第8話 沖田さんがいない日(前編)
おれは、京の町を巡察している。
揃いのハチマキをたなびかせ、肩で風を切る……つもりだったが、心はしぼんでいた。
本日、沖田隊は斎藤隊と合同で巡察。
先頭を歩くのは斎藤先生。世にも珍しい、左利きの剣士。鋭く静かな眼差しで、京の町を守る。
斎藤先生は、寡黙で黒髪が格好いい。静かで、早い剣を持っている。
だが、おれは沖田さんの隊士。沖田さんと巡察したかった!
なぜこんなことになったかというと、うちの沖田さんがお休みなのだ!
朝稽古のとき、斎藤先生が通告した。
「数日、総司は病欠する。その間、沖田隊はオレが担う」
正直、『え』って言いそうになった。あの、元気いっぱいな沖田さんが、病? 胸がざわついた。甘味を食べ過ぎて、おなかを壊したんだろうか。
「あの、病ってどういう」
図々しくも、斎藤先生に問うてしまった。
「いつものやつだな」
「ああ、まただ」
「心配しなくてもいい」
「すぐに出てくるだろ」
「沖田さんはそういうときがあるんだ」
沖田隊の先輩隊士は、いっせいに喋った。あまり心配していない様子。
「でも、病って」
ぐずぐず食い下がろうとする俺を、隊長補佐の榊原さんが制する。
「帳面、お前は心配しすぎだ。いつも、沖田さんは無茶ばっかりするから、まとめて休むときがあるんだ。もし、沖田さんがほんとうに深刻な病だったら、屯所に激震が走るだろう。そんな雰囲気を今日、感じたか?」
「い、いいえ……朝稽古では永倉先生が隊士を複数なぎ倒し、原田先生は二日酔いでへろへろで、藤堂先生はまた女の子に振られたって泣いていました」
「分かるな。それが答えだ」
榊原さんに一喝されてしまった。
「ほら。沖田さんと仲のいい斎藤先生も、変わりねえし」
熊吉さんは、がっちりとおれの肩を組んだ。
いや、あの人はいつも無表情で落ち着いているから。
「分かります。沖田さんのいない、沖田隊なんて……ぐすん」
秋津さんは目を潤ませている。さすが、沖田さんの信者。
そこまで言ってないし。分かるけど。
「ちなみに、ほぼ毎月ですよ。おそらく、甘味の食べ過ぎでしょう」
徳井さんは目の奥を光らせた。自信があるらしい。
おれと同じ推測。沖田さん、どんだけ甘味好きなの。
「心配なら、見舞いでも行けよ。帳面」
喜助さんが、珍しく普通のことを言った。見直した。
……お見舞い。行きたい。
「行きたいです」
「行ってこい。ただし、相手は病人。襲うなよ。まあ、沖田さんなら弱っていても帳面より断然強いだろうが」
やっぱり、いつもの喜助さんだった。
お見舞いに行くなら、なにか差し入れをするべきだろうか。
巡察中だが、合間を縫って店を覗く。
元気が出そうなものがいい。食べものか。そうしたら、沖田さんの好物しかない。
お菓子だ。
笑顔になれる、見た目のいいお菓子。
しかし、今すぐは食べられないかもしれないので日持ちがして、体にやさしいもの。
大福やまんじゅうは不可。煎餅など硬いものも却下。
金平糖がいいが、高価すぎて手が出せない。沖田隊一同で金を出し合っても厳しいだろう。
五色豆などはどうだろう。色がいい。しかし売っていない。
お菓子屋の軒先でうんうん唸って長考していると、斎藤先生に叱られた。
「店の営業の邪魔だ」
なにも買えないまま、屯所に戻ってきてしまった。
しばらく休憩だが、夕餉の前に稽古がある。それまでに、お見舞いをしたい。
しかし、持って行くものが用意できていない。
なんかこう、気のきくもの。沖田さんが喜びそうなもの。
気が狂ったように、自分の帳面をめくった。なにか、助けになる書き残しはないか。記録……記録……帳面よ。お前だけが頼りだ。
「あった……」
おれは約束していた。わらび餅を一緒に食べたとき、沖田さんにお菓子を作る、と。今こそ、そのときではないのか。おれができることといえば、お菓子作りだ。
屯所の台所に向かって走る。ここに、お菓子を作れる材料はあるのか。
「お。帳面、昼餉なら広間に行けよ」
炊事当番の隊士が声をかけてくれたが。
「いいえ、食事はいりません」
「食わねえのか」
真っ先に、砂糖があるかどうか調べる。
……やっぱり、ない。
高価で貴重な砂糖。男くさい屯所では見たことがなかった。
代わりになりそうなものを探す。せめて、はちみつや黒糖があったらいいのに、それもない。
「水あめだ」
かろうじて、水あめがあった。
鍋や木べらなどはある。皿も。
使えそうな道具たちを盥の中に集める。
ほんとうは、こしあんのわらび餅がいい。しかし、餡を炊いている時間はない。
……どうする?
「すみません、このあと少しだけ台所を使わせてください!」
おれは走った。必要なものを買いに。
ほんの少しでいい、沖田さんが食べる分だけ作れたらいい。
それに、あまりお金がない。はじめての給金が入るのはまだ先。
乾物屋に足を向けようとしたが、やめた。量はひとりぶん。少しでいいのだ。屯所の近くで巡察の帰りに、沖田さんがよく立ち寄るお菓子屋ののれんをくぐった。
「すみません」
「おこしやす。ああ、隊士はんか。沖田はんとこの」
店頭にいた奥さんには、すでに顔を覚えられている。恥ずかしいが、今は好都合。
「あの。お見舞い用に、葛粉を分けて欲しいんです。図々しいって分かっていますが」
「どなたか、具合悪いんか」
「沖田さんが、ちょっと……」
「ほんまかいな。あの元気な沖田はんが」
「ですので、葛粉で」
お菓子を自分で作る、とは言いづらかった。『だったら、うちの葛菓子を買えばいいのに』と思われそうで。
「病人には、葛湯がええな。お前さーん、葛粉を持ってきて」
どれぐらい要るか聞かれたので、握りこぶしを見せた。
「これぐらいの量があればじゅうぶんです」
「どないした、どないした」
店主も顔を出し、沖田さんの話でもちきりになった。おれが欲しい量よりも多めに、葛粉を紙に包んでくれる。
「ありがとうございます。お代は……」
「いつも沖田はんには贔屓にしてもろてるし、お代はええよ」
「そういうわけには」
「ええって。治ったら、また寄っておくれやす。おふたりで」
おれは頭を下げた。
「……すみません。助かります」
「早く治るとええな。お大事に」
もう一度、会釈するとお菓子屋夫婦は笑って見送ってくれた。
よかった。葛粉が手に入った。
紙包みをそっと懐にしまう。これで菓子が作れる。
店頭に並んでいる葛餅にも惹かれたが、今日は自分で作ると決めた。
今日中に食べてもらえるだろうか。不安でいっぱいだ。
それ以前に、気に入ってもらえなかったらどうしよう。
だが、迷っている暇はない。
台所に戻ると、誰もいなかった。助かった。
おれは着物にたすきがけをし、手を洗う。
目をつけていたのは梅干しだ。これでこしあんの代わりに、梅あんを作る。
沖田さんはこしあん派。皮と種を取り除き、水あめを加えて丁寧に練って丸めておく。
葛を水に溶かす。粉が残らないよう、丁寧に。
そして、水溶き葛を熱い鍋に。白く濁った葛が透き通ったら完成だが、木べらでしっかり混ぜ続けなけばならない。根気が要る。
……火のそばなので熱い。汗が止まらない。
澄んだ葛で梅あんをそっと包む。井戸水で冷やしながら、手早く。
「できた……!」
葛餅は五個、作れた。あとは固まるまで井戸水を張った盥の中で冷やせばいい。
屯所の井戸水が思ったよりも冷たくて助かった。うちわで扇ぐ。
梅あんというのはただの思いつきだったが、考えていたよりもきれいにできた。
沖田さん、喜んでくれるだろうか。
何回か、井戸水を取り替えながらおれは待った。
包み方までは、決めていなかった。
いちばん涼しそうな皿に、完成した四つを盛りつけた。
残りのひとつは、試食用としておれが食す。妙なものを沖田さんに渡せない。
「いただきまー……」
美味い。美味い! 自分で作った菓子が美味いと思ったのは、はじめてだ。
元・梅干しの梅あんがしょっぱいのではと思ったが、桜餅の葉のような役目を果たしている。葛もつるりとしていて、美味い。
すでに、台所の片付けも終わっている。行こう、沖田さんの部屋へ!




