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ここからはじめる、ぼくたちにしかできないこと

 勇者、神官、そして寝坊助こと魔法使い。それが勇者側の人間。セシリアを数えないのは、彼女が傍観者に徹すると初めに宣言したからだ。

 対して、ボクと姫と宿し子、そして腹心の一つ目。アニエスはいるにはいるが、やはり傍観者だ。実務となれば、彼女の出番なのだろうけれど。

 昨日とは別室の会議用の部屋に集められたボクたちは座の上下の存在しない円卓に着いていた。ボクの右隣にはクレア左隣にシアが座り、ユーニスは背後に控える。対面にはミレーネで、その右隣にシオン、左側にアトスという配置となった。アニエスは給仕を終えると壁際に下がり、セシリアもそれに並んだ。

 さて、と前置いて語り始めたのは主催者という立場もある姫。

「とある方のためにも、まずは軽くおさらいしておきましょうか」

「……助かる」

 結局、この話し合いが始まるまでに姫から昨日の顛末を聞けなかったアトスが身を小さくする。

 シアはそんな彼の態度を気にした風もなく――とはいっても全く気に掛けないわけではなく――落ち着いた口調で話し始める。

「我々の、とはいってもこの話し合いを画策したのはわたしの一存ですが、その目的はただ一つ。穢れの排除です」

「穢れ?」

 当然と言うべきか、アトスが聞きなれない単語に首をひねる。

 そんな彼へ、魔族と穢れの関係をかいつまんで説明したのはミレーネだった。彼女にしても、色々と思うところがあるのだろう。一通りの説明が終わったタイミングで、さらにシオンが補足を入れる。

「けがれは、もともと魔界のものじゃなくて、上層の天界がはいしゅつする、もの。だから、ほんらい、魔界にはけがれはいきとどかないはず、だった。まあ、人界からもびりょうながらはいしゅつされてたらしい、けど」

「でも、理由があって大量に流れ込んでその影響が明らかとなった、てか?」

 アトスは情報を咀嚼して考え込む。

「層を抜くほどの影響を持った事件はアレだろうな」

「ごめいとう? たぶん、だけど。それにしても、バカじゃなかったんだね、ゆうしゃ」

 仲間から馬鹿にされ、流石に黙ってられないのか、拳を振り回し、

「二流貴族には二流貴族の努力ってもんがあるんだよ! ていうか、今までお前らと過ごした時間ってなんだったの!?」

 ミレーネは目を伏せ、シオンは表情が変わらないものの、目はあらぬ方を見ている。

 勇者は本気で泣きそうだった。流石に不憫には思うが、口を挟む場面でもなさそうだし。

 姫の咳払い。

 場の注目が彼女に集まる。

「あなた方の関係はさておいて」

 置くのか、姫。きっとそれは横に置いたら永遠に放置される類のものだと思うのだが……いや、もういいか。関わらないでいいことに首を突っ込むのはよしておこう。

「恐らくアトスさんが行き着いた答えは天落としと世界層統合の二つでしょう?」

 頷く勇者。ボクは天落としについての知識をクレアに求めると、

「三百年ほど前だな。とある魔術師によって引き起こされた事件で、天界の力を得ようとして天界そのものを人界に降ろそうとした事件だ。儀式半ばで中断させることに成功したが、各層を支える柱が半壊。それが世界層統合の原因だ」

「なるほど。ボクたちがこちらに投げ出される前に感じた異様な魔法の波動はそれが原因だったのか。はた迷惑な奴だな」

「ホント、迷惑だよな」

 それさえなければ、争いもほとんど起きず、こうして無用なことに頭を悩ませる必要もなかったのに。

 でも、とも思う。仮に世界層が統合されなかったら、ボクはどうしていただろう。魔界の王族として生まれ、それなりに楽しく生きていただろうか。勇者におびえることもなく、悠々と暮らせていただろうか。

 わからない。なかったことは想像できても、結局正解などわかるはずもない、か。

 それに、とも思う。統合がなければ、ここにいる者とは会えていない。会ってしまい、在ること当たり前となってしまったボクに、なかった時の、なくしてしまった時の状況は想像するのも少し怖い。

「弱く、なったな……」

 口を突いて出てしまうほどに、自覚した。能力的に万全でない以上に、心が弱くなった。

 クレアはボクの横顔を眺め、

「だとしたら、うちの姫様は誰よりも弱いぜ」

 笑って言う。それへ、

「ふふふ……だから守ってくださいね、クレアさん」

 冗談めかして、弱さのかけらなども見せずに微笑む。

「…………」

 どうやら、一面的な考えに陥っていたようだ。気づかされ、知らず笑みを浮かべる。

「うらやましい……」

 そんな勇者の泣き言にも、

「そうだろ」

 と胸を張れる。

 ……平野とかまな板とか言うなよ?

 誰に言うでもなく、心の中で呟いて、そして自分で落ち込む。

 ああ、やるせない。左を見れば、豊かな丘陵があるし、正面を見ても、シアには劣るものの決して平野とはいえない程度の起伏が、起伏が――!

 ああ、どん底。

「笑顔のすぐ後に、いきなり絶望されてもな……」

 クレアの呆れ声。いいよな、男は。いや、男がいけないのか? そうだ、

「きっと男が悪い!」

 立ち上がり、叫ぶ。

 無論、注目を集めるわけで、妙な沈黙が場を支配する中、取り返しのつかない過ちを犯したことに気が付き、背を嫌な汗が伝う。

「……えっと、魔王が言いたいのは、世界統合の引き金を引いた魔術師が悪いって言ってるん、だよな? そうだよな? そうと言えよ、答えはハイか無言の頷きだ。それ以外はお呼びじゃない」

 有無を言わさぬ気迫にボクは首を縦に振らされた。

 若干白けた空気が漂う中、再び姫の咳払い。

 今回ばかりは本当に申し訳なく思う。以後自重しよう。

 背後からなにやら臣下の冷たい視線が刺さるが、今だけは甘受しよう。そうするべき時だ。

「で、ですね。話を元に戻しますと」

 強引に流れを引き戻す彼女の言葉に合わせてシオンが続ける。

「ほんだいの、けがれをはいじょ、する方法、だね?」

「そうです」

 短い同意にシオンはゆったりと頷き、

「こたえ、はすでにめのまえに、ある」

 そう言って、指を、真っ直ぐに、ボクへと、向ける。

「……ボク?」

 確認以外に意味のない問いに、シオンは「そ」と短く答え、

「まおーが、すべてのこたえ、だよ?」

 なんで疑問形、と思わなくもないが、それ以上に、

「ボクが答えって……」

 なんだそれ、という思考が頭を支配する。だが、左右を見てもその答えを訝しむ様子も、驚く様子もなく、淡々と受け入れていた。

 まるで、予め知っていたかのように。




 驚いているのは、ボクとミレーネとアトスで、ボクたちはすぐ後に本当の答えを知るけれど。だけども、今はただ混乱だけがボクたちを支配していた。

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