第3話 あこがれのだんだら羽織と
「帳面さん、お休みされているところ申し訳ないのですが」
振り返ると、だんだら羽織を着た沖田さんが立っていた。両手に文の束をかかえている。
休憩中だったおれは広間で矢立の手入れをしていた。これがないと帳面がつけられないので、丁寧に筆や墨の具合は確かめる。
「あ、どうしたんですか。重そうですね」
「土方さんに出してこいって、頼まれちゃって。もし、お時間がありましたら帳面さん。四条の飛脚さんまで一緒に行ってくれませんか。新選組がいつも使っている飛脚さん、紹介したいので。今後、おつかいをお願いすることもあるはずですし」
「え……」
それって……それって、沖田さんとふたりきりで、おでかけするってこと? 俺の胸が急にどきどきとしてきた。
素早く、矢立を懐にしまって立ち上がる。
「行きましょう。持ちますよ、おれが」
さりげなく、でもちょっとだけ狙って手を差し伸べた。沖田さんの手にふさわしいのは、刀とおだんごだ。
「ありがとうございます。助かります! じゃあ、早速行きましょうか」
「はい!」
浮き足立ちそうになるのをこらえ、おれは門をくぐった。さあ、四条までどう向かおうか。
「外出か」
歩きはじめたところ、斎藤先生に出くわした。斎藤先生は非番だったようで、羽織を着ていない。
「これから、帳面さんと四条の飛脚さんまで行ってきます」
うんうん、ふたりで。おれは大きく頷いた。
しかし、斎藤先生はおれたちのことを凝視している。ど、どこもおかしくないぞ。これは半分ほど、いやほとんど任務である!
「総司と、帳面が……」
刺さるような視線が怖い。
「あっ、斎藤さんも行きますか? お暇だったら」
……え。
沖田さん、せっかくのお出かけなのに、どうしてほかの人も誘っちゃうのかなあ? 斎藤先生、断ってくれ……頼みます……おれは、縋るような目で斎藤先生に訴えた。
「行く」
すたすたと、歩き出した斎藤先生。……だよね、そうだよね。新入りとふたりで外出なんて、許さないよね。
と、そのとき、斎藤先生の使っている香りがおれの鼻をくすぐった。沖田さんととてもよく似ている香りがする。え、もしかしてふたりはお揃いの香りを使っているのか?
「ほら、どうしました帳面さん。行きましょう」
おれの戸惑いを知らない沖田さんは、明るい笑顔。まあ、いいけど。
沖田さんと斎藤先生はおれの三歩前を並んで歩く。
あ、ちなみに沖田さんは『先生』と呼ばれるのを嫌うので、隊士は『さん』で呼んでいる。
――ふたりは、よくお似合いだ。寄り添ってはいないけれど、たまに見つめ合う目に信頼が宿っている。同志って感じだ。いいなあ。
しかし、沖田さんは土方副長と親密そうなのに、斎藤先生とも仲が良い。誰とでも楽しくできる人だが、ただならぬ距離感を覚える。近い。
「帳面さん、間に入ってください」
「は、はい」
おれは沖田さんと斎藤先生の間に割り込んだ……いや、並んだ。
なにやら、おかしそうに笑っている沖田さんが不審。
「すみません、おもしろくって。こうしていると、斎藤さんがお父さん、私がお母さん、帳面さんが子ども、みたいで」
「そいつはどうかと」
「恐れ多いです」
斎藤先生とおれは即、否定。ふだん、動じない斎藤先生の目が泳いでいる。
「えー、いいじゃないですか。もともと、新選組は家族みたいなものですし」
「いや、オレが父親でお前が母親って。しかも帳面はお前よりも年上だぞ」
「あ、そうか。そうでした。すみませんね、帳面さん」
あははと屈託のない笑顔を浮かべる沖田さんが、かわいすぎる。
「い、いいえ。おれは全然。むしろ光栄ですけど……力量不足です
」
もじもじしていると、沖田さんはおれの両手を引っ張った。うわ、握られた!
「だいじょうぶですよ。帳面さんには見込みがあります。私が、うーんと教えて差し上げますから」
あったかい、手。しっかり稽古してある、強くてしなやかな手。もう、照れて、恥ずかしくて、沖田さんの顔が見られない。これ以上、近づかれたら……! 思わず手を振りほどき、沖田さんのだんだら羽織にしがみつく。
「は、は、羽織です!」
なにを口走っているんだ、おれ。沖田さんがきょとんとしている。
「は、は、は……はじめて見たとき、お揃いっていいなって思ったんですけど」
「なんだ、だんだら羽織の話か」
おお、斎藤先生が話を拾ってくれた。そ、そう、羽織の話題にすりかえよう。
「確かに、お揃いがあったら、気分が上がりますよね。でも、もう作らないと思います。土方さん、この羽織は派手だって文句言っていて」
「土方副長は、なにを着ても似合いそうなのですが。では、新入りには支給されないんですね。残念です」
隊士みんなで揃いの羽織を着て歩いてみたかった。
「じゃあ、ちょっと着てみます?」
往来の真ん中で、沖田さんはだんだら羽織を脱いでおれの肩にかけた。文の束をいったん預ける。
「いいんですか、ほんとうに」
「しばらく貸すぐらいなら」
うわあ、嬉しい。憧れの羽織! しかも沖田さんの、脱ぎたて。やっぱりちょっと小さくて肩がつかえる。いいにおい。やっぱり、斎藤先生が使っている香と似ているかも。いや、今はその妄想はやめておこう。羽織を味わいたい。
「良く似合っていますよ」
「ああ」
新選組の幹部ふたりに褒められ、悪い気はしない。なんだか、胸を張って大股で歩きたくなる。
「ところで、沖田さんは誰かに文を書いたんですか」
さっき、文束の中に『沖田』という文字がちらりと見えてしまった。
気軽に聞いてしまったが、沖田さんは一瞬、動きを止めた。もしかして、触れてはいけなかったか?
「あ……私は、兄さまに。江戸には兄がいるんです」
「へえ、お兄さまが」
これは新情報。帰ったら、帳面に書き留めなければ。
「双子の兄なんです。ほんとうは一緒に上洛したかったのですが、病で」
俯く沖田さんの横顔は痛々しい。
「すみません、出過ぎたことを聞きました。兄上、心配ですね」
「はい……たったひとりの兄さまなので。剣術が強くて、局長の一番弟子だったのに」
「それぐらいにしておけ、総司」
斎藤先生は沖田さんの額を小突く。沖田さんは兄の話をやめた。おれも、それ以上は踏み込まないほうがいいと悟った。心配だろうな。今後、寺社に行ったら絶対に沖田さん兄の病気平癒を祈る。
そうこうしているうちに、四条烏丸の辻を通り過ぎた。人が多い。
「そろそろですかね、飛脚」
「はい! もうすぐです。でも、ひとつ大切なことを伝え忘れていました」
大切なこと? おれは耳を澄ませた。
「羽織のことなんですが、そこの大丸さんで作ってもらったんですよ」
うんうん、御誂え。
「でも……」
でも?
「まだお代を払っていないんです。だから、その羽織を着てこのへんを歩くのはかなり気まずいんですよ」
「早歩きで抜けるぞ、ここは」
なんと、未払いだった! 新しいものなんて、作れるはずがない。
早く教えてくださいよ、沖田さん。斎藤先生も!
……文は無事にお願いできた。
羽織を返したときは寂しかったが、『またお貸ししますよ』と言ってくれた。沖田さん、かわいかったなあ。
『今日は四条まで沖田さんとおでかけをした。
沖田さんには江戸に療養中の兄君がいるとのこと。
そして、斎藤先生がよく似た香りを使っている。お揃い疑惑あり。
新選組の羽織は未払いにつき、要注意。
以上』




