ワケあり11人目㉞
「まだ、諦めるには早いですよー?」
遠のく意識の片隅で、聞き覚えのある間延びした口調。
闇に沈みかけていた意識が急激に浮上し、抜けかけていた力が元に戻る。
落ちていた瞼を開いてみれば、困惑顔のマジャンと、ヤツから俺たちを守るように立つ少女の姿が見えた。
どこか、見覚えのあるような、それでいて、記憶とは違う少女の姿。
誰だったろうか、と記憶を探っていると、俺たちの頭上からキラキラと光が降り注いでいる事に気付く。
視線を上げてみれば、俺たちの頭上を10匹くらいの輝く蝶が舞っている。
降り注ぐ光は、どうやら俺たちが動けなくなっていたのを回復してくれているようで、普通に身体が動かせるようになっていた。
「これは聞いてねェぞ……クソ、捕まるのは御免だ!」
状況不利に気付いたのだろう。
マジャンは影のようなものに覆われて姿を消す。
恐らく、逃げられたな。
だが、今は追撃をかける余裕も無いし、まずは安全確認が先か。
「みんな、無事か?」
周囲を見回しながら声をかけてみれば、口々に無事を知らせる声が届く。
兵士たちも含めて、全員が無事なようだ。
被害が無かった事にホッとしつつ、俺たちを助けてくれたであろう少女の方へと視線を戻す。
見覚えがあるはずなのに、記憶と一致しない後ろ姿。
一体、彼女は誰なんだ……?
シルエットとか髪の長さで女性という事はわかるし、恐らく年齢としては俺とそう変わらないはず。
ボロ布のマント姿も相まって、助けてはもらったものの、怪しさもすごい。
声をかけるかどうか躊躇っていると、俺たちの頭上を飛んでいた輝く蝶たちが、彼女の方へと飛んでいく。
「ありがとうねー。おかげで助かったよー」
自分の手や身体に止まった蝶たちへ愛おしそうに声をかけながら、こちらへと少女が振り返る。
輝く蝶たちが、僅かな燐光を残して姿を消すと同時に、振り返った少女の顔が明らかに。
「レイジュ様、なのか……?」
6歳児だったはずの彼女の面立ちが強く残っており、何となくその姿を想起させたが、自信は無かった。
もはや俺と同じか、少し上くらいの状態まで成長した姿なのが、余計に混乱を助長させている。
一体、何がどうなってるんだ?
「ただいま戻りましたー。いやー、精霊界って時間の流れがすごく違うんですねー。うっかり10年も過ぎちゃいましたよー」
困ったように笑う彼女の姿は、確かにレイジュ様のものだったが、身体が成長したせいか、声も僅かながら低くなっている。
本当に、10年後の姿だって言うのか?
脳内が絶賛混乱中だが、一致する状況の記憶が1つだけある。
某ファイナルなファンタジーの、子供召喚士が海で渦潮に呑まれ、しばらくしてから大人の姿で助けに来るアレだ。
その時も、幻獣界は時間の流れが違う、という話だったず。
「でも、おかげで皆さんを助けるだけの実力は付けられましたー。色々な精霊さんたちとも知り合えたので、もう無力な子供じゃありませんよー」
ニコニコ顔でこちらへと歩いてくるレイジュ様。
とりあえず、俺はヴァルツの背から降りて、彼女の方へと歩いていく。
無事に再開できた事を喜ぶべきなのか、姿が変わっている事を問いただすべきなのか。
考える事が纏まらないまま、彼女の前に立つと、本当に大きくなったんだな、という実感が湧く。
身長は170センチにギリギリ届いてないくらいだろうか?
王妃様と良く似た面立ちに、肩の辺りで切り揃えられた濃紺の髪。
間違い無く、レイジュ様だ。
「良かった……記憶が消えていたから、どうなっているかと思いましたが、ご無事で何よりです」
彼女の前で跪くと、レイジュ様はぷくー、と頬を膨らませた。
あれ、何かご不満?
「こういう時は勢い良くハグしてお互いの無事を喜ぶ所ですよー? それに、わたしたちは夫婦になるんですからー、変に気負った態度でいるの、良くないと思いますー」
なるほど。
王族相手の丁寧モードなのが気に食わなかったらしい。
しかし、レイジュ様ってこんなにズケズケと物を言う人じゃなかったような……。
「わたしだって、ハイト様の力になりたくて、10年も精霊界で頑張ってきたんですよー? ああでも、記憶が無いと色々不便ですよねー。ちょっと失礼しますー」
俺がどう対応すべきかを考えている間に、レイジュ様はスタスタとこちらに歩いて来て、おもむろに俺の懐に手を突っ込むと、あの謎の透明な石を引っ張り出した。
やはりというか、アレはレイジュ様の絡みの物か。
「今、記憶を戻しますねー」
そう言って、レイジュ様はあの透明な石を親指と人差し指で摘み、それを潰す。
パリィン、とガラスが割れるような音と共に、周囲に燐光が散る。
その瞬間、脳内に失われていた記憶が流れ込む。
そうだ。
国境を越えて連合国へ向かう最中、俺たちは全く同じ場所でマジャンの襲撃を受けていたんだ。
その時はレイジュ様が狙われて、俺は咄嗟に彼女を逃がそうとした。
そしたら、彼女を襲う悪意に気付いた精霊が抵抗して、周囲が大変な事になって……。
マジャンの手勢はその時に大半が死んで、どうにか逃げられそうか、という段階で、レイジュ様が突如として開いた次元の穴に呑み込まれていく。
穴に呑み込まれながら、彼女は俺に心配しなくていいから、と声をかけて、何やら精霊にお願いをして、強い光が視界を覆ったと思ったら、レイジュ様だけが消えて、俺たちはその場に残された。
その直後からだ。
記憶が無くなって、懐にあの透明な石があったのは。
今になって思えば、恐らくはレイジュ様が俺たちが気に病むのを防ぐために、一時的に記憶を封印するよう精霊に願い、精霊はそれを叶えた、というところか。
「ああ……思い出した。とりあえず、休める所に行こう」
また何かに襲われても嫌だし、王国の勢力圏に入り、安全な場所で改めて話をすべきだろう。
そう判断を下して、俺はレイジュ様の手を取り、ヴァルツへと飛び乗る。
そのまま彼女を引っ張り上げて俺の後ろに乗せ、止まっていた進軍を再開。
ヴァルツを進ませた瞬間、ぎゅっと後ろに乗せたレイジュ様が抱き着いてきたのだが……とても柔らかいものが存在を大きく主張している。
うーむ、レイジュ様も育ったなあ。
そんな感想を抱きつつも、努めて気にしないようにしつつ、俺は王都に向けて進んでいくのだった。
6歳児、16歳になって帰還。
レイジュは姉妹の中で一番王妃様似です。
一番上が陛下似で、真ん中はいいとこ取り、という感じ。




