ワケあり12人目⑨
「さて、全部話せとは言わない。けど、雇用主である以上は、俺もいくらか事情は知る必要がある。知らないと、いざという時にアメシスを守れない」
給仕が紅茶とお茶請けを置いて退出した所で、俺はアメシスを真っ直ぐ見つめて話を切り出す。
まだ1ヵ月も経っていない以上、お互いの関係値がそこまで深くないのは承知の上だ。
けど、雇用主である以上、俺はアメシスを守る義務があるし、そのためには最低限度の事情は知らなければいけない。
「……いつから酔ってるフリだって気付いていたんだい?」
俺が真剣に話しているのに気付いたのだろう。
アメシスの方も酔った気配など微塵も感じない顔で、まじまじと俺の目を見ている。
その瞳には、僅かに恐怖の感情が揺れている……ような気がした。
「まあ、疑いそのものは最初っから持ってはいたな。確信したのは今日だけど」
鑑定時点で弱めとはいえアルコール耐性持ちだったしな。
それでいて、何度か鑑定し直してみても、酔っていたとしてもほろ酔い止まりで、それ以上の状態になっているのは見た事が無い。
だからこそ、完全に確信は持てなかったものの、今日の作業風景を見た時点で確信を持てた。
「……元々、お酒は好きなんだけどさ。体質のせいか、どれだけ呑んでも深くは酔えなくてね。ほんのちょっとだけ、気持ち良くなって終わり。どうせなら、ぐでんぐでんになるくらいに酔っ払って、嫌な記憶ごと忘れられたらどれほど良かった事か」
直接的な話こそしないが、今の内容でアメシスに忘れたい記憶がある、という事だけは理解できる。
それが酔ったフリをするのと何の関係があるのか不明ではあるのだが。
変に聞き出そうとすると、圧になるかもしれないし、このままどこまで話すかは彼女の意思に任せよう。
そんな考えの元、黙ってアメシスの話に耳を傾けておく。
「ワタシはね、怖いんだよ。権力者が。貴族が。同業者が」
怖い。
きっと、過去に何かがあったんだろう。
それこそ、さっき言っていたように、酒に溺れてでも忘れたい記憶が。
「……笑わないんだね?」
黙って話を聞いていた俺を見て、アメシスはちょっとだけ、こちらに歩み寄ろうとしているような感じ。
ビクビクしながらも、こちらに一歩を踏み出そうとしているような、そんな雰囲気。
「別に笑うような内容でもないだろ。怖いものなんて誰にだってある。俺だって怖いものはあるぞ」
主に王妃様とかな。
あの人は実力で物理的に俺を殺せる人だから、逆鱗に触れたくない。
今のところ、気に入られてはいるっぽいし、娘が俺に嫁ぐって事で身内として見られてはいるみたいだけども。
「……事の発端は、ワタシが100歳になるかならないかくらいの頃」
アメシスが100歳になるかどうかの頃って、軽く140年くらい前じゃん。
さすが、長寿な種族だけあって時間のスケールが違う。
「当時は天才魔道具師、なんて持て囃されたものさ。当時においては画期的な魔道具をいくつも開発して、今の中枢統制局の建物だって、ワタシが大半の図面を引いた。あの時が来るまでは、何もかもが順調だったよ。両親もワタシを褒めてくれたし、国にも認められて、同僚たちの誰もワタシには及ばなかった」
その頃を思い出しながら話しているのだろう。
過去を語るアメシスの表情は幸せそうなものだった。
しかし、その表情はすぐに曇る。
「一応、気付いてはいたんだよ。同僚の中にワタシの活躍を快く思わない連中がいるって。けど、実力で黙らせればそれでいいって思ってた。それが良くなかったんだろうね。あの時、適切な対処ができていれば……まあ、今となってはたらればの話をしても栓無き事ではあるけど。結果として、色々な人がグルになって、ワタシはハメられた。研究結果も、名誉も、功績も、両親も、生活も、全てを奪われた。一応、お偉いさん方にもワタシを擁護しようとした人はいたみたいで、幸いにも死罪や犯罪奴隷になる事は避けられたけど……ワタシはもう、それから全てがどうでもよくなった。どうせ功績を上げた所で奪われるだけだし、目立ちすぎれば潰される。誰かに出資してもらおうとすれば、顔と身体の良さに惹かれた下劣な輩が寄ってくる。もううんざりだった。だから、ワタシは中枢統制局に飼い殺しにされて、ダラダラと局の設備を整備するだけの奴隷に成り下がった。もうそれでいいって思ってたから」
過去を語る彼女の表情は、それはとても暗いものだった。
もしかすると、絶望していたからこそ、酒呑みでダメな人物を演じる事で、目立たず従順に飼い殺しにされているように見せていたのか。
「でも、君はそんなワタシの中に燻ってた小さな燃えさしに火を付けたんだ。140年以上深くに沈んでいた、深い絶望と諦めの中からね。正直、今となっては試すような真似になったのは申し訳ないと思っているよ。けど、ワタシがとてもとても重い腰を上げる気になったのは、君の言葉に嘘が無いと思えたからだ。けど、すぐにでも信用できるかと言えばそれは別問題。だからこそ、ずっと酔っ払いを演じてた。すぐに捨てられるようならそれまでだと思ってたし、そうなったらまた中枢統制局の整備員として飼い殺しにされればいいと思ってたから。でも、君はワタシの演技に疑いを持ったし、気付いた。だからこそ、ワタシはまた頑張ろうって思う。君なら、ワタシを悪いようにはしないだろうからね」
……何か黙って話を聞いてるだけで、アメシスが全部語ってくれた件について。
いや、話の内容的に俺を全面的に信用してくれたって事だから、嬉しいしありがたいけどね?
それはそうとこんなすぐに信用してくれると思わんって。
「……えーっと、ありがとう?」
「……何で君が困惑しているんだい? まあ、これから仕える主が面白い人なのは刺激的でいいけどね」
思わず困惑状態のまま返事をしてしまった俺を、アメシスは少しの間だけ不思議そうに眺めていたが、すぐに挑発的な笑みを浮かべた。
「ワタシ、アメシス・アコルニアは、これからハイト・リベルヤ侯爵の下で全力を尽くすと誓おう。たとえ君が寿命でワタシよりも先に死のうとも、その家族にワタシが死ぬまで一生をかけて」
急に真面目にやります宣言がきた。
なんか最初の酔っ払い演技から温度差ありすぎて風邪引きそうなんだけど。
「あー、別に無理はしなくていいぞ? 仮に俺の子供とかが爵位を継いだって、その後がいい雇い先である補償は無いからな。仕えるに値しないと思ったらいつでも捨てていい」
彼女の才能は、悪用すれば世界に影響を出しかねない。
そうなるくらいなら、彼女自身が主を見極めて逃げるという選択肢を残しておく方がいいだろう。
さすがに自分の死後まで面倒は見られないからな。
「そういう所が、ワタシを信用させるんだよ。ますます気に入った」
小さな丸テーブルを挟んで対面に座っていたアメシスが、急にテーブルに両手をついて立ち上がり、ちょっと前に出れば俺にキスできそうなほど近くにきて、俺は思わず後ろにのけぞってしまう。
危うく、後ろにひっくり返りかけたが、かろうじてこらえる。
「恐ろしく賢そうなのに、こういう反応は初心みたいだね。ちらりと聞いた話によると、君は奴隷だろうと差別しないとか。もう奴隷のうち何人かは妾として迎える準備をしているとも。もし許されるのなら、ワタシも立候補したいね。人間とエルフでは子供はできにくいけど、君のその頭脳とワタシの才能を掛け合わせたらどうなるのか、知的好奇心としても気になる所だ。もちろん、見た目もかなり好みの部類だし、年下でも魅力的な男であるなら問題は無いよ。どのみちエルフの方が生き残るから、年の差なんて気にしない。遺伝子は多様性を持たせた方がより優秀な子が生まれやすいと聞く。つまり同じエルフ同士よりも、人間という他種族の遺伝子を混ぜた方が優秀な子が生まれるのは確定的に明らかで――」
「ストップ! 落ち着け!」
急に前のめりになったかと思えば、急に子供が欲しいとか言い出したアメシスの両肩を掴み、椅子の方へと押し返す。
いきなり話が飛躍しすぎだ。
「……将来的な事は、とりあえずシャルに話を通してくれ。俺の一存では決められないから」
嘘だ。
多分、俺が望めばよほどの事が無い限り、シャルはハーレムにその女を加えるだろう。
とはいえ、結婚や子供を作るというのは一生ものの話だ。
いかにエルフの寿命が長いとて、そう簡単に決めていい話じゃない。
きっと。
恐らく。
「アメシスの歳なら、別に行き遅れって事でもないだろうに」
鑑定時点で244歳。
数千年を余裕で生きるエルフ族としては、まだまだ若い部類だろう。
エルフ族の結婚適齢期は知らないが、少なくとも行き遅れではないはずだ。
「私のような変人エルフが、普通に結婚できると思うかい? ただでさえ奴隷落ちだってしているというのに。運が悪けりゃ外れの主に実験動物紛いに交配させられる可能性だってあるくらいだ。それなら、女として普通に愛し合って、普通に子供を産めるかもしれない環境を望むのは、そんなに悪い事かな? 一応、見た目と身体と才能はトップクラスだと思うし、君だって、ワタシの事を好きにして子供を産ませられると考えたら、興奮しないかい?」
理路整然と並べられる事実に、俺はいくらか納得してしまう。
奴隷の扱いというのは、ある程度の人権こそ保障されてはいるものの、日本ほどじゃない。
奴隷同士で子供を産めばその子は奴隷となってしまうし、奴隷を誰と結婚させ、子供を産ませるかは奴隷の主が決められる。
そういう意味では、アメシスの言い分もごもっともだった。
加えて、子作りをする相手、という条件で考えても俺の方から断る理由は薄い。
見た目、身体つき、才能という名の血統、相手からの気持ち。
必要な項目は全て揃っているので、俺の心次第だ。
「さすがに、俺はまだアメシスと結婚を考えられるほど、君を深く知らない。けど、君が俺を本気で望んでくれているのなら、それは嬉しい事だし、ありがたいと思う。だから、アメシスが今の気持ちを俺が成人するまで持ち続けられるのなら、ちゃんとそういう事も視野に入れて真剣に向き合うと約束する」
「う~ん……まあ、今は前向きに検討してくれるだけ良しとしようか。とりあえず、後でタイミングを見て君の正妻ちゃんに話しておく事にするよ」
場合によってはこの場で強引に押し倒してくるかも、なんて身構えていたら、アメシスはすんなりと引き下がってくれた。
逆に、そうして引き下がった辺りが普通にガチで俺の事を狙ってるっぽい。
まあ、シャルの事だから、きっと喜んで彼女をハーレムに加えるのだろう。
……シャル、リシア、カナエ、リリスさん、レイジュたち王女4姉妹、確定ではなさそうだけど多分ジェーンとオルフェさんとエスメラルダとフリスとレイネスタに追加でアメシス。
一体俺のハーレムどこまで増えるんだ?
既にもう10人越えるのがほぼほぼ確定的なんだよな。
……うん、考えるのやめようか。
こういうのはきっと明日の俺が何とかしてくれるさ。
思考が暗黒面に落ちそうになったので、俺は全てを明日の自分に丸投げするのだった。
今回はキリいいところまで書ききったらいつもより文量多くなりました。
さりとて2話構成にするほどでもなかったので、ちょっと長めでお送りしております。
140年以上奴隷だったせいで、結構奴隷根性染み付いちゃってるアメシスさん。
そんな彼女に翻弄されるハイトくんの図でした。




