第4話 はじめての巡察
本日、晴天。
体調、万全。
これから、沖田隊の一員として市中巡察に出る。
現在、沖田さんの隊には五人が属している。おれが入って六人になった。
「みなさん揃いましたね! 張り切って行きましょう。今日から帳面さんが巡察に加わりますので、いろいろ教えてあげてください」
前川邸の庭に、沖田さんの元気な声が響く。沖田隊ではないのに、見物に来る隊士もいる。ああ、沖田さんに憧れているんだな。分かる。分かるぞ。
揃いのだんだら羽織を着ているのはふたりだけ。いいなあ、あさぎ色。羨ましくて、思わずじっと見てしまった。やめろ、おれ。もの欲しそうに見るな!
「屯所を出る前に、配りたいものがあります。はい、みなさんへ」
そう言いながら。沖田さんは隊士ひとりずつになにかを渡した。おれの前にも来てくれる。
「私のお給金で揃いの羽織は無理ですが、これで我慢してください。昨夜、縫いました」
差し出されたのは、あさぎ色のハチマキだった。お、おお……! お手製?
「ありがとうございます……!」
平気な顔をしているけれど、沖田さんは忙しい。なのに、これを隊の人数分、作ってくれた。感激で胸が熱くなる。ぎゅっと唇を引き結び、ハチマキを頭に巻いた。
おお、新選組の隊士感……! これだ!
沖田隊の先輩たちも誇らしげに見渡している。ハチマキ姿、いい! きりっとした、一体感!
「あれ、沖田さんは」
肝心の沖田さんにはハチマキがなかった。
「あ。ええと、その。作りたかったんですが、途中で寝落ちして間に合いませんでした。次の! 次の巡察までには仕上げます」
巡察するのは、祇園周辺。
実家の近くなので、知り合いに会いそうでイヤな予感もするが、おれは新選組の隊士!
異常はないか、ぎろりと目を光らせながら歩く。あやしい気配はないか、不逞の輩はいないか。腰に差した刀が重い。
「帳面さん、顔が怖いですよ」
……へ?
沖田さんはおれに突っ込みを入れた。
「そんな顔をしていたら、町のみなさんが驚いてしまいます。帳面さんはいつもの帳面顔をしていてください」
先輩たちも、おれに冷ややかな視線を投げてきた。
そんなに浮いていたのか、おれ。いや、『帳面顔』ってなんだ?
その後も手慣れた感じで、沖田さんは町の人たちに聞き込みをする。沖田さんはどこに行っても人気者で(当然だ)、大歓迎される。歩くたびにおみやげをもらってしまう。両手に花ならぬ、両手におみやげ。
中には、本気で沖田さんを好いていそうな町娘もいて、うるうるとした目で見つめられていた。そんなときでも沖田さんは姿勢を崩さず、笑顔。
「おみやげは嬉しいですが、すぐに食べられないので残念ですね」
さすがに任務中。新選組隊士たる者、だんだら羽織を着たまま、町で食べ歩くなどあってはならない。しかし、おみやげのみたらしだんごの、いいにおいが鼻をくすぐる。沖田さんはおだんごの袋をかかえたまま、耐えている。
「ああっ、悩ましい。私は新選組隊士。ただのおだんご好きではない……!」
と言いつつ、袋の中に顔を突っ込んで甘辛くて香ばしいおだんごのにおいを味わっている。
……それ、あやしいから。食べたいなら、食べたほうがましです。
その後も聞き込みを続けたが、沖田さんは困っている人がいたら飛んでいく。
「荷物、持ちましょうか」
「道案内しますよ」
「明日は雨が降りそうですね」
などと、声をかけまくる。最初は『なんなんだ、このだんだら羽織』と警戒していた人たちも、沖田さんの笑顔に溶かされてゆく。
正直、祇園界隈は京生まれのおれが詳しいはずだが、沖田さんの背中を追うだけ。
しかし、陽が傾きかけたころ。沖田さんは見つけてしまった。
「あ。まだ『限定』が、ある!」
吸い寄せられた先は老舗のお菓子屋さん。並んでいたのは、わらび餅。
「ご存じですか? ここのわらび餅って、すぐに売り切れるんですよ。一回だけ食べたことがあるんですけど、むにむにのぷるぷるでした」
店の人に聞くと、予約で取り置いていた分が取り消しになったらしい。四つ、残っている。
しかし、沖田さんの腕や配下の隊士たちはすでにおみやげをたくさん抱えている。これ以上お菓子が増えたら、副長に怒鳴られそうだ。
切なそうに、わらび餅を見つめている。ああ、睫毛が長い。
「いいえ。買いましょう。お代はおれが払います」
さっと、ずずずいっと沖田さんの前に出て、懐から財布を取り出した。
「え、そんなのだめですよ! 帳面さん」
「沖田さんが小銭を持っていないこと、知っていますよ。いつも月初につぎ込んでしまうから、後半は火の車だって」
「どうしてそれを」
顔を真っ赤にした沖田さん、かわいい過ぎる。おれ、悶絶死しそう。
しかし、わらび餅の誘惑に勝てなかったようで、恥ずかしそうにささやいた――おれの耳もとで。
「では、ひとつだけお願いします。あとで、一緒に食べましょう」
やわらかな重みがおれの肩にかかった。沖田さんのいい香り。卒倒するかと思った。
町は、平穏だった。
巡察(おみやげ付き)は無事に終わった。
夕餉前の稽古まで休憩になった。おれは緊張の糸が切れ、広間で寝転がった。
体力的にはそうでもなかったが、心が限界だった。自分が知っている京の町とは別もののように輝いていた。古くさくて、伝統ばかりを重きをおいて、じめじめした陰気くさい町が沖田さんと歩くだけで明るかった。
しかしまあ、先輩たち。沖田さんに振り回されながらも、よく保っている。尊敬に値する。
目を閉じて巡察のことをしみじみ振り返っていると、いい香りが再び漂った。
急いで起き上がると、沖田さんの顔が間近にあった。
「ひえええ! す、すみませんすみません……!」
「もしかして、起こしちゃいました? こちらこそ悪かったですね」
「いいえ、もう起きようと思っていたところですので、お構いなく」
ほんとうに沖田さん言動は心臓に響く。
「わらび餅、食べようと思って」
帰ってきてから井戸水で少し冷やしたらしい。
お皿にのっかった、ひとつのわらび餅。きっと、五口ぐらいでなくなってしまうだろう大きさをしている。
「どうぞ、沖田さん」
「はい。では、いただきます」
おれが促すと、沖田さんは嬉しそうに返事をしてひとくち、頬張った。
「おいしいです。おいしい……!」
その笑顔が見られただけで、おれは大満足ですよ――そんなふうに伝えたら変態だろうか。
「次は帳面さんです。はい、お口を開けて、あーんしてください」
「え」
「ほら、冷たいうちに」
「え、でも……」
ぐいぐいと迫る沖田さん。いや、これ、土方副長や斎藤先生に知られたら切腹ものではないのか。思考がぐるぐる回るが、おれは沖田さんに勝てない。
「あ、あーん」
生まれてきて、いちばん美味だと感じた。体じゅうが喜んでいる。わらび餅、美味い。今日食べたこの味を、おれは一生忘れないだろう。
「次は私です」
結局、沖田さんが三口。おれが二口。それでわらび餅はなくなった。
「ごちそうさまでした」
「いえ、こちらこそ」
お互い、お皿に向かって手を合わせ、頭も下げた。
「……わらび餅って、いいですよね。私、こしあん入りが好きなんです。とくにわらび餅はつるっとしていて、噛まなくていい感じで、すぐに溶けてしまうような儚さが好きで」
わらび餅が、儚い。そんな感想ははじめて耳にした。
「おだんごもおまんじゅうも、好きですけどね!」
さすがに、ちょっとらしくないことを言ってしまった感があるのか、沖田さんはごまかそうとした。
「なぜ、ひとつしか買わなかったのですか。四つ売っていたのに。おれに遠慮しただけじゃないですよね」
「それもあります。おみやげも、たくさん持っていましたし。でも、すぐに売り切れたでしょ」
確かに、おれがお会計している間に次のお客さんがやってきて、わらび餅は完売した。
「あのわらび餅は、ひとりでも多くの人に取っておきたいなって。私だけが楽しんでいい味じゃないので。今も、こうして帳面さんと半分こできましたし」
沖田さんのほうがたくさん食べたけど、とは言わないでおこう。
「はい。とてもおいしかったです。また、買いに行きましょう。それか、今度おれが作ります。まったく同じものは無理かもしれませんが」
「帳面さんのお菓子、食べたい……! 楽しみです」
そう言うと、沖田さんは笑顔になって、大きく頷いてくれた。
『本日、巡察初日。
沖田さんお手製のハチマキに感激。
町は平穏。甘味尽くしの巡察だった。
わらび餅は、美味しいけれど儚い。
なんだか、沖田さんのようだった。
以上』




