おわって、はじまる
オレは若干以上に白けていた。勇者の実力以上に、その心のあり方にだ。
世間一般では彼は確かに正しいのかもしれない。だが、
「魔族と魔王は殺すもの、か……」
オレの挑発に奴は応じた。それが遣る瀬無かった。それはかつて人間と精霊が繰り広げた馬鹿げた争いの根本であった、異質な存在を排除しようとする心理。
一つ目への指示で勇者と他三人を隔離。最初に攻撃を仕掛けてきた少女は無力化済みであると判断して頭数には入れない。例え目を覚ましたとしても、親父かアニエスさんあたりが回収しているだろうからこれ以上の手出しは不可能だろう。
オレは隔離されて狼狽している勇者に視線を向ける。破砕の光の攻撃は途切れたと思ったらまたぶつけられるが、それは驚異ではなくただの障害だ。あまりにも一本調子すぎる。
“――世界に流れる風よ。凝りて彼の者を縛る鎖となれ”
一本調子故の硬直姿勢。だから、それをそのまま空気によって固める。本当に、つまらない。身動きの取れなくなった勇者は光の攻撃を連射するが、固定砲台となった今は受ける意味すら見つからない。
「クソ、待てっ!」
叫び、もがこうとする彼を放置し、オレは風を操って上空へと舞い上がる。
「さて、どいつから相手したほうがいいのかね……」
見下ろす地上には三人の姿がある。アクビを噛み殺す赤毛はあらゆる意味で問題外だ。今は相手したくない。となると、
「あっちだな」
杖を抱えた方に決め、角とマントの仮装を取り払ってその身を落とす。着地の瞬間にのみ力を使い、ほぼ無音で着地。風の余波で彼女の長衣が揺れた。
「ッ!」
驚きに目が見開かれ、次の瞬間にはきつい視線に取って代わる。錫杖と独特の長衣、そしてやや大きめのふんわりとした帽子は精霊ではない神を崇める者たちの女神官の身なりだ。
「お前は神官で間違いないか?」
「フォトニス教所属の者です。貴方は……」
ふと、その流麗な眉が歪む。視線はオレの頭部を見るが、目当てのモノを見つけられないのかさまよう。
「お探しのモンはこれかな?」
付け角を彼女のもとに放り投げる。
「これはどういうことですかっ? 貴方は人の身でありながら、魔族に力を貸しているとでも?」
「もしくは魔族であっても角がない場合か、だな。さて、どちらだと思う?」
オレが宿し子である証の背中の紋様はかなり小さく、背中側に回られない限り見ることはかなわないだろう。ゆえに彼女の表情は眉を寄せて考え込む。
「……貴方が魔族だとするとおかしいことがあります。ですが、魔の者に手を貸していないとは限らないのも確かなこと」
やがて、断固とした口調で彼女は語りだす。
「第一に魔族ならこのような会話は交わせないであろうということ。第二に、貴方の使う力には汚れたものを感じないこと。第三に……」
女神官はオレの目をまっすぐに見つめ、
「貴方の目には邪なものがない。少ない人生経験であっても、わたしは天性のものでそれを見抜く力を備えていると自負しています。だから、貴方は魔族ではない」
ですが、とさらに言葉を続ける。
「まぜ魔族と通じているのですか? それだけは動かぬ真実です」
指差す先にはユーニスがいて、いつのまにかフィアまで立っていた。あいつら、なにをやっているんだか。
だが、頭痛を感じるようなことはない。想定内で、しかも望んだ展開でもある。
「おいフィア、こっちに来い!」
「なんだ、藪から棒に。それに、ボクに命令すんじゃない!」
ぶつくさ言いながらも彼女たちはオレたちのいる方へと来た。
「で? 今からこの女神官となにをする気だ」
「交渉。もしくは懐柔。口説き落としてもいいな」
「冗談は程々にしてくださいね、クレアさん」
背後からとてつもない寒気が襲ってきた。振り向くまでもなく、そこにシアがいることは確実だった。
神官は表情を固くして急に現れた者たちを見回す。これが敵なら多勢に無勢。そう感じるのも無理はない。しかし、硬化しかけた空気を察してか、シアが真っ先に動いた。
「フォトニス教上級神官ミレーネさんですね? わたしはこの島の領主レティシア・カルティです。お見知りおきを」
その瞬間の彼女の驚きようは凄いものだった。カルティエ王国は教会に多額の出資を行ってもいるのだ。彼女の姓を聞いたのならば、その意味を察するだろう。
しかし、かしずこうとする彼女をやんわりと止め、
「ここは対等の話し合いを行う場です。貴方は魔王を倒しに来た勇者一行として。わたしは……」
シアはそこで一度言葉を切り、
「人類に最大の利益をもたらそうとする者として、です」
「大言壮語も程々にしておけよ」
「クレアさんは黙っておいてください」
わかったよ。オレは肩を竦め、一歩後ろへと下がりフィアと並ぶ。
「で、お前としてはこれからどうするつもりだったんだ?」
何か考えがあったのだろう? とそんな風な期待にも似たものを感じる目で見上げてくる。オレは首を横に振り、
「この状況に持ち込めば、後はシアが勝手にやるだろうと思ってたからな。オレの仕事は勇者の無力化と各人員の分断だ」
「……考えなしなのか、それとも信頼の証なのだか」
魔王は複雑そうな表情を浮かべ、しかしすぐに頭を振って表情をフラットに戻した。
「ミレーネさん」
「なんでしょうか?」
呼びかけに、ミレーネは硬い表情で問い返した。
「お茶でも飲みながら話しませんか?」
百面相でもしたいのだろうか。いや、そうさせているのはこちらなのだろうが、少し可哀想になってきた。こっちを交渉相手に見込んだことに少し罪悪感を覚える。
驚きや戸惑いを綯交ぜにした表情を浮かべていた神官だったが、やがてその首を縦に振った。ならば、お茶会を交渉のテーブルにすればいい、と早速移動を開始しようとするそこへ、
「あたしも混ぜなさいよコラッ!」
壁の向こうで火柱が立ち上り、そして上空から巨大な火球が落下してきた。それを受け流そうと足に力込めるよりも早く、フィアがその右手を掲げた。咲くように花弁を幾重にも重ねたような魔法陣が瞬時に展開し、落下してきた火球を飲み込んでいく。
「お前がやるよりも後始末が楽だろ?」
「確かにな」
オレの力は結局のところ、他所へその被害をずらしているに過ぎない。ならば、元凶そのものを断てる彼女の方が適任だったということだ。僅かな火の粉を魔王は手で握り込み、完全に火球の存在を抹消し終える。
「あら、飲み込んだのかしら?」
着地の音も騒々しく落下してきた女性は残念そうな表情を浮かべていた。
「セシリア、お前なぁ」
勇者側にいた旧知の宿し子の女性に文句を言ってやる。だが、彼女は頭にコツンと拳を当て、ぺろっと舌を出し、
「ごめんねぇ、少し試したくてうずうずしてたの」
少しも悪びれた様子がなかった。
「そういえば、さっきの火柱もお前か?」
「ええ、そうよ。楔を焼き切ろうと思ったら、威力を間違えちゃってね。ええ、言わなくてもいいわ。わざとよ、わざと」
この性悪女、絶対勇者を背中から刺す機会を伺っていたに違いない。だが、彼女にそこまで嫌われる彼もどうなのだろう。
フィアがユーニスに指示し、異界化を解くと壁や燃えた街並みが霧散していつもどおりの日差しあふれる港近辺の風景に戻っていく。そして、その中に転がる煤だらけの男の姿。着衣のほとんどが燃え落ち、辛うじて局部は隠されていたが、
「投獄」
シアの取り付く島もないような言葉で控えていた衛兵たちに連行されていった。背後からでその表情は見えなかったが、きっと誰もが凍りつくような完璧な笑みを浮かべていたことだろうことは想像に難くなかった。
さらにその向こうからは大きなつばのとんがり帽子をかぶった少女が片手で本を弄びながら歩んでくる。
「彼女もいいわよね、姫様?」
それは要請というよりは確認に近かったが、シアもすぐさま首肯で応じた。
「アニエス、準備は大丈夫かしら?」
「ええ、すでに整ってございますよ、レティシア様」
恭しく頭を下げるアニエスさん。
オレたちは勇者という肝心要を放置して、交渉という名のお茶会へと足を向けた。




