↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ざわつく隊士の手控帳~うちの沖田さんから目が離せない~  作者: 藤宮彩貴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/14

第9話 沖田さんがいない日(後編)

 八木家。

 盥を持つ手が震えている。本日のどきどきが最高潮に達していた。


 できあがった葛餅の皿は、井戸水を張った盥に浮かべてある。少しでも冷やして食べて欲しい。


 いるよな、部屋に。いや、寝ているってこともありうる。夕稽古が迫っているので、再訪はできない。頼みます沖田さん、起きていてください。


 暑いせいか、沖田さんの部屋の襖は開いていた。廊下から部屋の様子が窺える。


「……うげ」


 窺えたのはよかったが、土方副長がいた。そりゃ、沖田さんの部屋は四人部屋なのでこういう誰かいることもある。だが、まったく考えていなかった。


 副長は難しい顔をして机に向かい、書類に目を落としていた。

 ……恰好いいなあ。こういうおとなの男になりたい。


 息を詰めてもう一歩進む。


 誰かの蒲団が敷いてある。沖田さんの?


 わあ、沖田さん寝ているし! 浴衣を着ているんだろうか、薄着だ。蒲団の代わりに誰かの羽織をかけている。まあ、状況からいって、副長のものだろう。


 か、かわいい……ねがお……子どもみたいだ。


 寝ている沖田さんと一緒にいて、副長の心身はだいじょうぶなのか? いろいろもやもやしないのか? おれなんて、全身がざわついているのに。


 早く渡さないと、おれの手熱でせっかくの葛餅がぬるくなってしまう。どうする?

 副長に預けるという手がある。

 と、そこまで考え及んだとき、副長が動いた。


 まっすぐ、沖田さんに近寄った。


 とても愛おしそうなやさしいまなざしで、見つめている。やわらかい笑顔だ。

 そっと、沖田さんの髪を撫でる。長い後ろ髪に指を絡め、手繰り寄せる。


「……ふさ」


 副長は沖田さんの耳もとで、そうささやいた。


 ふ、さ?


 いったん、おれは廊下の陰に隠れた。


 ふさ、ってなんだ? 沖田さん、だろう? 沖田さんの寝顔を見て、副長は誰かを思い出しているのだろうか。隊士には見せない顔で。


 どきどきするあまり、盥の皿がかたかた鳴った。


「誰かいるのか」


 うわ、いつもの鋭い副長の声!

 逃げられず、姿を見せることにした。


「すみません、おれです」


 おれを見た副長は、いつもの険しい表情を浮かべている。


「なんだ、帳面か。何の用だ」

「あ、あの。お、沖田さんにお見舞いを! お休みされているご様子なので、これを渡してください」

「こいつに?」


 沖田さんの寝顔を隠すように、副長はおれのほうへ近づいてきた。見せたくない、のだろう。あんなかわいいんだ、発狂する隊士が出てもおかしくない。


「そんな大仰なもんじゃねえよ。総司は、単なる疲労だ。寝れば治る」

「でも、ぜひ食べて欲しくて。おれが作りました」


 食い下がると、副長は盥を受け取ってくれた。


「分かった。もう行け、夕稽古がはじまる刻限だ」

「は、はい。ありがとうございます」


 振り返らずに、おれは廊下を急いだ。葛餅を渡し終えたのに、どきどきが止まらない。

 土方副長がおれの後ろ姿を睨みつけていたことを、幸いおれは知らなかった。



 夕稽古。

 身に入らなかった。


 夕餉。

 箸が進まなかった。


 何度も思い出してしまう、副長のやさしい顔。沖田さんを見つめる目。髪に触れる手。


 あれは、なんなんだ?


 副長は沖田さんの保護者なのだと思っていた。しかし、あれは……どういう意味?

 しかも、『ふさ』ってなんだ。


 帳面を開く。



『本日、沖田さんが病欠。

 よくあることらしいが、心配なのでお見舞いに行く。

 自作の葛餅を届けた』


 ここまではすらすらと書けたが、筆が止まってしまった。


『土方副長が』


 どうにか書く。しかし続きが書けない。

 なんだったんだ、隊士には決して向けない、あのほほ笑み。

 沖田さんを通して、誰かを思い出しているのだろうか。


『土方副長が』の文字を塗り潰し、書き直す。


『とにかく、見てはいけないものを見た。

 こういうときは、早く寝るに限る。

 以上』


 ***


 数日後、朝稽古。


「おはようございます、みなさん!」


 明るい声が返ってきた。沖田さんだ! 

 やつれたところはない。任務を休んだせいか、肌が白いような気がするが、やっぱりうつくしい。


 ひととおりあいさつをして回った沖田さんは、素振りしているおれの近くに来た。


「帳面さん、おはようございます。休んでしまって、すみませんでした」


 きらきらと輝くような笑顔に、おれは震えた。


「い、いいえ。隊は、斎藤先生がまとめてくださったので……おれはさみしかったですけど……」


 つい、本音が漏れた。沖田さんはものすごく喜んだ。


「え……さみしかったんですか、帳面さん! 私がいなくて、さみしかったって言ってくださるんですか! 嬉しいですね」


 がばり。

 沖田さんが、竹刀を握るおれに抱きついてきた。あったかいし、いい香りがする。


 ぎゅってされている。やわらかい。た、倒れそう。寝不足が続いているおれは本気でそう感じた。


「このバカ、総司」

「いてて……」


 出た、保護者。土方副長が沖田さんの耳を引っ張った。


「あまりに嬉しくて、つい。ごめんなさい、帳面さん」

「いやいや、気にしていませんよ」


 心にもないことを口に乗せる、おれ。


 副長がいる。副長の顔をした副長が(当然だ)。おれは副長を目の前にして、混乱した。


 せっかく、数日ぶりに沖田さんと話をしているというのに、副長が気になって仕方ない。

 これじゃあ、まるで副長に恋しているみたいだ。違うのに!


「お見舞いに来てくださったそうですね。土方さんから聞きました。葛餅、とってもおいしかったです。帳面さんのお手製だとか」

「は、くずもち……?」


 ここ数日、副長のことばかりを考えていたから葛餅のことを忘れていた。沖田さんの髪をやさしく撫でていた副長……ああ、また思い出してしまった。


「つるんってしていて、梅あんが最高でした」

「恐れ……入ります」

「今日から稽古に巡察に、また一緒にしましょうね」

「よろしく……お願いします」


 もう、背中や脇が冷や汗でびっしょりだった。沖田さんは副長と慣らし稽古をはじめた。いきなり飛ばして稽古しないよう、見張るつもりのようだ。どこまで保護者なの。

 と、考えつつも、おれは副長が保護者だけでないことを知ってしまった。



『本日、沖田さんが復活。

 葛餅のお礼を言われて抱きつかれた。

 倒れそうになる。

 しかし、沖田さんにとって土方副長は、なんなんだろうか。

 分からない。

 以上』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。