりと見える。

(なんで出てきたのよ……)

 アールスが門を抜け、こちらに歩み寄ってくるのが見えた。

 壁のように立ちはだかる群衆に対比して、はるかに小さく見える。

 アンナの胸が締め付けられるように苦しくなる。

 アールスは濃紺の魔導士服に身を包み、右手に杖を持ち、臆する様子もなく歩を進めている。顔はフードに隠れておりその表情はわからない。

 周りから「戦え」「卑怯者」と言う声が飛び交ったが、アールスがナイガに近づくにつれて、声は途絶え、ざわめきもおさまっていく。 


 アールスはそのまま歩みを進め、ついにナイガと対峙し、群衆は張り詰めた沈黙に包まれた。

(アールス……)

 アンナの目の前にアールスが立っている。


「怯えて出てこれねえと思ってたが、そこは評価してやるぜ」

 ナイガが嘲笑を浮かべ、アールスを見下ろした。

 アールスは無言でフードを払い除けた。落ち着いているが強い眼光でナイガの視線を受けた。

(あ……なんだか……)

 迷いのない精悍な面構えをしている。全く気づかれないという安心感もあり、アンナはアールスの顔に見入った。


 緊張感が頂点となり、ナイガが再び口を開こうとしたそのとき_。

 睨み合っていたアールスは不意に眉を顰め、首筋に手をやり、アンナの方をまともに見た。


「……っ!」

 アンナの喉の奥がひゅっと狭まり、息が止まった。

 アールスはまさにアンナの目を合わせているように見え、アンナの鼓動が跳ね上がった。

「どこを見てやがる」

 ナイガが腹立たしげに怒声を浴びせると、アールスは首を傾げながら、ナイガに視線を戻した。


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