第6話 帳面さん、恋文を預かってしまった(前編)
「お前、沖田先生のとこの新入りだよな」
今夜は月が明るい。帳面日和だ。隊士は浮かれて呑みに行った者も多い。屯所内が人少なゆえ、たくさん書けると思っていたのに。
廊下で、永倉隊の隊士数人に呼び止められた。
「は、はい」
新選組では、年齢や経験よりも入隊したのがいつかが重要。新入りのおれはもっとも下っ端である。つまり、先輩の言うことは絶対。
先輩隊士は三人いた。取り囲まれ、壁際に追い込まれる。ぐぐぐいっと、圧。
「入隊早々、やけに沖田さんと仲がいいようで。『帳面』とかいうあだ名までもらったんだろ」
「なあ、どうやって取り入ったんだ。剣術ができるわけでもねえし、顔がいいわけでもねえ」
「稽古のときにまで、ちまちま書き込みしているの、目立つんだよ。『おれ、頑張ってます』って。点数稼ぎか」
分かりやすい嫉妬である。これは、沖田隊の隊士の宿命だ。沖田さんと近い位置にいるだけで、やっかみを受ける。
こういうときは笑って躱すに限る。むきに反対してはいけない。
「できないおれの面倒を、見ていただいているだけです。沖田さんには、ご迷惑をおかけしてばかりで申し訳ないです」
頬に笑みを張りつけ、ひたすら頭を下げる。おれは商人の出身。こういうことは慣れている。三人とも豆大福と思えばなんてことない。
「新選組の隊士のくせに情けないやつだ」
「どうせ、帳面で金勘定しかできねえんだろ」
「甘味好きの沖田さんに貢いでんのか」
あっはっは、と三人がおれを笑い者にした。まあ、いい。沖田さんが笑われるより、ずっとましだ。
「しかし、今日はそんなお前に頼みがある」
真ん中の隊士が、ずいっと一歩前に出た。頬に息がかかる。
「沖田さんに、この文を渡せ」
ほとんど同時に、三人は手紙を突きつけてきた。
ただの文ではない。結び文、あるいは結び状という形をしている。
どう見ても恋文だった。
青、黄、桃……三人ともうつくしい色をした紙を使ってあり、折り結んである。
「返事をもらって来い」
預かりたくない。手が伸びない。受け取りたくない。どうしておれが沖田さん宛ての恋文を?
「お、お、おことばを返すようですが、直接お渡ししたほうが、きっと沖田さんは喜びますよ」
両手を後ろで組んだまま、おれは抵抗した。
「それができねえから、お前に言ってんだ」
人にものを頼むなら、もうちょっといい態度ってあるだろうに。
おれは心の中で嘆息した。受けるしかないのか。いやだなあ。せっかく、帳面をまとめようと思って明るい気分だったのに。
「おい、そこ。なにやってんだ」
廊下の奥から低い声が響いた。おお、これは土方副長のものだ。
隊士は全員、副長を怖れている。いつも厳しく、冷たい。とはいえ、沖田さんにだけは溶けそうなほど甘くてやさしいんだけど。
「げ、やば。ふくちょう……!」
「行こう」
ふたりの隊士は副長の登場で逃げ腰になった。
「そいつは新入りだ。粗相でもしたのか」
「い、いいえ。なにも」
「失礼します」
しかし、ひとりはおれの袖の中に結び文を突っ込んだ。青い紙の恋文だ。
「頼んだ。こいつらと違って、俺は本気だ。返事を待っている」
「え、困ります。おれ……」
袖をもぞもぞしているうちに、三人は去ってしまった。
残されたのは、土方副長とおれ。廊下がとんでもなく長く感じる。
「あいつらに、なにかされたか」
心配してくれていることは伝わってくる。しかし、副長に恋文の件を密告するのもどうなのか。青い恋文の主は本気だと言っていた。恋文の入っているほうの袖を背中に回して隠す。どうしてこんなことをしなきゃいけないのか、と思いつつ。
「いいえ。なにも。沖田さんの隊にいる隊士は、それだけで妬まれやすいと聞いていますので」
「いい心構えじゃねえか、帳面」
「恐れ入ります」
全身、冷や汗でぐっしょり濡れてしまった。
「俺はお前を入隊させるのに反対だったが、総司の意見も聞いてよかったかもな。精進しろ」
「はいっ!」
おれは土方副長の姿が消えるまで、じっと見守った。……はあ、どうしよう。
部屋に戻った。
おれは六人部屋だ。沖田隊で一室があてがわれている。新選組幹部の沖田さんはもちろん別の部屋だが。
やはり、みんな出かけているようで誰もいない。
「せっかくの帳面日和が」
ぶつぶつ文句を垂れながら、全員分の蒲団を敷く。六組敷いてしまうと、ほとんど歩ける余地もない。
自分の蒲団の上に机を引っ張ってくる。そして帳面を取り出そうとしたが、やっぱり恋文が気になってしまう。
袖から取り出す。
なくなっていればいいのにと願ったが、文はしっかり袖の底にあった。文の表には小さく『総司様』、裏には『高瀬清十郎』とある。
「あの先輩隊士は、高瀬さんというのか」
顔は見たことがあった。背が高くて剣術が上手い。見た目も良い。
「並んだらお似合いかも」
いやいや、想像しようとして、やめる。
しかしまあ、沖田さんに文……しかも恋文なんて、よく書けるなあと感心してしまう。書いて、しかも渡す勇気なんか、おれにはまるでない。
「いや! おれは、沖田さんに恋文なんて書かないし!」
憧れている。尊敬もしている。だけど恋なんて。そもそも、沖田さんには土方副長や近藤局長、斎藤先生もいる。沖田さんは人気がある。おれなんか、沖田さんにとっては配下のひとりに過ぎない。
高瀬さん、京の町娘にモテそうなのに沖田さんが本命なのかと考えると、もやもやしてくる。好きになったら仕方ないけど、男どうしだよ?
蒲団の上で胡坐をかいたまま、首を左右に振る。
できれば、渡したい。でも、渡したくない。
沖田さんがどんな反応をするのか、考えると頭が混乱しそうだ。
嬉しそうにしたら、悲しい。困ったような顔をしたら、苦しい。
恋文のことを考えると、帳面に手が伸びない。どうしたらいいんだ。無心になってほんの一瞬、さっと渡せばいいだけなのに。
ああ、この文のせいで沖田さんと高瀬さんが付き合いはじめたらどうしよう。副長に預けるべきだっただろうか。副長ならもみ消してくれたはずだ。
「でも、この文をどんな気持ちで書いたのか思うと……できない」
この恋文を、軽々しい気持ちで消してはならない。




