ゆうしゃのりゆう
結局、中途半端な台詞を放っておいてベッドを求めたシオンは起きることがなく、翌朝を迎えていた。フィアやミレーネが不平そうな顔をしていたが、オレにはどうしようもないことだった。まあ、方法については薄々勘づくことことがない訳ではなかったが。
「おはよーさん。朝からご苦労なことだ」
「はは、普段は必要ないことだからね。でも、たまにはこういう刺激があるのも悪くない」
城の地下牢の入り口を見張る年の近い兵士は目の下に隈をつくりながらも、朗らかな笑顔を浮かべる。
「で、勇者は?」
「それが……」
ちらりとオレがやって来た階段へと目をやり、
「グレンさんが早朝に連れ出して、演習場の方へ」
「親父が?」
「ええ、理由はなんとなく予想がつきますけどね」
「まあ、な」
確かに、オレでもなんとなくわかる。それが、親父に散々しごかれた彼のような立場ならなおさらだろう。
「しかし、あの勇者耐えられますかね?」
「さあ、な。じゃあ、オレは演習場の方に行ってみる。お前も頑張れ」
「ええ、寝ないように気を付けます」
手を振って彼と別れ、オレは来たばかりの階段を上り、地上へ。城壁の内側に沿って城の裏側へ。そこは広い平地とそれに併設された緩急のある斜面を持つイース島に駐留する兵士の演習場だ。
そこにはいつもの時間なら見ることのできる兵士たちが汗流す光景ではなく、二人の男が向かい合い、しかし一方的な試合運びで年若い方が遊ばれている光景だった。
「まったく、我が親父ながら容赦ないね……」
漏れるのは苦笑。彼らを取り囲む兵士たちに交じって見物していると、
「なんだ、お前もここにいたのか?」
「奇遇じゃな、クレア」
やって来たのは魔王とその従者である一つ目だった。彼女たちも親父グレンとアトスというらしい勇者の攻防だ。いや、主に“攻”であり、“防”は戦闘の流れを読んでのものではなく、ただ闇雲に体をかばう位置に剣を立てているだけのもの。
「ふん、酷いもんだな。剣を使わないボクが見てもそう思うんだ。グレンから見ればずぶの素人なみだろうよ」
「今までが得物の力に頼りすぎていたんだろ。まあ、オレも持って生まれた力に頼ってないと言えば嘘になるが……」
「ですが、それは磨かなければただの無用の長物ですぞ。ワシだって、メイズなんて力を持っておるが、まともに使えるようになるには苦労したからの」
そういうものかね。オレは親父の雑な大振りの攻撃を受け損ねて吹っ飛ぶ勇者に失望と憐憫がない交ぜになったものを感じる。周囲の兵士もあんまりな光景にどこか見る目が冷たい。
それはそうだ。勇者という名を背負ってやって来たにも関わらず、オレに負けたばかりかこうして無様な姿を晒しているのだから。
「なあ親父、その辺にしといたら?」
土まみれで剣を支えに立ち上がろうともがいている勇者にいささかの同情を抱き、オレはなおも剣を構えようとする親父に近寄って肩を叩く。
「…………」
しばし無言でオレの顔を見つめていたが、やがて剣を下ろしてそのままオレに預けてくる。
「親父?」
「お前がかつて失望したのとはまた別の理由で失望している」
早口にそれだけ言い、演習場を去って行った。
「なんだかなぁ……」
「お前、勇者に失望してたのか?」
魔王が目だけで親父を見送り、そしてオレに問うてくる。オレは頭を掻き、
「勇者本人っていうよりは、制度にだな。なんせ、金で買える肩書きだ」
「あぁ……そういえばそんな話をどこかで聞いたな」
「富と引き換えに、各地での好待遇や上質な装備一式を与えられるのでしたな、確か」
「そ。だから、貧乏人は端から相手にしない金持ちの道楽に近いってこと。でも」
オレは地面に腰を下ろして項垂れたままの勇者に目をやる。
「ここに来ただけ、あいつはまだマシなんじゃないかと思ってる」
「それは確かに言えますな。魔王と相対しようと思わなければ、それなりの暮らしは維持できるはずじゃ。それを投げ打ってでもこの島に来た度胸は認めなくもないのぅ」
「…………」
フィアは深紅の瞳を勇者に向け、そして、
「貸せ」
オレから剣を奪い取ると、つかつかと歩み寄っていく。演習を中断したままで周囲に固まっている兵士たちからどよめきが漏れる。まあ、気持ちはわからなくもない。オレが間に入ることで直接対決を避けていたというのに、今ここで互いに剣を持っているという状況が生まれたのだから。
流石に放置はできないと感じたのか、一人が城内へと駆けていく。姫にでも報告をしに行ったのだろう。
だが、周囲のそんな騒ぎはお構いなしに燃え立つような髪色の魔王は、煤けたようなまだらに灰の混ざるくすんだ銀の髪の勇者へと歩み寄り、ついっと剣を持ち上げて喉元に突き付けた。
「立て」
声音は強くないが、芯の通ったその声にアトスはゆっくりと顔を上げ、目の前にいるのが誰なのかをしっかりと目に捉えた。
「はは……お前が本当の魔王かよ」
乾いた笑いと皮肉げに歪んだ頬。魔王は言葉に取り合わず、再度立つように促す。勇者はしばらく応じなかったが、三度目の声が発せられるのを拒むように頭を振り、突き付けられていた刃を押しのけて立ち上がった。
「で、何の用だよ」
拗ねたような目で魔王を見つめる。彼女も臆することなく目を合わせ、
「お前は何がしたくて勇者になどなった? 貴族なら、金もあれば地位もあるだろうに」
「貴族もピンからキリまであるんだよ。俺の家みたいな田舎の二流貴族じゃ金も地位もたかが知れてる。だから、俺は……」
口をつぐみ、戸惑うように瞳を揺らす。
「だから?」
促す魔王。だが、勇者はなぜか頬を紅潮させ、口の中でもごもごと呟くのみ。魔王は首を傾げ、再度問いかける。オレも少し気になったので、近くまで歩み寄ると、こんな言葉が聞こえた。
「女の子にモテたかった?」
「ッ!?」
オレの反芻した台詞に勇者は顔色を赤から青に変え、すさまじい勢いで後ずさりした。
「逃げんなよ……てか、そんなに驚くなよ。その動きにオレの方がびっくりだぜ?」
「わ、悪い……じゃなくて!」
アトスは両腕を振り回し、
「なんで聞こえたんだよ! 聞こえる大きさじゃなかっただろ?」
「あー、それな。オレ風の精霊が憑いてるわけだから、音とかそういうのすごく聞こえるんだ。うん、でも――」
オレは勇者に手を差し伸べ、
「オレはお前を誤解していたみたいだ」
「なんだよ、急に」
「お前が魔王を倒しに来た理由を少しばかり理解したってことだよ」
「おい、小僧。どういう理由がわかったんだ?」
魔王がいぶかしむようにオレを見る。勇者が後ろに下がったことにより、すでに用をなさなくなった剣を下ろし、疑問符を浮かべている魔王へ、
「つまり、こいつは女の子にかっこいいところを見せて、気を惹きたかったんだよ。そういうことだろ?」
「そればかりが理由でもないけどな……平和じゃないと、恋もおちおちしてられねえだろうがよ」
「…………」
フィアは空を振り仰ぎ、ユーニスを見て、オレを見て、最後に勇者を睨んで、
「そんな戯けた理由で殺されて堪るかってんだ、ボケェッ!」
唸りあげて赤熱した剣がすっ飛ぶ。
「あっぶねぇっ――」
と思ったが、剣は勇者から大きくそれた場所に土煙を上げて突っ込んだだけで終わった。大きな窪みが出来たが、それはそれ。誰にも被害はなかった。
「うおっほん……」
ユーニスが咳払いをし、剣の回収に向かう。
「お前、あんが――」
「黙れ」
「はいはい」
オレは肩をすくめて言葉の続きを飲み込む。魔王はいらいらしたように頭を掻き毟っていたが、
「そろそろお開きにしてくれませんか? 流石にこれ以上兵士達の時間を削るわけにもいきませんから」
たおやかな声が降り注ぐ。声の元を探して城壁をなぞっていけば、そこには欄干から身を乗り出した姫様の姿が。
「おい、見えても知らねぇぞ」
「…………」
その姿はすぐさま消え、その代わりに窓から刃物が飛び出してオレの足元に突き刺さる。見れば切れ味など皆無なバターナイフだが、随分な勢いで投げられたものだ。
「お、おっかねぇな、ここの姫は……」
アトスは驚愕の表情を浮かべて姫様の姿が消えた窓を見上げている。
「お前も口の利き方には気を付けたほうがいいぜ?」
「そ、そうする。ともすれば、魔王よりもおっかないかもしれねぇ……」
こうして、我らが姫様はよそ者にもその恐ろしさを刻み付けた訳だ。流石。
「そろそろお暇した方がよさそうですな」
「だな……邪魔して悪かったよ」
オレは兵士たちに頭を下げ、魔王と勇者の背中を押す。
「いちいち押すな。そうされなくても歩くさ」
ぶつくさ言う魔王。オレはそんな彼女の横顔に目をやり、
「恐らく、これから昨日の続きだ。寝坊助を叩き起こすのが先決だろうが、それでも気を引き締めとけよ。魔王の在り方を左右しかねない話になるはずだからな。ま、そう言う意味ではお前もきちんと話についてこいよ、勇者殿」
「できれば、昨日話したことを教えてもらえると助かるけどな……」
「そいつは姫様から聴いてくれ。オレはそばで生暖かく見守っててやるから」
「堪忍……」
勇者が青ざめる横で、燃え立つような赤の魔王は表情を引き締め、
「いまさら、何が起ころうと驚かないつもりだ。もはや、イレギュラーすぎて、ボクにも収拾付けられる気がしないからな。せめて、この状況に適応できるようにするさ」
「他人事だが、せめて見守っててやるさ」
「余計なお世話だ。だが――」
フィアはオレの目を真っ直ぐに見つめ、
「ボクをずっと見ていられるのはお前のような存在だけだからな。そういう意味ではありがたく思うよ」
真っ直ぐで、しかしその奥にある揺らぎ。それはオレはオレのモノじゃない記憶の奥底にある似たような感情をも揺らした。
他人事だと言ったが、オレは絶対にそうならないことを確信しながら、姫の待つ部屋へと足を向けた。




