ワケあり10人目①
今回からワケあり10人目に入りますが、ここからしばらく長編の話になります。
一応、ワケあり複数人分かかる予定ですが、背景が同一のものになりますので、よろしければお付き合い下さい。
「ハイトさん、王都から緊急召喚状が来ています」
年始休みが終わり、無事に王族の皆さんの滞在も終わった3の巡り初旬。
冬の寒さも和らいで、春の陽光が暖かさを運び始めた頃。
唐突にそれはやってきた。
「穏やかじゃないな……まあ、どの道近いうちに王都に戻る予定ではあったし、それが早まるだけか」
代官となるティテート準男爵や使用人たちの教育は順調に進み、俺が手を放しても大丈夫な段階まできたので、基本的に領地運営は彼らに任せる形となる。
領軍は練度と規模を大きく増し、領地の警備等を行う居残り組と、俺たちの行き先に護衛として付き従う近衛の精鋭兵とに分かれた。
元々警備兵だった人たちからも兵士へと異動したりしたので、結構大きく人事も動いたと言っていい。
軍部の統括は基本的にリシアに任せ、兵士たちを束ねる現場指揮官としてカナエとジェーンを据えたのだが、これが意外に効果があり、部下を持った彼女らはかなり思慮深さを増し、指揮官として恥ずかしくない実力を備え始めたのだ。
まだまだ粗い部分はあるものの、最低限の指揮はできるようになり、このまま行けばそれほどかからずに優秀な指揮官になるだろう。
「リシア、王都に連れてく兵に準備を急がせてくれ。明日の早朝にはラウンズを発ってもらいたい」
「うむ、心得た」
軍部の統括であるリシアに準備を急ぐように伝えれば、わかっていると力強い頷きが返ってくる。
成り行きとはいえ大軍を率いた経験もあるだけに、まだ成人したばかりの少女のはずが、頼もしい歴戦の将のような風格だ。
「エスメラルダ、すぐに諜報部隊を動かせるように手配しておいてくれ。事前に知れてる情報があったら、移動しながら共有するように」
「了解よ。移動開始までに今暗部で得ている情報を纏めておくわ」
エスメラルダ率いる暗部には、各地の監視と情報集めをするエージェントとは別に、特別な訓練を施した諜報部隊を新たに設置した。
危険に抗うための戦闘訓練もしっかりと施しているため、今や諜報部隊の構成員は全員が最低でもA級冒険者クラスの能力を有しており、中にはA級最上位クラスもいるほどだ。
規模は50人と少ないが、潜入、変装、工作といった特に危険な役割の担当ゆえに、エスメラルダの子飼いの中でも特に有能な者たちを集めている。
「シャルたちは軍と一緒に明日の早朝にここを発ってくれ。俺とエスメラルダは先に陛下に会って事情を聞いておく」
「何事も無いとは思いますが、気を付けて下さいね」
「ああ。フリスも影としてついてくるし、心配ない。リシア、カナエ、ジェーン、シャルたちを頼むぞ」
非戦闘員であるシャルたちを軍部に託し、俺とエスメラルダは忙しなくラウンズを発つ。
行きはヴァルツに2人乗りで一気に王都まで移動する。
強行軍ではあるが、緊急の召喚がかかっている以上は、なるべく時間を無駄にするわけにはいかないのだ。
「……恐らくだけれど、今回の召喚は教国絡みよ」
ヴァルツの背に、エスメラルダと二人で乗り込み、風となって王都へ向かう中、エスメラルダの口からもたらされた情報。
以前、大きな問題を起こした教国の名前が出たので、俺は自然と表情をしかめてしまう。
「色々と、きな臭い情報が集まっているわ。どうにも、旧教国の残党が終結して、内乱を起こそうとしているみたい。今、教国には内乱を止めるだけの力は無い。3大国に頼るしかないのよ」
「なるほど。そうなると、一番教国に近いリアムルド王国に最初にお鉢が回ってくるわけだ。移動距離も考えて、一刻も早く手を打つ必要がある、と」
以前に教国で苦労した事を思い出して、憂鬱な気分になりながらも、今回は俺もそこまで数は多くないとはいえ軍を率いている。
以前に比べてやれる事はたくさんあるし、あの時より俺もみんなも強くなっているから、もっと楽にやれるはずだ。
「そんな所ね。他にもいくつか怪しい情報は集まっているけれど、わざわざあなたを領地から呼び出すほどかと言われれば、それほどでもない。ほぼ確定と見て間違い無いと思うわ」
暗部から上がってきた情報を共有しつつ、おおよそ1時間程度で俺とエスメラルダは王都へと到着。
先に王都の屋敷へ寄り、王城へ向かうための準備を整えてから、俺たちは王城へと向かった。
登城した俺たちは、いつも通りの執務室へと案内されたのだが、中で待っていた陛下の表情は、あまり状況が良くなさそうなものだ。
「緊急の呼び出しをかけてすまぬな。だが、余が想像するよりも早く馳せ参じてくれた事、嬉しく思うぞ」
どこか疲れた表情の陛下から、安堵に満ちた吐息が漏れる。
とりあえずは間に合ったと考えて問題無さそうだ。
「で、今回はどんな厄介事ですか?」
急ぎのようなので、いつもの茶番は省略し、さっそく本題へと入れば、陛下が再び難しい顔をした。
「教国で問題が起きてな。以前の罪状を糾弾する会議の場で、何も知らずに発言していた聖女の小娘を覚えておるか?」
陛下に問われ、記憶を掘り起こす。
あの時の教国の事は、どちらかと言えば忘れたい系統の記憶だったので、奥底にしまいこんでいたようだ。
少しばかり時間がかかったものの、あの時の会議の流れを徐々に思い起こしていく。
そうだ。
確かに聖女と呼ばれていた少女がいたな。
温室育ちっぽくて、何も知らずに発言をしていた。
確か、象徴的な存在で、聖女には政治に関する権限は無かったはずだが。
「旧教国の残党が、聖女を旗頭にして蜂起した。聖女に付き従う我々こそが真の竜然教だとな。当然、不要なものを取り上げた教国に武力など無い。ゆえに、我が国をはじめ、3大国に救援を求めてきた。だが、知っての通り、我が国はタイランの反逆の余波で、外に回せる余剰兵力など存在せん。そこで、無茶を承知でお前に行ってもらいたいのだ」
「まあ、どう考えても消去法でそうなりますよね」
多くの兵士の命が失われた、タイラン侯爵の叛逆。
その傷跡は未だ根深く、アーミル侯爵指揮の下、徐々に再編が進んでいるものの、その損害を埋めるにはほど遠い。
どうにか国内の治安維持に足りる程度にはなったが、他に向ける余力は一切無いのだ。
「本当にすまぬ。だが、今回に関してはお前の他に頼れる者がおらん。任命できるとすればアーミル侯爵だが、さすがに国防の観点からそれは不可能だ。お前に負担を強いてしまう事は申し訳なく思うが、頼まれてはくれんか?」
事前情報でわかっていた事だし、それに今の国内情勢くらい貴族の端くれとして理解している。
他ならぬ陛下の頼みだし、俺に否やは無かった。
「引き受けましょう。俺も貴族の端くれとして、国内情勢くらい知ってますしね。それに、エスメラルダたちの調べでおおよそ教国絡みなのは掴んでましたし」
俺が迷わずに了承の返事を出したからか、陛下の表情がホッとしたものとなる。
まあ、陛下自身も相当に思い悩んだだろうし、長い付き合いだからこそ、その辺りはさすがに汲んであげないと。
「そう言ってくれると救われる思いだ。一応、帝国と連合国からも派兵はされるはずだが、その辺りの折衝も国王代理として一任する」
「そりゃまた重い責任が付き纏いますね。ですが、その方が動きやすそうです」
「これを持っていけ。余の代理として全権を委任した証だ」
全権委任の証として、王家の紋章が彫り込まれた短剣を預けられ、俺たちは陛下の執務室を辞した。
その後は屋敷に戻り、教国へ向けて出発するための準備に取り掛かる。
エスメラルダには先行して諜報部隊を教国に向かわせるよう指示を出し、俺自身は装備も含めて諸々の確認をしながら、合間で屋敷にある俺が決済せねばならない書類を片付けていく。
俺はこれから、教国で大きな何かに巻き込まれるのだろう、と漠然とした予感を感じながら、準備を進めるのだった。




