ワケあり13人目⑧
「待たせたんだぁ。族長の所から、情報を持ってきたんだぁ」
翌日。
疲れた顔のノルが俺たちの野営地点に来たのは、昼少し手前の事だった。
彼女の様子を見る限り、族長と一悶着あったに違いない。
「助かる。けど、その様子だとだいぶ揉めたんじゃないか?」
「んだなぁ。ノルは決めたんだぁ。もうあの族長の下でやっていくのはこりごりなんだぁ」
ノルが強い意志の籠もった瞳で言う。
どうやら決別を決意するくらいには酷くやり合ったらしい。
とりあえず、ノル1人だけでも蜘蛛女族がついてきてくれそうなのは朗報か。
「それならうちに来るか? 色々と仕事はしてもらうけど、給料とかは保証するぞ?」
「願ったり叶ったりだぁ。と、それよりも攫われたって仲間は5人だって話だぁ」
多分来るだろうなー、と思って勧誘してみたら、ノルは案の定首を縦に振った。
もしかすると、彼女側も俺が声をかける事を想定していたのかもな。
ある意味既定路線のやり取りをしていたら、軌道修正とばかりに持ってきた情報を共有。
なるほど、これから真面目な話ね。
「5人か。て事は大人1人と子供4人、か?」
「んだぁ。んでも調べた感じ、結構キナ臭いんだぁ。ノルと一緒で、族長から逃げた可能性があるんだぁ」
まあ、族長の性格からして、弱い立場に当たりが強いのは容易に想像できる。
何かしらのわだかまりが溜まって、それが表出したという可能性は全然あり得るな。
「そう考えると、族長が変に高圧的なのも頷ける。結局、自分のせいで逃げ出した仲間を捕まえるのに力を貸してくれ、なんて正直に言えるわけないだろうしな」
蜘蛛女族の中でどういう基準で族長を決めているかは不明だが、もしかすると歴代の族長から急に暗愚になったのかもしれない。
まあ、その辺りは俺の与り知る所ではないのだが。
「んだなぁ。まずは最後の目撃情報のあった場所に行くんだぁ。そこから足取りを追うしかないんだぁ」
「了解。そんじゃ、案内は頼む」
野営地を片付けて引き払い、ノルの案内で移動する事1時間程度。
山の麓にある森の中で俺たちは足を止めた。
「最後の情報はここなんだぁ。ほれ、あそこらへんに見張りがいるんだぁ」
ノルの示す方向には、武装した蜘蛛女族の戦士が数名。
どうやら、周辺を探るというよりは、行方不明の仲間が戻って来るのを待ち構えているような雰囲気だ。
「カトレス、クルス、どう思う?」
他の視点が欲しいな、と思って近くにいる双子に話題を振ってみる。
こういう時は、存外視点を変えた方が何かに気付く事もあるだろうし。
「ん~……うちにはよくわからないけど、何で待ってるんだろうね? あの様子だと、まるで何かを外に出さないようにしてるみたいな……」
外に出さない。
言われてみれば、武装した蜘蛛女族たちは、周囲を警戒してこそいるものの、時折中心部を確認するような素振りを見せている。
洞窟などの身を隠せるような場所があるわけでもないのだが、不自然な動きだ。
「まずはあいつらをどかした方が話が早そうか?」
「その可能性はあるんだぁ。けども、ノルは戦士たちと相性が悪いんだぁ。申し訳ねえけども、ハイトに任せるんだぁ」
戦士たちと相性が悪い。
ノルの言葉が意味する所はわからないが、とりあえず俺の出番という事だけはわかった。
「蜘蛛女族は魔術耐性が高かったりするか?」
俺の魔力量なら、多少の魔術耐性如きは無理矢理突破できるが、体質的に魔術は一切効きません、だとさすがに面倒なので、ノルに確認をしてみれば、彼女は不思議そうにしながらも、ふるふると横に首を振る。
であれば、あいつらを無力化するのは朝飯前というやつだ。
「眠りの霧」
武装した蜘蛛女たちの所に、魔術で白い霧を発生させる。
何事だ、と一瞬だけ騒ぎになったが、すぐに人が倒れる音がして静かに。
うん、しっかり効いてるな。
霧を吸い込んだ者を眠りに誘う霧を発生させる魔術なのだが、効果覿面だ。
吸い込ませるという手間がある代わりに、睡眠の効き目はかなり高いのである。
「途中で目を覚ますと面倒だから、適当に縛って転がしとけ」
「ん、了解。みんな、手伝って」
クルスに指示を出すと、彼女は兵士たちも使ってテキパキと眠った蜘蛛女族を拘束していく。
手足を縛られた蜘蛛女族の下半身が、売られる前のカニのように見えたのは内緒だ。
まあ、どんだけ飢えてても食べようとは思わないが。
「中心はこの辺りだったよな。一体何があったんだ?」
武装していた蜘蛛女たちの警戒していたであろう場所をうろつく。
とはいえ、俺には何もわからない。
「ハイト、その辺りだけ足音が変わってる」
はて、と首を傾げていた所、大きな狐耳をピコピコと動かしながら、クルスがこちらにやってくる。
どうやら蜘蛛女族の拘束は終わったようで、一か所に纏められた状態で兵士たちが見張っているようだ。
「カトレスもわかるか?」
念のため、とカトレスにも訊いてみると、彼女も大きな狐耳をピコピコと動かし始める。
不謹慎だけど、ちょっと癒されるな、この光景。
「ん、クルスの言う通りだね。ちょうど今、ハイトの真下辺りだけ、足音が軽く聞こえるよ」
足音が軽く聞こえる、という事は……。
俺は、普段から常駐させている感知魔術の範囲を広げ、地面の下も影響下に置く。
すると、ちょうど俺の真下数メートルに生命反応。
数は5つ。
多分、ビンゴだろう。
「下にいるっぽいな」
状況はわからんが、俺の想像ではこうだ。
族長から逃げ出した大人1人と子供4人の蜘蛛女族が、逃げる道中、足を止めざるを得なくなった。
怪我や病気なのか、それとも子供の体力の限界だったのか、詳しい理由まではわからないが、とにかく身を隠す必要が出て、地面に身を隠す。
しかし、思ったよりも族長からの追手が早く、出るに出られなくなってしまった。
事の真相としては、こんな所じゃないだろうか。
「ノル、どうにか説得できないか?」
俺が適当に魔術で掘り起こしてもいいんだが、それでいらぬ警戒をされるくらいなら、同族のノルに任せた方が色々と状況が良さそうだ。
そんなわけで、俺たちは1度距離を取り、ノルに接触を任せる事に。
「お~い。今なら族長の手下はいないんだぁ。話はできるかぁ?」
蜘蛛脚の1本でコンコンと地面をノックしながら、地面に向かって呼び掛ける。
任せてから思ったけど、ノルも実は族長の手先として見られないかな?
『……その声は、ノル?』
俺の心配を他所に、地面からくぐもった声が。
恐らく、魔術による拡声を加えられているであろうその声は、独特の揺らぎがある。
どうやら、ノルは蜘蛛女族の中でもなかなかに顔が広いようだ、と認識を改め、交渉が上手くいく事を祈るのだった。




