侵入計画
短め。
「こことここ。それからここも穴になるな」
俺は王宮内見取り図に印をつけた。
年末の夜会までもう幾日もない。王宮内の警備は日々厳しくなり、騎士たちもピリピリし始めている。かくいう俺もその一人だ。
年末の夜会には各国からの要人も招くことになる。そこで何か起きれば外交問題にまで発展しかねない。不測の事態がないように、またそういった事態に対する動きなどを決める綿密な打ち合わせと会議を日々繰り返している。それを密かに家に持ち帰り、ロドスタとこれまた綿密に計画を練っている。
今印をつけたのは警備の穴だ。
夜会は王宮内の一番大きなホールで行われる。ホール周辺とそれに隣接する庭園や要人の宿泊する部屋の周辺は猫の子一匹逃さないような警備態勢が敷かれている。が、逆にその他については手薄になっていた。もちろん手薄といってもいつもよりは人数もいるし厳しいが、穴がないわけではない。交代の時間もあれば、見回りの時に警備の人間が一人になる時間もある。そこを狙っていけば王宮の深くに入ることは可能だ。
騎士団全体の動き、警備の状況や交代の時間を知っていなければできないことだが、この点は俺が第二師団長であることから資料や情報を手に入れるのはたやすい。また王族の住居である場所は近衛騎士の管轄だが、それは王族であるバンから情報が入る。
公王ダイツの悪行を暴くための計画だが、なんというか……
「こんな簡単に話が進んで大丈夫なのでしょうか」
俺が思っていたことをロドスタが口にした。
「それは俺も思う」
騎士団長と王族にツテがあれば、王宮内に侵入できる経路がまるわかりになってしまうことは問題だ。もちろんこの国の騎士にそんな裏切りをする者はいないと信じたいが、こうして情報を手にできる立場にいると不安になってしまう。
「師団長と王族の両方にツテがあって、しかも忍び込む話をする人のほうが珍しいんじゃない? それに、情報を制した者が勝つのはどこの世界も同じだから、情報があるに越したことはないです」
隣に座るミナの言葉に俺はなるほどとうなずき、同時に眉根を寄せた。前に座るロドスタを睨みつければ、慌てた様子でもろ手を上げて首を振っている。
侵入計画の話をするから一人で来いと言ったはずなのに、屋敷に来たのはミナを伴ったロドスタだった。しかも外泊許可まで取ってやってきている。
ミナが泊まるのは正直に言ってうれしい。会議だ何だと忙しくて最近ミナに会えていないことを考えれば、こうして側にいて触れられるのは本当にうれしいことなのだが、ことは王宮への侵入計画の話だ。彼女が知れば首を突っ込んでくるのは馬鹿な俺でも想像がつく。
「ミナ。あとは俺とロドスタで話をするから、ミナは先に……」
「嫌です」
即座に断られた。
「さっきも言ったように、情報を制した者が勝つんですよ。私は役に立たないから夜会では大人しくしてますけど、情報くらい知っててもいいじゃない。いざってときに動けるように」
「いざってときに動かれたら困るのは我々なんですがね」
ロドスタが諦めたような溜息を吐いた。
ミナの行動力については称賛に値する。今夜も連れてくるはずではなかったのに、ロドスタが屋敷に着くころには門の前で門番と話をしながら待っていたらしい。ロドスタの行動と言動から今夜何やら重要な話をするとのことを嗅ぎつけて先回りしていたそうだ。
ミナが男なら間違いなく騎士になれと誘っていただろうくらいの、呆れるほどの行動力だ。が、ミナは女性で、しかも俺の婚約者だ。危険なことをさせるわけにはいかないし、してほしくない。俺と同じ傷を彼女をつけさせるわけにはいかない。だからじっとしていてほしいのだが、言えば言うほど意地になって関わってくるのは彼女の性格上よくわかっている。だったら逆に情報を提示して危険度合いを知らせているほうがまだましだと考えた。だから一緒に話を聞いてもらっているのだが、俺やロドスタよりも情報をまとめるのがうまいのはどういうわけだ。先ほどから作戦に詰まるたびにミナが口を出しては解決の糸口を見つけている。
異世界の女性というのは、全員がこういうものなのだろうか。
俺はちらりとミナの横顔を見る。子供のような姿からは想像もできないほど大人びた表情。真剣なまなざしが見取り図に向けられていて、思わずその表情に見惚れる。
「やっぱり公王の部屋周辺の警備状況が分からないのは痛いですね」
ミナが腕を組んで机の上にある王宮内の見取り図を睨みながら呟いた。ハッとして俺は目の前の見取り図に意識を戻した。
公王の住居である離れの見取り図も手に入れていた。しかし、その周辺に関する警備の状況はバンをもってしてもわからない。騎士団内でもそれとなく聞いてみたのだが、誰も知っているものがいない。一部の騎士に言わせると、公王の住居周辺は警備自体がないとまで言われているほど、まったくもってわからないのだ。
「やっぱりここは私がオトリになって、公王食いつき作戦で……」
「絶対に駄目だ!」
「駄目です」
俺とロドスタが即座に却下の声を上げる。
「頼むからおとなしくしていてくれ」
ミナが下手に動けば周りが作戦に集中できなくなってしまう。本当に行動力がありすぎて困る。が、そこも可愛いと思ってしまっている俺は、すっかりミナのペースに巻き込まれているのだろう。
唇を尖らせるミナの頭をそっと撫でれば途端に顔を赤くして目を逸らし、仕方なさそうにわかりましたと小さく答えた。
「警備はともかく、正直なところどうやって捕まえるの?」
「どう、とは?」
「ダイツの所に行ったって、理由がないんじゃ捕まえられないじゃない。王族だから理由もなく捕まえるのはまずいって言ったの、ロドスタさんでしょ?」
「だからロドスタの奥方を探すの第一の目的だ。さすがに人の奥方を攫ってるんだ。それだけで罪になる」
「王族でも罪になるの? 言っちゃ悪いけど、権力をかさに着て人の奥さん奪うって話、よくあるじゃない。それに略奪愛とか、不倫とか」
ミナがこともなげに言う。略奪愛に不倫って、物凄く不穏な言葉だな。そんな話が良くあるってどういうことなんだ? ミナの元いた世界のことがますますわからなくなる。
この国では重婚が認めれれてはいるが、人の奥方を奪うのは道徳的にも法律的にも禁止されている。それに大昔にあった奴隷制度が廃止されてから、人攫いは重罪だ。それは王族と言えども例外がなく、部下の奥方を無理やり手籠めにした貴族や人身売買に手を貸した王族が国外追放になった事例もある。
そういう意味ではロドスタの奥方の証言があればダイツを追い詰めやすい。
「人攫いは王族でも罪になりますよ。離宮へ追いやられるか、国外追放か」
「へ~、案外王族も権力持ってないのね」
「そういうわけじゃないが、罪に対しては処罰があるのが普通だろ。平民も王族も関係ない」
「なるほどね。人攫いは罪、か。じゃあ、私がダイツに攫われても罪に問われるんだ」
不穏な言葉に目を剥く。
「絶対駄目だ!」
「まだ何も言ってません」
「言わなくてもわかる。それにロドスタの場合は奥方だが、ミナはまだ俺の婚約者という立場だ。一時的な感情で遊びだと言われてしまえばそれで終わらせられる」
言いながら俺は鼻に皺を寄せる。一時的だろうが何だろうが、ミナが俺ではない他の誰かの隣にいるのは許しがたい。
彼女は俺の婚約者だ。誰にも渡さない。
「遊びなんて、そんなこと私が言うわけないし、ダイツにだって言わせないわよ。だって私、バラク様が好きだもん」
するりと耳に入ってきた言葉が脳に達する。
好きだもん……好きだもん……好きだもん……だもん……もん……
頭の中で言葉が反芻され、その言葉で頭がいっぱいになる。俺は思わず目の前のミナを抱きしめた。
「ぎゃあああ、バラク様! 人前、人前だからストップ!」
腕の中でミナが腕を突っ張ってどうにか離れようとするのを、俺は構わずぎゅうぎゅう抱きしめた。
「力込めすぎですっ、死んじゃう! それにロドスタさんが見てるから!」
「いえ、私のことはお気になさらず、どうぞ続けてください」
どうぞどうぞと言われて俺はロドスタを睨みつけた。どうぞという前にここから立ち去れ! 気をきかせれて二人きりさせればいいものを、ロドスタは腰を上げようともせず濃紺の瞳で俺たちの様子をにこやかに見ている。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!」
ロドスタに叫びながらも、ミナが俺の頭に手刀をバシバシ叩き込む。痛くはないが仕方なく腕の力を緩めてミナを解放した。
「バラク様、時と場所と人目を考えて行動してください!」
文句を言われて俺は首を捻った。
「二人きりの時ならいいのか」
聞けば顔を赤くしたミナの鉄拳が鼻っ柱に入った。
見事なパンチに鼻血が出た。
やはりミナは女性にしておくには惜しいほどの行動力だ。男であればこの作戦にもいろいろと協力してもらえるのに。そう思ったところで、男であれば俺の婚約者ではなくなると思い返す。
ミナはやはり女性でよかった。
鼻血が出たことに慌てているミナを見下ろして、俺は唇に笑みを浮かべた。
鼻血を出しながら笑うバラク君。なかなかシュールな絵面です。
ミナの話に合わせて短めに収めました。
また同時投稿していけたらな、と思っています。




