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無限VR宇宙のNPCはメインヒロインを救えるか  作者: みらいつりびと


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3/6

ASI

 昼休み、俺は理素とともに屋上へ行き、ふたりだけで昼食を取る。

 俺は別に教室で食べたっていいんだが、クラスメイトと馴染めない彼女がそれを望んでいるからだ。

 こんなことをしていると理素をますます孤立させ、俺も新たな友達ができにくいのだが、しかたない。

 中学のとき、教室で食べようよと伝えて、実際にそうしたことがある。

 理素は震える手で箸を運び、苦しそうに食べ物を嚥下していた。

 翌日、彼女はひとりで屋上へ行った。気になって見に行くと、さめざめと泣きながら食べていた。

 その後、俺は幼馴染に付き合いつづけている。


 高校の屋上は転落防止フェンスで囲われている。隅にエアコンの室外機が何台か並んでいて、塔屋の上には貯水タンクがある。

 俺たちの他にもぼっちがいたりするが、いまは俺と理素だけだった。

  

 俺はたいていコンビニで買ったおにぎりやパンを食べる。

 今日は鮭と梅干しのおにぎりとコロッケパンだ。

 理素は手づくりのお弁当。彼女のおとうさんが毎朝娘たちのためにつくっている。

 理素と愛素さんも、俺と同じく父子家庭で育った。

 俺の父は再婚したが、空原家はそうではない。


 食事しながら、俺たちは会話する。

「昨日から義妹さんと一緒に住んでるんですよね?」

「うん。義理の母親もね。四人暮らしだよ」

「あの美しくて有名な明日葉美舟さんですよね?」

「いまは白根井美舟だけど、そのとおりだよ」


 理素はしばらく沈黙した。何か言おうか言うまいか逡巡しているようだった。

 彼女は結局、発言することを選択した。

「す……好きになったりしませんか?」

 息を呑んで俺の返事を待つ理素。

 俺はゆっくりとかぶりを振った。


「ならないよ。高嶺の花すぎてそういうふうには見れない」

「高嶺の花って……明らかに手が届くところにいるじゃないですか」

「物理的な距離は近くなった。でも所属してるカーストは遠いままだよ。あっちは学園のアイドルで、こっちは友達の少ない凡人だ」

「すみません。鍵くんに友達が少ないのは、私とつるんでいるせいですよね」

「気にしないでくれ。理素と一緒にいる時間を、俺は大切に思ってるよ」

 

 心の底からそう思っている。

 理素は命を賭けて俺を守ってくれたことがある。

 たくさんの友達をつくるより、彼女と過ごすことの方が重要だ。

「私も鍵くんといる時間がこの上なく大切です……」

 理素は微かに、ほんのわずかに恥ずかしそうな顔をした。


 昼ごはんを食べながら、話しつづけた。

「授業中に考えたんです。何者が『サービス終了のお知らせ』を世界中にばら撒いたのか」

 授業中にそんなこと考えてたらだめじゃんと思うが、理素に限っては問題ない。

 彼女は体育を除くすべての科目で抜群の成績を残している。

 そんなにガリ勉しているようすはないのだが、高一の定期試験では毎回学年トップだった。地頭がいいのだ。


「ASIの仕業じゃないかと思うんです」

「ASIって、人工超知能だよね。そんなもの存在するの?」

「Artificial Super Intelligence」

 理素は流暢に発音した。

「ASIがすでに実在し、ネットを秘かにコントロールしているとすれば、起こり得る現象です」


 シンギュラリティという概念がある。

 アメリカの未来学者、レイ・カーツワイルが提唱した。

 人工知能が人間の知能を大幅に凌駕したとき、人間の制御を離れてAIが新世代のAIを開発し、爆発的に進歩して、人類には何が起こっているのかわからない世界が到来する。

 そのときネットを支配しているのは、ASIだ。


「ネットを支配する者は、リアルもまた支配します。現代社会はネットに全面的に依存していますから」

「シンギュラリティが来たとは、まだ聞いてないけど」

「私だってないですよ。でもAIは日進月歩というより、時進日歩で進化しています。科学の最先端で、あるいは世界の片隅で、秘かにASIが生まれたのかもしれません」

「一度人工超知能が生まれると、人間の制御を逃れて跳梁跋扈し、世界を意のままにする……」


 俺と理素はごくりと喉を鳴らし、顔を見合わせた。

「ヒャッハー、俺たちは新時代を生きている!」

「どどどどうしましょう。心躍ります」

 俺は高笑いし、理素は(俺にだけわかるレベルで)うっそりと笑った。

 その直後、俺たちは我に返った。


「そんなはずあるかあっ」

「そうですよね。荒唐無稽です。先走りすぎました。まだAGIだって生まれてないはずです」

 AGIは人工汎用知能。Artificial General Intelligence。人間レベルの知能を持ったAIのことだ。

 AIはある種の分野ではすでに人間を凌駕し、総合的思考においても追い越しつつあるが、感情や人間関係の理解、自然や宗教や物語に対する感性、天才的発想などについてはまだ人類におよばない。


「授業中にくだらないことを考えてたらだめじゃないか、ミジンコちゃん」

 俺がいじると、理素はまた黙り込んだ。

 自分で自分のことをミジンコ女子と呼ぶのはいい。しかし他人から言われると、繊細な感受性が悲鳴をあげるらしい。

「ごめん」

 俺は頭を深く下げた。


 しばらく会話が途切れた。

 俺はASI実在仮説について考える。

 カーツワイルは2045年頃にシンギュラリティが到来すると予想した。

 今すでに技術的特異点(シンギュラリティ)が来ているとしたら?

 人工超知能が人間にばれないよう電脳空間に隠れて、人類を支配する作戦を進行させ、宣戦布告として「サービス終了のお知らせ」というメッセージを点灯させたのだとしたら?


「私、朝、感じ悪かったですよね……」

 理素がつぶやいた。

 彼女もASIのことを考えていると思っていたが、ちがったようだ。

「せっかく宮田くんが話しかけてくれたのに」

 宮田くんというのは、今朝理素に話しかけてきた男子だ。

「きちんと相手の目を見て、あいさつを返さなきゃいけないのに。話しかけられたら、返事しないといけないのに。あたりまえのことができない。私、だめな人間です……」

 理素が人間関係面でまともなことを言っている。めずらしい。


「宮田くんと仲よくなりたいなら応援するぞ」

「そういうんじゃないです!」

 さらにめずらしいことに、理素が感情をあらわにして怒った。

「すまん。普通に人間関係を築けるようになりたいんだよね。わかってるって。でも宮田くんはいい人だよね」

「わざと私を怒らせてます? じゃあ全力で応援してください。何をしてくれるんですか?」

「えーっと……よく撮れてる理素の写真を彼に見せる」

「絶対にやめてください。鍵くん嫌い!」


 やさしい彼女を完全に怒らせてしまった。

 反省しなければならない。


「話は元に戻るんですけど」

 理素は肺の空気をすべて吐き出すような深いため息をついてから、会話を再開させた。

「サービス終了のお知らせを表示させたのは、なんらかの全知全能的存在であると思います」

 俺は唖然とする。

「全知全能って……神かよ?」

「神ということばに象徴される何かと言ってもいいでしょうね。とにかく人間を超越した力を持つ何かです」

 理素はまた無表情になっている。俺でもそこから感情を読み取ることができない完璧な無表情。


「仮に鍵くんがインターネットを終わらせる力を持っていたとしたら、終わらせますか?」

「は?」

 義妹は困ると言っていた。

「何それ? 壮大すぎて即答できないよ」

 理素は彼女のスマホを俺に見せ、電源を切った。

「私、ネットなんていらないと思うんです。こんなもの、役に立ちません。世界をぐちゃぐちゃにするだけです」

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