第5話 「沖田さん、手加減してください」
昼稽古。市中巡察や特に用事のない隊士は、稽古に加わることになっている。
この稽古は長く、きつい。途中でおなかも空いてくる。
ここで頑張り過ぎてはいけない。夕稽古や場合によっては夜稽古も待っているので、注意が肝心。
しかし、沖田さんを見ているとそんな些細なことは忘れそうになる。
「行きますよ! 構えてくださいっ」
いつでも全力の沖田さん。手加減と言うものを知らない。
容赦ないのは嬉しいが、おれは剣術初心者。なのに、真っ向からほかの隊士に対する速さで竹刀を振り下ろしてくる。
「木刀でないだけ、ましだ。諦めろ帳面」
肩を、ぽんとたたかれた。これは、うちの隊長補佐を務めている榊原さん。暴走する沖田さんを止める係だ。
「いやー、腕が鳴るぜ! 沖田さんは、今日もいい太刀筋だ」
稽古大好き隊士の熊吉さんは、早く沖田さんに打たれたいらしく、肩をいからせて順番を待っている。
「沖田さんは、今日もかわいい……同じ空気を吸っていると思うだけで、はあはあ」
これは沖田さんを崇拝する秋津さん。それ、ちょっと分かるけれど、なかなか変態発言。でも、おれと気が合う。
「次のお給金が入るまで、あと十日。ちなみに、沖田さんのお財布はすでにすっからかん。おごったり、たかられたりしないよう、気をつけてください。癖になりますので」
いつでも落ち着いている沖田隊のお財布係、徳井さん。隊のお金を甘味につぎ込もうとする沖田さんと、日々戦いを繰り広げている。なお、沖田さんが全敗記録を更新中だそうだ。
「お前ら、沖田さんを見る目がいやらしいぞ! おい帳面、なにさかってんだ!」
とんでもないことを大声で叫ぶ喜助さん。困った先輩隊士だが、沖田隊の雰囲気を明るくしてくれているのは確か。
基本、同じ隊の中で竹刀を打ち合ったりするので、六人になった沖田隊は稽古しやすくなったらしい。しかし、おれが初心者ゆえ、自然と沖田さんがおれの面倒を見てくれる。
「帳面さん、竹刀の握り方がちょっと違いますね。腕、いいですか」
さっと、沖田さんはおれの背後に回り込んだ。腕をつかまれる。え……後ろから抱き締められているような姿勢なんですけど!
「ちょっと沖田さん、近いですって」
おれは悲鳴を上げた。
「こうしないと教えられません。最初におかしな構えを覚えると、直しづらくなります。くっつくと暑くていやでしょうが、少し我慢してください」
「あ、暑い? いいえ、そうではなくて……」
なんで分かってくれないのか。暑いからじゃないのに! 理性が飛びそうで限界なのに!
全身が心臓みたいにばくばく言っている。
お、沖田さん、いいにおいだし、やわらかいし、腕が白くて細いし、こんなにかわいい男子って、いるの?
「こうです。こう持って、こう」
しかし、説明は下手だ。
先輩たちが、焦るおれをにやにやと眺めている。だ、誰か……助けて……。
密着して指導されている隊士なんて、いないよ! 沖田さんの教え方は独特すぎる。
ああ、でもよく見ると、袖から覗いている沖田さんの腕や手のひらにはたくさんの傷がある。たくさん鍛えて、戦ってきたんだな。おれの胸がちくりと痛んだ。
「総司、帳面に打ち合いはまだ早い。素振りからやらせろ」
神があらわれた。おお、斎藤先生、神よ! 神は、おれから沖田さんを引き剥がしてくださった。
はあ、ようやくほっとできる。悶絶死するかと思った。
「実戦の中でつかんでほしいかなって、思ったんですけど」
自分の教え方を否定されたせいか、不満そうに、沖田さんは拗ねている。
「お前はなんでもできるからそう思うんだ。帳面は普通だ。基本からしっかり積み上げるべきだ。帳面、教えられた通りに竹刀を振れ。まずは、毎日五百回。千回と言いたいが、放り投げられても困るからな」
耳を疑った。ご、ごひゃく……?
誰も意見しない。素振り五百回、新選組ではどうやら普通らしい。
この日、おれは庭の隅で、ひたすら素振りをした。
地味に地道に五百回。
全身、汗なのか冷や汗なのかも判然としないものに包まれたが、どうにか達成したので、おれは沖田さんに報告しようとした。
稽古場ではさらに激しい鍛錬が行われていた。げ、まだ続いている……。
沖田さんは自分の配下五人をいっぺんに相手している。多方向から打ち込まれ、さすがに辛そう。
ああ、劣勢で必死そうな沖田さんも、か、かわいい。歯を食いしばって耐える沖田さん、かわいい!
と、思ったけれどそれは甘かった。
「みなさん。いい太刀筋ですが、そろそろ行きますよー。榊原さん、脇が甘いです。熊吉さん、息が荒いです。秋津さん、腰が引けてます。徳井さん、もっと踏み込んでください。喜助さん、最後まで振り下ろして」
連続で面、籠手、胴など五人の急所を容赦なく打った。素早く、流れるように。沖田さんに弱点はないのか?
「命はひとつしかありませんよ! ここが戦場なら、今、あなたたちはみんな討ち死しています。もっとこうして、ああして、そこで……」
指導の途中まではよかったのに、沖田さんはいつもの沖田さんに戻ってしまった。身振り手振りを加えて懸命に語っているが、隊士たちは苦笑。
「それじゃあ、なにがなんだか分からねえだろうが。この、バカ」
嘆息した土方副長が、沖田さんの耳をぎゅうっとつかんでひっぱった。
「な、なんですか。私は……」
「五人いっぺんに指導するな。お前にはできるが、こいつらがついていけねえ。教わる側の気持ちを考えろ」
そう言いながら、土方副長は沖田隊の五人に細かく指導する。
例えば、榊原さんに対しては、右腕が上がり気味なので竹刀が浮いている、腕を引いて脇を締めるというよりも、肩を後ろに引いて胸を張れ、と助言した。五人全員がなるほど、と頷いた。
土方副長の言う通りの姿勢を取ると、背筋が伸びて竹刀がぶれなくなった。おれも同感した。
首を傾げた沖田さんは、頭を掻いてその様子を眺めていた。
天才の気持ちは、天才にしか分からないんだろう。
おれは、ちょっとだけ、沖田さんの孤独に触れたような気がした。
が。
「おーい、そろそろ昼餉にしよう。できたぞー」
再び、神降臨。井上先生の声で、庭の雰囲気が一気に変わった。おれもおなかが空いていた。
広間に、続々と膳が運ばれはじめている。隊士がざわついた。
「じゃあ、稽古は終わりだ。各自、片づけて順番に食事にしろ」
その土方副長の声に、一同が沸いた。
もちろん、沖田さんもほっとしたような顔をして防具を集める。
一瞬だけ憂いを帯びた目をしたのは、気のせいだろうか。すっかり、いつもの明るい笑顔だった。
『本日はみっちり稽古の日。
密着指導が心臓に悪かった。
今後、毎日素振りを五百回することになってしまった。
しんどくて腕が上がらない。筆を握るのもやっとだ。字が震えている。
沖田さんは強く、うつくしい。
しかし、天才とは孤独である。
以上』




