第2話 隊士めし
外はまだ暗い。星が輝いている。早朝とも呼べない時刻に起床。
「帳面、行くぞ」
「着替えるだけでいい」
隊の先輩たちに急かされながら、蒲団を出たおれは目をこすりながら水場に向かった。
目的地は台所。
水が流れる音がする。すでに誰かいるようだった。
今日、おれの所属する隊は炊事当番だ。新選組の隊士が炊事をするなんて驚いたが、掃除も洗濯も自分たちで全部しているらしい。屈強の男が集まっているのに、背中を丸めてせっせと洗濯にいそしむなんて、思い浮かべただけで苦笑……いや、慎ましくてよい。
「おはようございます……って、沖田さん?」
薄闇の中で米を洗っているのはうちの隊の長、沖田さんだった。
おれは、沖田さんの隊に配属された。
正直、とても嬉しい。いつも一緒に行動できるのだ。同期からも羨ましがられている。稽古は厳しそうだが、あの笑顔にいやされたい。
「おはようございます、帳面さん」
おそるべし新選組、たったの一日で『帳面』が定着してしまった。もとはと言えば沖田さんのせいだが。まあ、いい。
おれたち新入りは、前川邸という家の大部屋で起居することになったが、沖田さんは前川邸の向かいにある八木家に住んでいる。
話によると、沖田さんは幹部部屋を使っているらしい。いいなあ、沖田さんと同じ部屋、同じ空気、同じ匂い……って、そこまで想像して、やめた。
手拭いを頭からかぶって手を動かしている。まなざしがやわらかい。着ているものが袴でなかったら、どこかの御新造さんのようにも見える。
「耐えろ帳面。あれは沖田さんの日常だ」
「自分の愛らしさに気がついていない沖田さん。ますますかわいいだろ」
「しかし、襲いたくてもあの強さを見たら返り討ち必定」
あはは、と笑いながら先輩たちもおのおの配置につく。
米を炊きはじめた沖田さんは高速で野菜を切りはじめた。先輩方も手伝う。
なにをしたらいいのか迷ったおれは、沖田さんに聞くことにした。
「お忙しいところ、すみません。おれはなにをしたらいいのか」
「ああ、帳面さん。そうですね、その前に包丁って握れますか」
「実家の稼業で少しは。野菜ぐらいなら、普通に切れます。でも、手の込んだ切り方はできませんよ」
「使えるのですね! それだけでじゅうぶんです。これとこれとこれをだーっと切ってください。ひとくちの大きさだったら形は構いません。あと、お味噌汁だけは私が作りますので、お湯が沸いたら教えてくださいね」
雑な指示だが、おれは頷いた。
だーっと、ひとくちでいいのか。
「それと、屯所では関東風、江戸前の味付けをしているので、帳面さんには濃く感じるかもしれません。でも、よく動く新選組では塩分が必要だそうです」
「分かりました」
おれは指示通り、野菜を切る。
本朝の献立は魚の干物、ひじきの和え物、味噌汁、漬物、白飯。
沖田さんの指示は適当で、味付けも目分量だったが、仕上がりは素晴らしかった。
約五十人前の朝食ができあがるころには、空も明るくなってきた。
これを毎日と思うと、大変だ。
「広間に、お膳を並べてください。白ごはんとお味噌汁はあとから持って行きます」
この時刻になると、ほぼ隊士は起きている。配膳は手の空いている隊士も手伝ってくれた。広間とはいえ、全員が集まると狭いので集まった順に食事を出してゆく。
「今朝は、総司の味噌汁か! やっぱ、うめえなあ」
これは永倉新八先生。新鮮組では、沖田さんと同じぐらいの強さを誇っている。
「朝はこれだよ、これ。しみる」
原田先生も、沖田さんの味噌汁に感動していた。
「総司の味噌汁に勝るものはねえよ」
さっそくお代わりしているのは藤堂先生。
井上先生も斎藤先生も微笑。
台所で、目分量で、具はねぎととうふ。沖田さんが簡単に作ったような味噌汁だが、味は深い。確かにおれにはちょっとしょっぱいが、なんだか美味しい。
ほかの隊士も同じようで、みんな頷きながら飲んでいる。こんなに支持されているとは。驚いた。きれいで、でも強くて、家事もできるなんて、沖田総司……おそるべし。
「ごはん、たくさん食べてくださいね!」
食事担当は、みなが食べ終わってから休憩、という流れになっているが、そこへ不機嫌そうな美男子が入ってきた。沖田さんのほうへまっすぐに進んだ。
「総司、めし」
「あ、土方さん!」
「すぐに出かけるから、食っている間に髪を整えてくれ。時間がない」
「さっき、起こしたじゃないですか。二度寝したでしょ」
「眠い。お前の起こしかたが悪い」
「もう。仕方ない人ですね」
頬を膨らませつつも、沖田さんは土方副長の膳を用意し、髪を梳きはじめる。文句を垂れつつも副長は嬉しそうだし、沖田さんも副長に寄り添っている。
……なんていうか、ふたりの世界? 旦那と世話女房みたい。見ているだけで、おしりがむずむずしてくる。
「あれ、毎朝だから。気にすんな」
「沖田さんと土方副長の距離感はいつものことだから。妙な気、起こすなよ帳面」
「勝ち目ないだろ」
ありがたい、先輩からの忠告。分かる、分かるけれど、分かりたくない。
「いつものことって、どういう……」
「そのままの意味だ」
あの厳しそうな副長に触れられる沖田さん。わ、首に腕を回して背後から抱きついた! そんなん、あり? あ、いや……お菓子を買う小遣いをせびっているらしい。子どもかよ。さすがの副長も頬を赤く染め――小銭を渡した。
「ありがとうございます。土方副長、大好きです!」
「おい、声大きい……」
沖田さんは猫みたいだ。心の帳面に書き留めた。
急いで広間を出た副長と入れ替わりに入ってきたのは、近藤局長だった。
「お、今朝は総司の班か! 総司の味噌汁だな」
「師匠、おはようございます。すぐにご用意しますね」
局長は笑顔で沖田さんが並べた食事を食べる。
「うまい。さすがだ。総司はまた料理の腕前を上げたな」
「恐れ入ります、えへへ」
大きな手で、局長は沖田さんの頭を撫でる。くしゃっと。
沖田さんは犬みたいだ。心の帳面に書き留めた。
「……おい、お前」
おれがぼんやりと沖田さんを観察していると、背後から声がかかった。振り返ると、そこには斎藤先生が立っていた。
「あ、え、おれですか? いや、わたし……?」
「どちらでもいい。お前、総司の隊に入ったとか」
どことなく圧を覚え、おれが背筋を伸ばした。視線が鋭い。
「は、はい。昨日、沖田さんの隊に配属されました」
「総司は気ままなやつだ。丁寧に相手をすると骨が折れるだろうが、よろしく頼む」
「い、いいえ! 沖田さんの隊に入れて光栄です!」
ふっと、斎藤は笑った。
「ならいい。お前の名は総司がつけたと聞いた。では、あとは頼む」
そう言い終わると、斎藤は去って行った。
「は、はい! ありがとうございました……!」
切れ長の黒い目に圧を感じ、「!」が多くなってしまった。刀を手にしていないのに、びりびりと殺気を受けたおれはその場にへなへなと崩れ落ちた。
斎藤先生、怖い……!
『入隊二日目
本日は炊事当番。
現場は沖田さんの適当な指示で混乱したが、みな食事には感激していた。
質素ながらも美味だった。
沖田さんは、副長の愛猫で局長の愛犬みたいだった。
以上』




