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ポム  作者: 天野 うずめ
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ポムという生き物。

ポム、僕、そして美人さん。

三人で囲む食卓ももう慣れた。

いつも通りの風景、いつも通りの日常。


僕と美人さんがおかずを取り合って、それをポムが呆れたように見る。

負けた方が腹いせにポムと戯れているところを見せびらかす。


変わらない日常。変わって欲しくない日常。


だけど、この日はどこか、そのすべてに現実感が備わってなかった。

まるで絵本に書いたお話のように、薄くしっかりとこない。


ポムの様子がおかしいことと、この奇妙な感覚に、どうやら美人さんも気が付いたらしい。

美人さんがお風呂から出た後、ポムがすやすやと寝息を立て始めると、彼女は少しいいかしら、と僕に改まった。


「いつからなの?」

相変わらず彼女は直球勝負だ。回りくどいことは抜きに、ずかっと核心に触れてくる。

だけど今夜は何故かそれがありがたいと感じた。

「ここ二週間くらい、ずっとあの調子」

彼女が聞いてきたのはポムの様子についてだろう。

「気が付くとベランダにいて、空を見てる。呼ぶといつも通り元気に返事してくれたり、散歩に出かけたり、ご飯もしっかり食べる。だけどそのすべてがどこか演技をしているみたいに取り繕っているようなんだ」

彼女は数秒の間考え込んだようなそぶりを見せて、それから、そう、と呟いた。そして、また黙り込む。

僕も何を言えばいいか分からずに、そのまま俯くしかなかった。


窓の外では、夜なのにも関わらず、熱い空気をミンミンと振らわせながら蝉の声が響き渡っていた。

雲が一つもない宵闇の中に、深い青色が溶け込んで深い色合いを見せている。


「私の時も、そうだったの」

ふいに美人さんが、囁くように、何かを告白するときのように、ぽつりと声を漏らした。


『私の時』?『も』?

彼女は一体何を言っているんだろうか。

何の話をしようというのだろうか。


僕の心の疑問に気が付いたのか、美人さんは、少し間を空けてから、次の言葉を慎重に発した。まるで口から魂が抜けだしていくのを最小限に抑えるように。

私の時もそうだったの。

「ポムが、私の前からいなくなった時も」

その言葉を半ば予想していた僕も、しかしそれを認めたくない心が働いて、その気持ちをどこへ掃けていいか分からずに、結果ガタっと音を立てて立ち上がった。


「だ、だってそれは君が煮干しをポムにあげたからで!!」

意味がないと分かっていても、どうしても声に熱が入ってしまう。

美人さんは寂しそうに首を横に振った。

それで少し冷静になった僕は、力が抜けたようにへたり込む。

美人さんはゆっくりと口を開いた。

「私も最初はそう思ってた……」

ポムは煮干しが嫌いだ。

他のものはどんなものでも食べるのに、煮干しだけは苦手らしいのだ。

ポムがまだ美人さんの家にいたときの話だ。美人さんがうっかりポムのご飯に煮干しを入れてしまい、けんかに発展した後、ポムあ美人さんのもとを離れていってしまった。

「でもね」

違ったのよ、多分。

美人さんは溜息をついた。

「今日、ポムの様子を見て私ね、今までうすうすと思ってたことが確信に変わった」

そうやって切り出された彼女の話によると、ポムが彼女のもとを去った時に、ある兆候があったと言う。

今と同じく、ぼーっとしたり空を見上げることが多くなったと言う。


つまりなんだ。

ポムが僕のもとを離れていってしまう。

そういうことになってしまうじゃないか。

美人さんは僕の心情を読み取って、うなずいた。

「でも」

僕は浮かんできた疑問をぶつける。

それだけでは結論づけられないじゃないか。

それだけでは、まだはっきりとしていない。

単にポムの調子が悪いだけかもしれない。

単に夏バテをおこしているのかもしれない。

美人さんは、かぶりを振った。


「ポムと貴方が、出会ったのはいつ?」

唐突な質問。

でもそれは、美人さんが初めて僕の家にやってきた時と同じ。

あの時と同じように、僕は答える。

「二年前の……冬の日です」

そうだ。

あの寒い冬のとある日に、僕は家の前で転がる毛玉を発見した。

君は、どこから来たんだい?

その問いに、白いもこもこの毛玉は、「ぽむ!」と答えたのだ。

だから僕は、コイツをポムと呼んだ。


質問に未だ意味を見いだせず、僕は黙り込むしかない。

美人さんは、ゆっくり続きの言葉を放つ。

「ポムが私のもとを離れたのは、出会ってから二年と少し経ってからだった」


頭の中で何かが繋がった音がした。


うすうす思ってたこと、と彼女は言った。

まさか、ポムと再会した時に、僕とポムがいつ出会ったのか確認したのもそのためか……?

「ポムは……二年周期で生活する場所を変えるって事か……?」

「おそらくね」

ポムがどこから来たのか分からない。

存在している理由も、目的も分からない。

そんなどこからともなくやって来たものは、いずれまた、どこか分からないどこかへと、帰っていくのが自然なのではないのか。

何故かそんな考えに、すとんと納得が言ってしまった。

と、同時に今までポムと過ごした様々な出来事が蘇ってきた。冬の日、出会ってからこれまでのことが、走馬灯のように流れていく。

それもこれも、もう終わってしまうというのか。

呆気なく消えていってしまうというのか。


「ポムがいなくなるのは……」

「多分、明日」

「そっか……」

「お別れの言葉……考えておかなきゃね」

僕はすやすやと眠る白い毛玉に視線を向ける。

いつもと変わらない寝顔で、幸せそうに眠っていた。

当たり前になった、その顔。

「ちょっと……頭の整理してくる」

「そうね……いきなりだったものね。私の時は何もすることもできずにいなくなっちゃったから、あなたはせめて最後の時間を一緒に過ごしてあげて」

「うん……」

二つ返事をしながら、僕は夜の街へと散歩をしに行った。



早朝、ごそっごそっという動きを感じて目を覚ました。

ふと見ると、腕に抱いて寝ていたポムが、もそもそと歩いている姿が目に見えた。

「ポム」

呼びかけると毛玉はゆっくり振り返った。

「ぽむ」

ポムは、一言だけ鳴いた。


それで、全部伝わった。


「そっか……いくのか」

「ぽむ」

「初めてであった日、覚えてるか?お前うちの玄関で丸まっててさぁ。雪みたいに真っ白で」

「ぽむ」

「それから色々あったよな。散歩しに行ったり、一緒に遊んだり」

「ぽむ」


言葉に出さずとも、もうポムには全部伝わってる。

そしてまた、ポムの気持ちも全部僕に伝わってる。


だけど言葉にせずにはいられなかった。

今まで一緒にいてくれて。

何気ない日常を共に過ごしてくれて。

いつか好きになったあの小説なような、当たり障りのない中に輝いている物がある毎日を一緒に過ごしてくれて。


その言葉は、自然に口をついて出てきた。

「ありがとね」

「ぽむ!」


窓を開けてやると、白い毛玉はぴょん、とベランダに飛びだした。

それから、いつか見たように空気を吸って身体を膨らませる。

白い風船みたいだなぁ。場面に似合わず、そんなことを思ってしまう。

「次は、どこへ行くかも決まってないのか」

「ぽむ」

「もしかしたらまたふと出会うときがあるかもしれないな。美人さんみたいに」

「ぽむ」

「そん時はまた遊ぼうな」

「ぽむ!」

ポムは風に乗ってゆっくり上昇していく。

しばらく眺めていると、みるみるうちに空高いところに行ってしまった。


不意に衝動に駆られて、ベランダから身を乗り出した。

「ポムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

近所迷惑何て気にもしないで叫んだ。

声を出し切ってから、僕は顔をあげた。


「またな」

呟くと同時に、毛玉は空の向こうに消えて見えなくなった。



「行ったみたいね」

ポムが行ってしまってからしばらく感慨に浸っていると、美人さんがベランダに出てきた。

「はい……ついさっき」

「そっか、寂しくなるわね」

「そうですね。でも、またひょっこり会えたりするかもですし」

「あははっ!そうね。何しろ私がそうだったもんね!」

「えぇ、だから、さよならは言わないで起きました。ポムも自由な奴ですから。何かの拍子にひょっこり顔出したりしますって」

「そうね……。さぁ!朝ご飯にしましょう!!何か美味しいもの作って!かつ丼とか!」

「えぇ、朝からですか!!本気ですか!?」


その生き物と僕が出会ったのは冬の寒いある日のことだった。

その生き物と僕が分かれたのは夏のさわやかな朝のことだった。


それまでの時間―――いつか読んで好きになった、あのとりとめのない日々の楽しさを綴った、あの本のように、ちょっとした騒動もあるけど何事も無く流れていく毎日を―――僕は忘れないだろう。


変わらないけれど、その中に輝くものがあると思えた毎日を。

当たり前にやってくる日々に感謝しながら過ごせたことを。


ポムという白い毛玉と過ごした、これといって大きな騒動も無いことが特別だと思えた、変わらない、少し変わった日常を。

ぼちぼちと更新してきたポム、これにて完結です。

最後まで読んで下さった方、何かのきっかけでこの作品に触れてくださった方、本当にありがとうございます。

何か凄い使命をおったり、すごい力を手に入れてバンバン活躍したり。

そういうお話も好きですが、

何気ない日常に含まれる大切な何か、ていうのがやっぱり僕の根底にある気がします。

こんな作品が、たまにはあったっていいじゃない。


それでは、重ね重ねになってしまいますが、

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます!

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