ワケあり11人目⑧
「ハイトさん、おかえりなさい」
教国から帰還し、屋敷に到着すると、玄関先でシャルたちが直接出迎えてくれた。
久しぶりに見る愛しい人の顔が、帰って来たんだな、と実感させてくれる。
「ああ、ただいま。俺がいない間、何も問題無かったか?」
「はい。領地の運営も順調ですし、王都の方でも問題は起きていません」
俺の不在中に何も問題が無かったかと問えば、シャルは笑顔で問題無しと返してくれたので、俺はようやく肩の力を抜けるな、と内心でホッとしていた。
とはいえ、これからすぐにでも王城に報告に行かねばならない。
さすがに旅の汗を流して身だしなみを整えるくらいは必要だが。
「すぐに準備をして王城へ報告に行く。積もる話は後でな」
「はい。既にリリスさんが手配しています」
相変わらず、打てば響くどころか一歩以上先を行ってるな。
シャルといい、リリスさんといい、優秀な人が多いおかげで、俺はこうしてまだ成人前というのに、伯爵としてやっていけている。
みんなには感謝しかない。
「それじゃ、ここはワタシが見ますから、みんなは通常業務をお願いしますね」
色々と任せられる所は使用人たちにぶん投げて、俺は王城へ向かう身支度のために、入浴して汗を流しに風呂へ。
一緒についてきたリリスさんが他の使用人たちを通常業務に戻し、俺の入浴を介助してくれる。
「しばらく離れている間に、結構身長伸びたじゃない」
「そうか? 自分じゃわからないけどな」
まあ、教国遠征中に15歳になったしなあ。
男子が一気に成長する頃合いではあるし、数ヵ月離れていたのなら、目に見える変化が起きていてもおかしくはないか。
リリスさんに身体を洗ってもらいながら、こうして誰かに生活の補助をされる貴族の暮らしに、随分と馴染んだものだなと思う。
まあ、これが使用人の仕事として雇用を生む事に繋がるのだから、貴族の世界というのも捨てたものではないかと思わないでもない。
貴族という存在を勘違いしてるアホも結構多いけど、そんなアホでも雇用を創出していると考えると、一概に無能貴族を潰していいとも言えないな。
結局、貴族家が潰れるという事は、それだけ多くの人も露頭に迷うわけだし。
「痒い所は無いかしら?」
身体が終わって、わしゃわしゃと頭を洗われながら、痒い所は無いか聞かれると日本の床屋を思い出す。
絶妙な力加減で、頭の血行が良くなってるような気さえしてくるくらいなので、問題無いと返事をすれば、リリスさんは黙々と洗い進めていき、最後にシャワーのお湯で全身の泡を洗い流す。
そういえば、よくよく考えてみると、この世界って水道とかが普通に普及してるんだよな。
生まれた時からそうだったから、そういうものだと思ってたけど、やっぱり俺以外にも転生者がいたりするんだろうか?
この考察については、食べ物系でもしたような気がするけど、考えれば考えるほど、転生やら転移をした人物――それも日本人がいたのではないかと思う節がいくつもある。
「終わったわ。それじゃ、しばらく身体を温めてね」
俺の身体を洗い終えたリリスさんが浴室から出て行ったので、俺は浴槽に身体を沈めた。
程よく熱めの、俺好みの湯加減だ。
じんわりと全身が温まると同時に、長旅の疲れが流れ出るような感覚。
こういう所は日本人の感性が抜けないな、と思いつつも、束の間の休息を楽しむ。
とはいえ、ゆったりと長風呂をしていられるわけではないので、名残惜しさを感じつつも、20分程度で身体を温めてから浴室を出る。
脱衣所にはリリスさんが待っていて、俺の身体をバスタオルで甲斐甲斐しく拭き上げていく。
そうしてあらかた水気を取り終えると、俺の身体に大きなバスタオルをかけ、局部なんかを隠してから別室へと移動。
その部屋の寝台に、俺はうつ伏せに寝転がる。
すると、リリスさんがオイルなどを用いて俺の全身を磨き上げていく。
たっぷりと30分程度の時間をかけ、俺をどこに出しても恥ずかしくないピカピカの美肌に仕上げ、髪などもキッチリと整えてから、王城行きの貴族らしい服に着せ替えて満足気な表情を浮かべ、行ってらっしゃいませ、と送り出す。
「今日は私もご一緒しますね」
これから王城に向かう所で、俺とは別に身支度していたシャルがぴったりと俺の横に寄り添う。
シンプルな白いドレス姿の彼女は、この上なく美少女だった。
「シャルがいたら百人力ところか、千人力だよ」
シャルに軽く口づけをして、彼女をエスコートしながら馬車へと乗り込む。
後ろから護衛兼側仕えのエスメラルダ、その見習いである双子が一緒に馬車へと乗り込み、御者を務める使用人が馬を走らせる。
「お2人は初めましてですね。話だけはハイトさんの報告で聞いていました。私はシャルロット・シヴィリアン。ハイトさんの婚約者です」
馬車が王城に向かう道中、シャルは新入りの双子に声をかけた。
バタバタと準備してたから、ゆっくり話す時間は無かったな、そういえば。
「「は、はい。よろしくお願いします」」
元は王国貴族であったからか、双子はシャルの事を知っていたのだろう。
緊張した面持ちで返事をする2人を、エスメラルダ共々生暖かく見守る。
ちなみに、これから国王陛下に会うから、シャルで緊張してたら心臓が保たない気もするが、逆に陛下はわざわざ護衛に声かけないだろうし、そういう意味では元とはいえ公爵令嬢を相手する方が緊張するのかもな。
「ハイト・リベルヤ伯爵、お待ちしておりました」
王城に到着し、馬車を降りた所に、案内役の文官が待っていた。
見た事の無い顔だから、多分俺がいない間に新しく雇われた文官だろう。
見た感じ、まだ歳も若そうだし。
そんな文官の案内で城内を進んでいき、恒例の陛下の執務室へと案内される。
「陛下、リベルヤ伯爵をお連れしました」
「うむ、入れ」
ノックの後、扉越しに陛下の声がして、執務室の扉が開かれる。
そうして陛下の執務室に招き入れられた俺たちは、来客用ソファに座るよう促されたので、そのままソファの方に腰を下ろす。
護衛も込みで座っていいのかと若干オロオロしている双子とは対照的に、シャルとエスメラルダは堂々とソファに座り、綺麗な姿勢で給仕された紅茶を楽しんでいた。
まあ、こればっかりは俺と陛下の関係性が特殊だから慣れてもらうしかないんだよな。
「久しいな、ハイト。まずは長期の遠征任務、大変ご苦労だった。負担をかけたな」
「まあ、それなりに大変でしたけど、色々と実入りもありましたから」
陛下が柔らかい笑みを浮かべながら俺に礼を述べ、それに俺が気安い感じで答えているのを見た双子は、顔面蒼白になっているのだが、これも慣れてくれとしか言えない。
だって、俺と陛下の会話ってこれがデフォなんだもの。
双子に強く生きて、と念じながら、俺は今回の報告をすべく心を切り替えるのだった。




