業火 … 其ノ弍
ゴォォ-ゴォ-ッ …
護摩壇の炎がバチバチと火の粉を散らし
高く高く…
リビングの天井までも伸びた…
ずっと胡座をかき首をもたげ、静に座っていた多田氏が… ゆらゆらと全身から力が抜けたように、だらりとしたまま立ち上がった …
目はとろりと下がり…
目の玉からは生気が抜け…
顔は死人のように青白い …
半開きの口元からは…
ダラダラと涎が垂れていた …
「オマエ … 何ヲ詫ビテイル 」
羽波行者の方へ…
ゆらりゆらりと揺れながら…
ポトッ… ポトッ …と涎を落とし…
ゆっくりと近づいて行った …
「おぃ、おぃ、多田さん…どうした?あんた危ねぇーよ…」
冴木さんは異様な様子の多田氏が、羽波行者に近づくのを止めようと声を掛け…
多田氏の二の腕を掴んだ…
バ ン ッ…
多田氏は軽く冴木さんの腕を振り払っただけだった …
「は?」
けれど冴木さんは宙に舞い… 社長の横迄飛ばされ、壁に強く躰を打ち付けた …
ゴ ン ッ… ゴツッ…
「ぐっ… はっ…」
バタッ …
壁に叩きつけられ、リビングの床に落ちて転った …
「さっ、冴木-っ!」
社長は声を裏返し冴木さんを呼んだ …
冴木さんはピクリとも動かない
俺は何とか立ち上がろと、腹の底に力を入れた
「ぎっぎっぃ-ぃぃ!」
生まれたての小鹿のように、全身がプルプルと震える…
「ぐっわぁっっ!」
何とか立ち上がれた俺だったが
「何ヲシテイル … 邪魔ダ …」
トンッ …
「てっ、鉄治ー!」
多田氏は、立ち上がった俺の肩を軽く押しただけ、少なくても躰の動きはそれだけだ った …
俺は回転付きでクルクル回りながら、冴木さんと同じように宙に舞い、飛ばされ 、躰を壁に打ち付けた…
俺は頭に手を当てていたので、不幸中の幸い意識は飛ばずに済んだ …
「…俺…意識…あります… へへ …」
人間て… どうしようも無くなると笑うんだよな … 頭ん中は馬鹿みてぇにガンガン鳴ってんのにな…
羽波行者は床堅の姿のまま、護摩壇に向かい読経を続けていたが …壁まで飛ばされたお陰で、何で社長や冴木さんが、救急車って言ったのかが解 った…
とにかく羽波行者の顔… 顔中火脹れで赤く腫れあがってたんだ … その火脹れが痛々しくて、生々しくて… 誰が見たって病院行かせたくなるって…
多田氏は、羽波行者の衿首をグッと捩るように掴み、躰を引き上げ立たせたんだ …
「何ヲ詫ビテイルノカヲ聞イテイル…」
羽波行者は多田氏に首を締め上げられ、足は床から浮いていた…
とても苦しそうに …
「ごっ…御先祖様の… 罪をっ…詫びてっ…いますっ…」
「ホゥ~ 罪… 罪カ …」
多田氏はニタァ~っと笑い
「全テヲ話セ… オ前ノ知ル全テノ罪ヲ… 」
スッと羽波行者の首から手を放した…
ドンッ
羽波行者は床に尻餅をついたが…
直ぐに姿勢を正し床堅を組むと、呼吸を整え、多田氏を真っ直ぐに見つめ話し始めたんだ …
「私の先祖は、羽波 勘吉と名乗り 、あの山の麓に潜り込んだ忍びの者です … 潜り込んだ目的は… 狗恋山にて行をする 、多 拍道行者と山の麓に暮らす農民達を立ち退かせる事… ですが … 」
「ひゃっひゃひゃっ~デスガ?デスガ何ダ … 続ケロ …」
多田氏はニタニタと笑いながら羽波行者を茶化すように急かした…
ブワッ… ゴォ-オオ-ッ
護摩壇から真っ赤な炎が火柱のように立ち上がる…羽波行者は再び話し始めた …
「ですが… 私の先祖、勘吉は道を過ってしまったのです … 貴方を… 多田 常之助、いえ、多 拍道を利用し、貶め、五匹の犬達と農民達の命までも奪ってしまったのです 」
「ひゃっはっは~愉快、愉快 」
多田氏は狂人のような甲高い声で笑い…
「 … 続…ケ…ロ … 」
ドスの利いた低い声で … そう言った…
その頃、天井裏では …
玉五郎と鴉、そしてバロンは長きに渡る討論の末、互いに手を取り難題を突破しようと企んでいた …
「デハ諸君、心ヲ1ツニシテ闘ウノニャー !ターゲットノ説明ヲ… バロン君!」
玉五郎は議事進行らしく、バロンを指名した。
「ワンッ、ターゲットハ5匹ノ犬達ト、ソノ主、ソレニ加エテ、狗恋山ノ 麓ノ農民達48人、多田家ノ歴代後継者達ト、ソノ家族達モチラホラ… ソレラノ魂ガ1ツトナリ、怨霊ト化シテオリマス、以上!」
玉五郎の額をジットリと脂汗が濡らす…
「ズッ、随分トイルニャンネ… デモ併~シ 、我々ハ退ク訳ニハイカニャイッ!前ヘ~前ヘ~前ヘ~ヨ~ソロ~ト進ムノミニャ ッ ! ソレデハ、作戦ノ発表ヲ 、クロウ君!」
「ガァ-ッ! 先ズハ完了済ミハ屋根!コイツハ主ノ指示デ何年モ掛ケテ、私、鴉メガ切レ目ヲ入レテオイタ、今回ハ屋根裏、1階の天井ニ切レ目ヲ入レル作戦ガァ-! 」
「良シ、俺達デ何トカスルシカ無イニャン !鉄治達は生身ノ人間ニャン… クロウハ嘴 、俺トバロンハ爪、今、縄デ描イタ円ノ通リ切レ目ヲ入レルニャッ!行クゼ!」
玉五郎と鴉とバロンは力を合わせ、1階の中央付近の天井裏に縄で大きな輪を描き、
切れ目を入れようとしていた …
鴉は嘴を使い …
コツッコツッコツコツコツッ…
穴を開け点を打ち進み…
玉五郎とバロンは左右から…
ガリガリガリガリッガリッ…
バリバリバリッバリッ…
鴉の突いた点をなぞり繋げて行った…
騒がしく音を立てながらも、1匹の遣い魔と1羽の遣い魔、それに1匹のペットは諦める事無く計画を着々と実行していた
コツッコツッコツッ…
バリバリバリバリ…
ガリガリガリガリ…
天井裏から獣の爪音が聴こえて来た …
糞っ!頭の痛みさえ何とかなればな…
俺はどうにかならないかと、低下する思考力の中で考えていた
社長は、多分、腰が抜けてしまったのだろう … 泪眼で多田氏と羽波行者を見つめている … 冴木さんが倒れているのに側にも寄れないなんて… 動けないとしか考えられない
ブワンッ…
ゴォ-ゴォ-オォッ!
護摩壇の炎は弱まらず…
縦だけではなく横にも羽のように…炎を拡げた…
パチバチッバチッ …
火の粉の舞いも激しさを増す…
羽波行者は話を続けた …
「勘吉は… 勘吉は、飢饉を… 自らの手を汚し、農民達が育てた作物を枯らし、飢饉を作り上げました… それから、農民達に 多行者の犬を食したなら生き延びられる… 多行者が犬を飼っているのは、その為だと吹聴し農民達を煽ったのです … 多行者に眠り草を煎じて入れた粥を運び眠らせ … 犬を麓の村へ連れて来ると… 皮を剥ぎ… その肉を切り分け農民達に与えたのです … 」
羽波行者の頬を涙が伝う …
「ひゃっはっは、涙 … 泣イテイルノカ…ソノ程度ノ話シデ!懺悔ノフリハ止メロ、見苦シイ … オ前ガ聞イテイルノハ、其所マデカ?」
羽波行者は目を皿のように丸くし、コクンと頷いた …
「子孫ニ伝ワル話ハ其所迄カ… 其ナラバ我ガ真実ヲ話ソウ… オ前ノ先祖、 羽波 勘吉ト云ウ男ハ計算高イ男ダッタ… 勘吉ガ村ヘ潜リ込ム前 … 我ハ神奈備デ、勘吉トソノ仲間達ヲ見掛ケテイタ … 神奈備ノ中ヲ流レル川ヲ見テ廻ってオッタ… 我ハ知 ッテイタ、勘吉達ガ何ヲ求メテイルノカヲ …アル夜ノ事 … 勘吉ガ我ノ居ヲ訪レ… 自分ハ忍ビカラ足抜ケヲシタイノダト話シタ… 麓ニ暮ラシ一農夫トシテ世ヲ終エタイノダト …
俄ニ信ジラレル話シデハ無イガ 、我ニソレヲ止メル何者モ無イ… 勘吉ハ我ノ信用ヲ得ル迄ハ一農夫デアッタ… 併シ… … 神奈備ニ丹砂ガ確カニ眠ッテイルト知ルヤ否ナヤ本性ヲ表ニシタ… 五ツノ命ガ連レ去ラレ 、我ハ麓ノ村ヘ行キ犬達ノ亡骸ヲ抱イタ …ソノ少シ前、肉ヲ切リ分ケ、話シヲシテイタ男ノ1人ガ、勘吉ダ、勘吉ハ忍ビノ者 … 我ガ聞キ耳ヲ立テテイル事ヲ知ッテイタ … 我ヲ陥レル為、違ウ男ノ名ヲ口ニシタ…吉トナ …其ダケデハ無イ… 勘吉ハ我ノ行ヲ知ッテイタ… 其ノ気ニナレバ人ヲ呪イ殺ス事モ出来ル事ヲ … 故ニ…己ダケ犬達ニハ手ヲツケナカッタ … 喰ワナカッタト云ノダ… 小賢シイ奴 … 怨メシキ者…口惜シヤ… 死シテ全テヲ知ルトハ… 」
羽波行者は涙を流しながら …
「私は、今日、此処で多行者、貴方の呪いを承けるつもりで参りました …私の命で永きに渡り継がれて来た業火が消せるのならばと想ったのです… ですから、どうぞ因縁に関係の無い方々はお還し下さい … お願い致します …」
バチバチと火の粉が舞う …
羽波行者は…
床に頭を擦りつけ懇願した …
「ホ~逃ゲヌノカ … オ前ノ先祖達ハ皆ソウシテ来デアロウ 、ひゃっはっひゃっ」
羽波行者はゆっくりと顔を上げ
「私の御先祖様はそうであったと思います … 幼い頃から貴方の呪いには関わらぬようにと言い聴かされ育ちましたから… ですが … ですが… 私は、其は誠の道では無いと、そう想っているのです… 貴方が命を投じたように羽波家を継ぐ私が承けるべき罪なのですから … 」
ボウゥ-ボォ-ゴォ-ォ-ッ…
バチバチッバッチッ …
膨らんだ炎は…
まるで手足を伸ばしているかのように
ブウォオン~ブウォオン~
音を引きながら…
リビングの端まで拡がった…
多田氏と言うべきか …
多行者と言うべきなのか…
もう解んねぇけど…
シャツのポケットから、アイスの棒みたいな木の木っ端を顔が溶けているんじゃないか?ってくらいニタァ~っとしながら、護摩壇の中へ放り込んだんだ …
ウォ-ンッ…
護摩壇の炎の中で…
犬が鳴いた …
ボウゥ-ボォ-ブゥォ~ンッ…
部屋中にうわっと炎が拡がり…
ボワァンッ …
リビングの …
右奥の角 ・左奥の角 ・ 中央の奥・… 頭上には天井に足つけて逆さになった犬が一匹
ガリガリに痩せて目の赤い犬達が…
ガルルルッ… ガルルルッ…
腹空かして今にも喰いつきそうに、涎ダラダラ流しながら四方向から、じわりじわりと寄って来たのさ …
ウゥ…ガルルルッ…
俺は無我夢中で…
頭の痛みで麻痺してた躰を、無理やりもう一度立たせて、言葉の通り火事場の馬鹿力 って奴で、社長と冴木さん引き摺って、とにかくリビングの窓開いてる所から、二人を外へぶん投げたんだ …
社長が鉄治、鉄治って言ってたけど …
考えられねぇって …
俺 、頭痛てぇからさ…
さっきの話しで覚えてたのは…
この多田って人の先祖が羽波って奴に陥れられて死んだって事だろ?
でもよ … 俺想うんだけどよ …
「てめぇよ、自分勝手過ぎやしねぇか? 何人の命奪ったんだよ … おぃ犬五匹の事五つの命とか言ってるわりには弄んでんじ ゃね ぇかよ… こん畜生めってんだ… へへ っ… あんたよ、本当に五匹の犬達を愛してんのか ?… 俺ん家にはよ玉五郎って猫がいんだ 、玉がデカイから玉五郎ってんだ…へへ っ 、まだ、一緒に住み始めたばかりだけどよ … あいつも訳ありでな … でも俺は…あんたとは違う…玉五郎には絶対、人呪わせたりしねぇって… あんた…間違ってるぜ… … 人としても飼い主としてもなっ! 」
言ってやった…腹糞悪いからよ…
俺の意識ってのは朦朧としていて…
目に映る奴はニタニタ笑って、羽波行者を護摩壇の燃え盛る炎の中に放り込もうとしてたんだ…
ニヤケ面して俺によ …
「次 ハ オ 前 ダ … 」
なんて、ふざけた事言いやがってよ…
こんな時はよ …
行くしかねぇだろ?
「何言ってんだ、このっ糞野郎!」
俺は猛突進してやったよ …
「駄目です、逃げて下さい!」
羽波行者は言ったけどよ…
闘うのが漢だろ?
※丹砂 = 水銀に重要な鉱物




