ワケあり10人目⑨
「そうそう、そうやって、自分の魔力と外部の魔力を使って術を形にするんです」
いつもとは違う術の形態に苦戦しながらも、どうにかこうにか初級の術を発現させ、ホッと一息。
オルフェさんと共に、宿の自室で祈術の練習に励んでいたのには、ちょっとした理由があった。
「少しは、気分転換になったんじゃないですか?」
そう言って、オルフェさんは俺に祈術のレクチャーをしながら微笑む。
教国を見捨てるかどうか問題を、ずっと考え込んでいたら、唐突にオルフェさんから声をかけられたのだ。
『いつか、祈術を習いたいって言ってましたよね? 良かったら、今日やりませんか?』
そんな風に声をかけてきた彼女の微笑みは、混じり気の無い善意100%のものだったので、断るのも気が引けたため、こうして一緒に祈術の練習に取り組んでいる、というわけである。
最初の1時間こそ苦戦したものの、今では初級の祈術なら発動できるまでになった。
「私は魔術には明るくありませんが、また違うものなのですか?」
俺がどうにか初級の祈術を使っているのを見ながら、彼女が疑問を投げかける。
魔術の素養が無いから、確かにオルフェさんには違いがわからないか。
とはいえ、俺も今、こうして祈術を使ったからこそ、ようやく言語化できるようになったのだが。
「まず前提として魔術と祈術じゃ、そもそもの術としての体系が違うんだ。ここまではわかるよな?」
とりあえずの前提条件を確認してみれば、オルフェさんは無言で頷いたので、説明を先に進めていく。
「まず魔術は、術者の魔力のみを用いて事象を起こす。100%自分の実力しか出ないわけだ。けど、祈術は外部の魔力……空気中の自然魔力と自分の魔力を用いて事象を起こす。自然魔力という外的要因が介入する余地があるわけだな」
ざっくりと言うのなら、自分の魔力を変質させるコツさえ掴めれば、魔術は使える。
逆に、祈術は自然魔力と自分の魔力を使うので、外的要因を上手く利用する必要があるわけで。
どっちが優れているとは一概には言えないが、それぞれ作用する分野の強みが違う、と言うべきか。
魔術は最初から最後まで自分の魔力のみを用いるので、自分の実力次第でいくらでも洗練する事ができる。
欠点があるとすれば、他人に回復などの効果を発揮させる際に、魔力的な相性が介在する事、あくまで使うのが自分の魔力のみなので燃費は祈術に劣る、といった所か。
逆に祈術は、自然魔力を上手く扱えれば驚くほど己の魔力消費は少なくなる。
そして、誰もが取り込んで己のものとする事ができる自然魔力を用いるため、回復などの効果が他者との相性に左右されずに一定の効果を見込めるのだ。
欠点は外的要因に左右されるため、魔術に比べて制御にコツがいるし、自然魔力の状態によっては使える術に偏りが出る場合がある。
例として、火山地帯のような場所では自然魔力が火属性を帯びやすいため、火の祈術は発動しやすいが、逆に水の祈術なんかは発動しにくい。
もっとも、これは術者の実力と練度でいくらでも変わるんだけどな。
明確にどっちが、という優劣は無くて、術者の適性に依る部分が大きいものの、魔力消費量の違いと他者に補助や回復をかける際に差異が表れるといった所か。
「そういうものなんですね。祈術を使い慣れているのであまり感じていませんでしたが」
「そればっかりは今までのオルフェさんの努力と才能だろうな」
回復や補助だけでなく、攻撃系の祈術も全属性扱うオルフェさんは、控えめに言って天才という言葉では足りないくらいだ。
天候や場所によって自然魔力の状態は常々変化し続けるというのに、彼女は息をするように平然と様々な祈術を使いこなす。
「……私には、祈術しかありませんでしたから。これが無かったら、私は今も無力なだけの貧民街のシスターだったかもしれません」
オルフェさんは困ったような表情で呟きつつも、以前のような卑屈さは見られない。
褒められ慣れていないのは相変わらずのようだが、それでも正面から言葉を受け止められるくらいには前向きになってくれたようだ。
いい傾向だと思う。
「保護した子たちも診てくれたんだよな?」
「はい。どの子も健康体で、乱暴されたりした形跡はありませんでした」
今となっては、リベルヤ家の筆頭医務官だからなあ。
王城で医学の知識を学んで、祈術だけじゃなく、手術なんかもできるようになってくれた。
今は薬学の知識を習ってるんだったか。
そのうち、自分で製薬までやり出しそうだ。
「そりゃあ良かった。そういえば、うちの国に来る子たちは同じ部屋にいるのか?」
「はい。4人とも同じ部屋です。短い間とはいえ、同じ囚われの身として難局を乗り越えたからか、連合国の子たちとの別れを惜しんでいました」
連合国の代表が来たタイミングで、連合国出身の子たちは向こうに預けたからな。
そういう意味では、同じ囚われの身を過ごした仲間としての意識が芽生えていてもおかしくはないか。
ともあれ、当初は俺たちを警戒しまくっていたはずなのに、ある程度の情緒をみせてくれるようになったのは、進歩といえば進歩だ。
「基本的には女性兵士たちに世話は任せてるけど、健康状態なんかは気にかけてやってくれ。王国の大事な国民だからな」
「はい。微力を尽くしますね」
俺の要請に対する返事も、年が明ける前まではどこか緊張感のある、固い雰囲気だったが、今となっては気負いの無い、自然な返事なのが、彼女の成長を実感させる。
忙しさにかまけて、あまり気にできていなかったが、こうして見ていると短期間でかなり大きく成長してくれていたんだなと思う。
「オルフェさん、これからもよろしく頼む」
「……はい、よろしくお願いします?」
俺が勝手に1人で成長したなあオルフェさん、と思っているのが不思議だったのか、彼女は小首を傾げつつも、ちゃんと返事を返してくれたのだった。




