くろいまほうつかい
髪をばっさりと切ってから数日が経過した。シオンはボクの髪を触媒として、穢れを浄化するための何かを作るのに掛かり切りらしく、姿を見ない。訪ねて行っても、なぜかミレーネに門前払いされた。
そのミレーネ自身もまた、ボクと多くを語ろうとはせず、でもその表情は雄弁に彼女が困惑していることを語っていた。
わからなくもないけど、と思いもする。敵だったはずの存在が実は敵性存在の抑止に欠かせないと告げられたのだ。しかも、この魔王討伐を題目に掲げた遠征自体、名目以上の意味を持たないのだから、彼女の感情の行き場はどこにあるというのだろう。
それに、彼女の怒りや悲しみは、例え魔族が完全な悪でなかったとしても、過去に事実として起こった出来事に対してなのだから。
物思いに耽ると、思わず足がクレアの方に向かうのは依存しているということだろうか。口が悪く、性格もやや歪んでいるように思うが、なんだかんだで面倒見はいいし、最終的には何もかもを背負ってしまうような、そんな気がする。でも、そうなったところで、あいつはケロリとした表情で笑っていそうだ。
「これは期待、かな……?」
意識してクレアから遠ざかる方へ足を向ける。城の兵士が訓練を重ねる演習場へ。悩みを吹き飛ばすような気合の入った掛け声と木剣を打ち合わせる鋭くも鈍い独特の音がボクにとっては心地がいい。クレアに言わせれば、汗水たらして頑張るのは性に合わないから苦手だそうだ。
廊下を抜けて演習場にたどり着いたボクは異様な風景を目にした。
兵士十数名がじりじりと焦げ付くような集中力を持って囲み、対峙するのは涼しげな顔で周囲を睥睨する黒衣の男。濃い紫の髪に氷のような瞳。しかも、そのさらに周囲には木剣を持ったまま項垂れる十名近い兵士。
黒衣の男に隙はあるし、兵士たちもそこを巧みに捉えて果敢に挑むが、
「――っ!?」
なぜか兵士が宙を舞う。鎧をまとった姿が紙切れのように舞って、しかし確かな質量を備えた金属音と共に地面に激突する。そして、また一人項垂れた兵士が増えた。
兵士たちの緊張がさらに高まる。しかし、男はがふいに視線をボクに向け、
「待ち人が来た。今日はここまでだな」
そう告げるとろうそくの火を吹き消すように兵士たちの緊張が解かれる。彼らは挑まずとも消耗していたのか、数人に至ってはそのまま膝から崩れ落ちた。その様子を眺めた男は、
「まだまだ甘いな。次相手するまでにもっと精進しとくといい」
と声をかける。
「りょ、了解しました!」
と、兵士は精根尽き果てた体から声を絞り出して答える。
そうこうしている間に、呆然と立ちすくむボクの前へと男がやってくる。
「初めまして、魔王デルフィア。私はグランベル魔法街所属のカロンだ。以後、お見知りおきを」
差し出された手に戸惑うが、ぎこちないながらも何とか握手に応じることが出来た。
なんだろうか、この雰囲気は。クレアに似ているが、それよりももっと濃密で、そして、鋭くも優しい。
「クレアを知っているなら話は早いが、私も宿し子でね」
「あ……」
なるほど、この『濃さ』の要因の一つは精霊か。しかし、それでもわからない重みに似た何かは、いったい何に所以するものか。
疑問は積み重なるが、とりあえずこのカロンという男はボクを魔王と知って待っていた。だとしても、今さらボクを待つような人物などいるだろうか?
やや思考を放棄しそうになるが、それは踏みとどまって、考える。
が、わかったことと言えば、
「何の用だ?」
と直接聞く以外にないということだけだった。我ながら、頭の回転はからきしのようで悲しかった。
男も流石に面食らったのか、目を丸くしてから、
「これは済まなかった。色々と説明を省きすぎたな。ここに来たのには色々と理由がある。まとめて話したいから、シオンのところに案内してくれるとありがたい」
「わ、わかった」
自分の馬鹿さ加減が恥ずかしかったが、とりあえず、行き先は与えられた。なら、考える前に動くのがよさそうだ。どうせ、考えてもいい答えなんか出なさそうだし……
諦念を胸に抱きつつ、まともに顔を見れないことを誤魔化すためにさっさと背を向けて歩き出す。
自分に対する落胆をため息に代えないようにしながら、ボクはシオン、そしてミレーネのいる部屋へとカロンを伴って歩を進めた。




