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まおー、のほこり

 オレは魔法使いの知る方法というものをすでに知っていたし、この茶番じみた一幕を設えるためにアリシアなどに根回しするために姫と彼女の間を取り持ったのもオレだ。

 シアの発案とは言え、オレも最初は難を示したが、フィアを見て気が変わった。

 本当は能天気に、世界に関わらず生きていけるのが理想だったが、そうも言っていられないのだろうな。

 真剣な眼差しでシオンを見つめる魔王の横顔を眺める。

 ……いや、待てよ。こいつって本当は最初から答えを知っていて然るべきなんじゃ。記憶を思い返すと、彼女自身が答えを口走っていたことが一度あった。

「…………」

 まさか、ど忘れしてる? なくもないだろうが、それで大丈夫なのか、この魔王は。

 まあ、問題ないか。武力ならオレが、智謀策謀はシアが担当すればいい。

「じゃ、こたえあわせ、しよっか」

 自分自身が答えだというシオンの言葉に、眉を寄せて考え込むフィア。シオンは彼女が答えに行きつくのを待たずに言葉を続ける。

 だが、フィアはそれを不服として、手振りで止めた。

「ボク自身だと言われて、なおも答えを請わなければならないのは癪だ。だから、本当の意味で答え合わせをしよう」

 シオンの言うところの『こたえあわせ』はつまるところ、面倒くさいから答えを教えようというもの。だが、フィアの提案はまさしく言葉通りの『答え合わせ』。

 その提案を行えるということは、核心には近づいたのか。もしくは、当てずっぽうでもいいから、自分で答えに近づきたいのか。後者が正しい気もするが、それはそれだ。魔王の性格としか言いようがないだろう。

「ん、いいよ。じゃ、まおーから、どうぞ」

 若干、勇者や神官が除け者にされてはいるが、この場では正しいだろう。彼らはまさしく部外者であり、当事者と言っていいのは魔王と魔法使いだけ。オレや姫、一つ目ですら異分子と言える。

 まあ、オレは端から部外者を気取るつもりでいたし、この場では一切口を挟むつもりもなかった。しかし、姫や一つ目はどうだろうか。

 彼女らを見やると、姫は密やかに嗤い――いや、おかしいだろ。どれだけ腹黒っぽい笑いを浮かべてるんだ、この少女は。一つ目は、

「おい、昇天してるんじゃないだろうな?」

「…………」

 本当に逝ったんじゃなかろうな。指先で小突くと、

「ハッ――今めんこい女子(おなご)が川の向こうで手招きしておった……」

 なんで勝手に死にかけてるんだろ、この高位魔族は。歳だし、仕方ないのかと思っていると、

「魔王城。土地に対する浄化作用はあるが、あれは停滞し、淀んだ魔力の再流通のための施設であるが」

 ああ、忘れていた訳ではないのか。そして、確かに彼女の言うとおり、魔王城の浄化作用はオレも調べた限りでは、土地の淀み、すなわち循環せず、不活性化した魔素に対してだ。

 穢れには効果がないことも姫が確かめた。

 となると、

「ふせいかい。ただし、おうよう、できなくは、ない、けど」

 けど、答えじゃない。シオンは言った。『まおーが、すべてのこたえ』、と。

 ただ額面通り、その言葉を受け取ればいい。それだけのこと。

 しかし、とも思う。例えば精霊に対し、なぜ肉体を持たないのか、とか、人間に対して、なぜ固有の魔法式を持っていないのか、とか、そういう種の根本に対する問いに近い。

 なぜと問う前に、それはすでにそうであり、すなわちそれは理由ではなく定義だ。精霊が精霊であり、人間が人間であるという定義。その境界にあるような存在はどちらかというと異分子だろう。オレも含めて。

 では、魔族とは何か。魔王とは何か。魔族と魔王の違いは何か。

 シオンは、そしてシオンの師匠たる男は突き止めたのだろう、その定義を。

 姫はそれに呼応し、魔族を助けるために手を回した。

 もう一度、シア姫を見る。彼女は微笑んでいる。腹の中になにかを抱きつつ、でも穏やかにフィアの横顔を見つめている。

「では、本当に、本当の意味で――」

 魔王は恐れるように、そして信じがたいというように、

「……ボク自身が、答え……だと言うのか?」

 手探りのような問いかけ。

 答え合わせ終了。魔王としては、城の機能が除外されればそれ以外に提示できるだけの何かはない。

「ふぁーあ……そ、だよ。まおー、じしんが、そーゆー、やくめ」

 あくび交じりに。だが、確かに魔法使いは断言した。

「役目……」

 力が抜けたのか、椅子の背に深く身を預けながら魔王デルフィアは呟く。呆然と。

 そして、自分の体を抱く。

「魔王様?」

 気遣うユーニスの言葉も耳に入らないのか、ただただ体を丸める。

 心にあるのは自身への懐疑か、それとも、受け入れがたい真実を受け入れるための覚悟か。

「……レティシア」

 数瞬か、数刻か。計ることの難しい独特の時間的空白の後、魔王は姫の名を呼ぶ。

「はい、なんでしょう?」

 打てば響くような、迷いない言葉。

「知って、いたのか?」

 端的に問う。それへ彼女も短く、

「ええ」

 と答える。

 そうか、とだけ魔王は呟き、瞳を伏せる。血色の輝きが隠れる。

 だが、今度の沈黙は長くなかった。

「礼を言わないといけないのかもしれない」

 開いた瞼の奥に迷いはなかった。

「礼、ですか?」

 首を傾げ、言葉の真意を窺う。魔王は首肯し、

「魔王として生まれ、ただ魔王として生きる。人類に対し覇道を唱えるのも一興だと思っていたこともあったが、それも所詮暇つぶしに嘯いていただけのこと」

 だけど、と続ける。

「ボクが魔王であり、それに意味が、役目があるというなら、ボクはきっと胸を張れる。誇ることが出来る。偉ぶるだけの首長ではなく、庇護するべき民を持つ王としての誇りだ」

 デルフィアは立ち上がり、向かいの神官、そしてその左右の魔法使いと勇者、さらに視線を両隣のオレやシア、最後にユーニスを見つめる。

「紅焔の魔王デルフィアとして心から告げる。ボクに誇りをくれてありがとう」

 深々と、頭を下げる。

「いやー、べつに。ししょーの、めいれい、だったし?」

 少しばかり顔を赤くしてそっぽを向くシオン。ミレーネはどういう表情をしていいのかわからず、泣き笑いのような顔。アトスは真剣な眼差しでフィアを見つめ、

「俺の夢がお前の価値観と相争わなくて済むようで、本当にありがたい」

「女の子にモテたいだけの癖にか?」

 オレが茶々を入れると、彼は立ち上がり、

「何度でも言うが、俺は平和な世の中で女の子と仲良くなりたいんだ。争いは俺の取り合いの時だけで充分!」

「そんなこと起こりっこなさそうですけどね」

 しれっと神官がのたまう。食って掛かる勇者だったが、手で追い払う仕草を見せると部屋の片隅に行って床を指でつつき始めた。というか、この神官も大概だな。本当に神職か?

 オレの視線に気づいたのか、目が合う。だが、すぐに逸らされた。

「そんなこと、より、ね」

 シオンの発現が混沌に陥りかけていた場の空気を戻す。

「まおーが、よにん、いるけど、じつは、それだけじゃ、まにあわない」

 何やら聞き捨てならない事実を聞いた気がする。四人? こいつの他に、後三人も魔王がいる、ということか。

 若干以上にげんなりする。

「だから、まおーの、やくめを、ほんにんがいなくても、いいようにする」

 何かをねだるように手を出し、

「まおー、かみのけ、ちょーだい……すこし」

 言いたいことはわかる。後三人いたとしても、世界全部を網羅しきれない。だから、魔王の肉体の一部である髪の毛を使って浄化作用だけを機能する仕組みを作ろうというのだろう。

 フィアを窺い見ると、彼女は即座に頷き、

「いいだろう。誰か、短刀を」

 道具を求めた。応じたのはアニエスさんで、恭しく捧げられた装飾過多な短刀を受け取ると、深紅の髪に当て、ざっくりと、首のあたりから大胆に髪を切る。

 誰もが、そこまですると思っていなかったので度肝を抜かれる中、

「これだけあれば事足りるだろ」

 平然と、それが当然とばかりに切られた長い髪を掲げる。

「……あるに、こしたことは、ないけど」

 びっくりした、と言葉にする。シオンは立ち上がって髪の毛を受け取ると、

「みじかいのも、にあう」

 そう言ってほほ笑む。

 オレも彼女に同意だ。

 そして、それは何よりも彼女の決意を示しているようで。




 オレも立ち上がり、そっと彼女の頭に手を乗せた。一緒に居る、そう意思を込めて。

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