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まおーとひめとへいみん、そしてしんかん(ゆーしゃ)

 姫と女神官、そして帽子の魔法使いが席に掛けた。ボクとクレア、さらに赤髪の宿し子たるセシリアは室内から続くベランダの欄干になぜかくっつくようにして並び、声をひそめる。いや、主に言っているのは文句なのだが、姫と女神官が醸し出す雰囲気ゆえ、なぜか声を抑えたくなる。

「そんなにくっつく必要ないだろ!」

 小声で怒鳴るボクの言葉はどこ吹く風とセシリアは優雅に髪を掻き上げ、

「だって、人肌が恋しいんだもの。ミレーネは過度な接触は厳禁だって言うし、シオンはなんの反応もないからつまらないし……」

「反応ないけど、人肌恋しいだけならそのシオンとやらのところに行け。ボクにひっつかれても迷惑だ」

「というより、オレまで巻き込むなよ。ウザくてなぎ倒したくなってくる」

 普段の飄々とした態度と打って変わりクレアは心底迷惑そうな顔をしている。が、それはボクも同感であった。

「そんなこと言わないでよ。同じ宿し子どうし仲良くしましょうよ」

 話題が彼の側に逸れた。密着度が減ったその瞬間にボクはセシリアから離れ、姫の傍に歩み寄る。じろりと、ミレーネに睨まれた。まだなにもしてないだろうに。

「では、始めましょうか」

 アニエスによってお茶の準備が終わると同時、レティシアが口火を切った。ぴりっとした緊張感が走る。だが、

「シオン。いちおー自己しょーかい、ね」

 とシオンと名乗る帽子の少女は間延びした口調で自己紹介を行う。

「この方はかのカロンとそちらにいらっしゃるセシリアさんの弟子です」

「ほぉ、あのカロンの、ね。懐かしい名前だ」

 クレアが皮肉る。ボクは欄干の方を向き、

「知っているのか? お前の若さで」

「知ってるさ。宿し子として記憶を継いでいることもあるが、一度だけ直接会ったこともあるからな。その時にこいつとも知り合ったがな」

「だから、あたしがクレア経由でそこの姫様に勇者到来を伝えてもらっていたのよ」

 妙な人間のつながりと、思惑が見え隠れする情報の開示。当然、ミレーネも表情を渋くしていた。

「どうやら、この勇者遠征は最初から仕組まれていたものみたいですね。知らなかったのはわたしと勇者アトスだけのようですね」

「いえ、そう勘ぐる必要はないですよ。ただまあ、故意に協会に対して情報を漏洩させ、誘ったのは事実ですけど、ね」

 否定と、それとなぜか意地の悪い笑顔。

「利用した、というわけですか。先ほど貴女は人類に最大の利益をもたらす、とおっしゃっていましたが、根拠が?」

「言いましたね。でも、根拠の前に根源に立ち返りませんか?」

 煙に巻くのか? いや、この女はそんなことしないだろう。ミレーネもレティシアを注意深く観察し、そこに他意がないことを見取ったのだろうか、ため息をつきつつも頷いた。

「いいでしょう。では、どこまで遡りましょうか?」

「カロンによる、第2次世界層統合まで。いえ、あの事件そのものについてはとやかく言うつもりはないですよ。問題はその後に起こった出来事について、です」

 第2次世界統合。それはボクたち魔族がこの世界に投げ出された原因となった事件のことだ。そもそも、今いる世界にはいくつかの層があった。しかし、こちらの世界において空間が壊れかける事件が起きた。カロンはそれに対して別の層を重ねることで世界の崩壊を食い止めた。しかし、余波がなにもないわけがなく、その結果がボクたちと、

「穢れの流入。魔族の出現と共に起こったこの世界の出来事です。当然、ミレーネさんも知っていますよね?」

「……魔族については知っていましたが、穢れについては寡聞にして知りませんでした」

 悔しげに唇を噛むミレーネ。レティシアはそれに対してそうですか、と言っただけで責めることもあざ笑うこともしなかった。

「では、前提から話さなければなりませんね」

 紅茶を一口。唇を潤してから、

「この世界に投げ出された魔族にとって、この世界はあまりにも生きにくいものでした。というのも、そもそも生きていた土地から無理やりこちらに来させられたこと。それに加え、カロンはこの時二つの層をこの世界に統合したことによる穢れが存在したことです」

 彼女は小麦をふくらませた菓子を深い器の中に一つ置き、

「この焼き菓子が魔族。そして、このお茶が穢れ」

 何をするのか、と思う間もなくお茶を焼き菓子の上から注いだ。数滴はそのまま染み込み、やがて内包できる容量を超過し、焼き菓子は溶けて崩れた。

「魔族はこの世界に存在するどの種族よりも穢れを受け入れやすく、そして存在が変質しかねない種族です」

「それは違う」

 ボクは思わず言葉を挟んだ。姫の意図はなんとなく理解した。だが、それだからこそ誤解は正さねばならない。

「確かに言うとおり、魔族は穢れを受け入れやすい。だが、それと同時にその受け皿となるだけの凶暴性を内に秘めている。それを忘れてはいけない。言葉を弄して、被害者として祭り上げることは容易だが、これが交渉というのならば――」

「申し訳ありませんが」

 ボクの言葉に割り込み、そう前置いたのは意外にもミレーネだった。彼女は真っ直ぐな瞳でボクを見つめ、

「貴女が言わんとすることも、こちらのレティシア姫がおっしゃっていることも理解しています。それこそ、言葉を弄してわたしを謀ろうというのなら、交渉の余地はないというものです。ですから、判断するのはあくまでもわたしです。それに」

 彼女は供された紅茶にようやく口をつけて唇を潤したのち、

「今の言葉でわたしは確信しました。貴女は真っ直ぐな人です」

 そう、断言した。確信に満ちた瞳からボクは視線を逸らす。

「人じゃないけどな」

 そう茶々を入れるクレアこそ、人ではなかろうに。しかし、自分を棚に上げたクレアはこうも言う。

「おい神官。お人好しも結構だが、忘れちゃならないのはどうして人類が魔族を敵視するかだ」

「…………」

 彼女は即答を控え、少し考え込んでから、

「人類に対する神をも恐れぬ暴虐。それが発端と言われています」

「そうだな。では、逆に問うが発端は本当に彼らの側か? 人間が先に手を出したということはないのか?」

「否定はできません。ですが、彼らの行いはあまりにも度を越していました」

 何かを思い出したのか、表情を強ばらせて体をかき抱く神官。

「それはボクも否定しない。相争うのみに足らず、虐殺や強奪は日常だったはずだ。縄張りが近い人間にとって、それは大変な脅威であり、間違いなく敵だったろう」

「二人共、特にクレアさん。あんまり話をすっ飛ばさないでくださいよ。わたしにも段取りとかがあったんですから」

 姫の抗議。だが、クレアはどこ吹く風と、

「だが、もしもこの世界に穢れが流入せず、世界が清浄に保たれていたら?」

「それは正直ボクにも予想はできない。だけど、確実に言えるのは、元いた層ではボクらは普通に暮らしていた。無論、戦乱がないわけでもないし、犯罪や凶暴化した魔族が脅威になることもあったがな」

「まったく……でも、道筋は見えましたね」

 ため息と、しかしめげない台詞。姫は笑顔でのたまった。

「この世から穢れを排除する。それこそがわたしの計画です」

 だが、ミレーネは即座に首を振った。

「不可能でしょう。第一、一般に知らされない知識に対する技術を確立するなり対策を練るなりするのは不可能です。そのための人材が圧倒的に足りないのですから」

「いや、ふかのーじゃない。なぜなら、われがその方法をしって、いる」

 今までだんまりだったシオンが突然口を開き、そんなことを言い出す。ボクは続く言葉を待った。

 シオンは皆の顔を見回し、ゆっくりと立ち上がった。

「ねえ、ねるとこ、どこ? いいかげん、ねむい……」

 緊迫した雰囲気が台無しになった瞬間だった。




 台無しになったが、レティシアの思惑とシオンの言う方法とはなんだろうか。

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