ワケあり11人目㉑
「状況は、良くないわね」
王国を発って5日。
俺たちは予定通りに連合国内に入り、現地のエージェントから情報を受け取って、顔をしかめたエスメラルダの説明を受けていた。
連合国内に入るまではかなり急いだが、国境を越えてからは少し進軍速度を落としている。
これについては、あまり目立つ行動をして傭兵国側に俺たちの存在を知られないためだ。
人里離れた森の中で野営地を築き、束の間の休息を取りながらも、状況確認をしているのだが、エスメラルダの口から伝えられた情報は、いい報せなど一つも存在しない。
「ヴァルキア代表はどうにか首都に落ち延びたようだけれど、軍は散々に追い立てられて四散、孤立して討ち取られるか、捕虜にされたみたいね。無事に首都に入ったのは代表を含めて2万と少し。10万を動員した上での戦果と考えると、相当な大敗だわ。傭兵国側は最低限の包囲だけを敷いて、主力のバイレンド傭兵団が国境砦を占領、首都への進路を整えている、という状況なのだけれど……」
説明の途中で、エスメラルダは言葉を濁す。
この場にいる面々を見回して、事実を言うかどうかを迷っている、という感じだ。
普段から現実主義で物事をズバズバと言う彼女にしては、珍しい。
が、逆にそれがまた、今の連合国の窮状を示しているとも言えるか。
恐らくは、俺が想像した最悪が実行されているのだろう、と。
「レイジュ様は聞かない方が良さそうですが……」
「お気になさらずー。私も王家の人間ですのでー、そういう手の話には慣れてますよー」
どうすべきかを迷っているエスメラルダに、助け船を出すべくレイジュ様に声をかければ、それとなく俺の言わんとした事は却下された。
もうこの6歳児、やりにくくて敵わないな。
絶対に聞いてて気持ちのいい話じゃないのに。
「……どうせ、捕虜にした連合国軍に首都攻めさせてんだろ。自分たちの被害を抑えながら相手の士気を下げるために」
同士討ちで士気の下がらない軍など無い。
あるとしたら、よほど身内を信用してない軍くらいなものだろう。
エスメラルダが言いにくいのなら、俺が泥を被るべきだと判断し、想像していた最悪の展開を口に出せば、場の空気が凍った。
まあ、聞いてて気持ちのいい話じゃないわな。
「……ハイトの言う通りよ。言う通りだけれど……何でその歳でそんな悪辣な発想が出てくるのかしらね」
「ま、ちょいと読み物で見た記憶がな。そんで、傭兵国に後ろからつつかれて、捕虜も死にたくないってんで、嫌々でも首都攻めに参加して、守備側も同士討ちを強制されるから士気も下がる。最悪の状況に、休んでベストコンディションのバイレンド傭兵団率いる本体が来るわけだ。普通なら、完全に詰みだな」
多分、あと2~3日もすれば首都攻めが本格化して、連合国は滅亡していただろう。
初日の大敗ぶりからして、籠城戦とはいえ、守備部隊が2万ちょいの連合国側には、万に一つも勝ち目は無いと言っていい。
1日でも保てば上出来、といった所だろうな。
「実はもう一つ問題があるのよね」
大筋は俺の予想通り、という事なのだろうが、それを補足するように、エスメラルダが再度口を開く。
「ヴァルキア代表の娘が首都の少し西のにある砦に逃げ込んでいるの。一応の手勢は率いているのだけれど、全部で50人もいないくらい。元いた小砦の守備部隊を合わせても70人いるかどうかね。もちろん、絶賛包囲されているわ」
あー、首都に逃げる途中で軍が四散したって言ってたもんな。
何とか無事なだけマシだが、これでヴァルキア代表の娘が捕虜にでもなろうものなら、本当に連合国は詰むだろう。
ヴァルキア代表はエルフだし、寿命の心配は少ないかもしれないが、それでも後継は必要だろうし、ゆくゆくの事を考えるのなら、定期的な代表の交代はするべきだと思う。
とはいえ、うちの軍を分けて2方面作戦を展開するかどうかと言われれば、少し考えなければならない。
そもそも速度を重視しているのと、うちの軍の規模上の問題もあって、手勢は騎兵100名と幹部数人と俺。
ここから軍を分けるリスクはかなり高い。
並の兵士如きは千人いようが敵ではないが、バイレンド傭兵団クラスの相手となると、さすがにリスクが高すぎる。
とはいえ、連合国に恩を売り、傭兵国を心身共に叩き潰すのなら、軍を割るべきなのだ。
最善を取るか、安定を取るか、判断に悩む。
俺とて兵を率いる責任者として、兵士1人1人の命を預かっている。
運が悪ければ命を落とすのは戦場の常ではあるが、だからといって死んでいい人間がいるわけではない。
可能なら、そういうリスクは極力排除したいのだ。
とはいえ、兵士を始め、俺に従ってくれている面々は、命を懸けて戦う事を誓ってくれている。
俺の気持ちだけで彼らを安全圏に留めるのは、彼らの忠誠と覚悟を踏み躙る事に等しい。
とはいえ、俺の判断次第で無駄死にさせてしまうかもしれないと考えると、怖いのだ。
「……その小砦を包囲している敵の規模と編成は?」
少しばかり悩んだ結果、俺はまず現状の情報を整理してから考える事にした。
敵の規模や編成が割れているのなら、戦略次第でいくらでもリスク回避ができる。
それに、首都の方はさすがに今すぐにどうこうというわけでもない。
どの道今日はもう野営して身体を休める事が確定しているので、情報を精査する時間くらいはある。
方向性を決めるのは、動き始める明日からでもいいはず。
「バイレンド傭兵団の1部隊が中心となって砦を囲んでるみたいね。規模は200人。ここも連合国の捕虜を使った攻撃をしているわ。士気が低いとはいえ、捕虜の方も300人は動員されてるから、時間が経てば不利ね」
「敵は500ってトコか……まあ、バイレンド傭兵団を潰せば捕虜側は投降してくれそうだが……」
事前に敵の陣形を確認して、カナエとジェーンをそれぞれ適切な所に突っ込ませたら隙ができるだろうから、俺と残りの兵でかき回せば、充分に勝ち目はあるだろう。
とはいえ、先にこっちの存在に気付かれて、連合国の捕虜兵をこちらに差し向けられると困る。
戦場での事なので、いざとなれば躊躇うつもりは無いが、それでもうちの兵士たちの士気低下は避けられない。
「バイレンド側を捕虜にしても旨味が無いんだよなあ」
以前、教国でバイレンド傭兵団の部隊を捕らえて捕虜にしたが、逃がした捕虜をわざわざ皆殺しにしたらしいし、負けた弱者は不要、とかいう考え方をしてそうだ。
だとすれば、下手に手加減するだけリスクだな。
全く、本当に扱いに困る連中だぜ、バイレンド傭兵団は。
「王都側はアタシらで攪乱しとくぜ? そうだな、一撃離脱に徹するならあたし以外に20人もいりゃ充分だろ」
俺が頭を悩ませていると、ジェーンから王都の包囲にちょっかいをかけて引っ掻き回しておく、という提案が。
確かに、ジェーンなら一撃離脱の戦法は得意だろう。
基本的に自分たちの安全を優先してもらって、少しでも首都側の包囲が緩めばヴァルキア代表も少しは楽なはず。
俺たちはなるべく手早く小砦側を片付けて合流しよう。
うん、それが良さそうだ。
「その提案、アリだな。それじゃ、ジェーンに兵士20人を預ける。ただし、俺たちが合流するまではできるだけリスクを踏むな。少しでも首都を包囲してる連中の気を惹ければいい」
「りょーかい。ま、適当に上手い事やっとくぜ。あたしも無駄死にはしたくねえ」
ジェーンの返事は気安いものだったが、変に気負っていないのがわかるものだったので、却って安心できるというものだ。
こういう時、リシアがいると兵士の運用に頭を悩ませなくてもいいんだが。
とはいえ、いざという時の守りを考えて彼女を王都に残してきたのは俺なので、ないものねだりをしてもしょうがない。
とにかく、方針は決めたので、あとは全力を尽くして結果を手繰り寄せるだけだ、と決意して、俺は幹部の集まりを解散するのだった。




