第1話 出会った日のこと
……まずいところに来てしまった。
衣食住完備で給金も出ると聞き、軽い気持ちで入隊試験を受けたのに。
まさか合格すると思わなかった。おれは、剣術未経験。
体格、普通。読み書きそろばん、普通。顔面、普通。これといって、取り柄がない。
屯所の庭に、竹刀の音が響く。あっちは木刀を振り回している。丸太みたいに太い。重そう。
大きな奇声を上げながら竹刀を振る隊士がいる。近所迷惑だろうに。壬生の人たちは心が広いのだな。これをうちの実家の周りでやったら、汚物を投げ込まれる。
「新入りさんたち、お揃いですね。おはようございます!」
建物の母屋から、その人があらわれて声を発した瞬間、空気が変わった。
ぼうっと見とれる隊士、笑顔になる隊士、手を振る隊士までいる。
うつくしい人だった。
とにかく、顔が整っている。大きくて澄んだ目。唇なんて、紅を差したかのよう。
さらさらの髪を赤い紐でひとつに束ね、あさぎ色の羽織を着ていた。体はとても細い。袖から出ている腕も白くて、思わずどきりとする。
もちろん、おれも食い入るように見つめてしまった! 男、だよな?
「あ……私の顔に、なにかついていますか」
見られたことが気になったのか、その人は自分の頬をぺちぺちと、はたきはじめた。けっこうな勢いだ。頬が赤くなるまで続ける。
「い、いいえ! なにもついていませんので!」
あわてて、おれが否定すると、その人は『よかった』と言って笑みをこぼした。
その笑顔が愛らしくて、おれの体は熱くなった。体の毛穴という毛穴が、ぶわっと開いた。か、かわいい……耐えられなくなったおれは、その人から目を逸らした。
「では、あらためまして。私はここ、新選組で剣術を教えている沖田総司と申します。本日より、あなたたちの指導をしますので、よろしくお願いしますね」
「はい!」
おれを含めた新入隊士四人が沖田さんに向かって頭を下げた。
……驚いた。
沖田さんに会うのは面接のとき以来二回目だが、この人が剣術? 頭を下げたまま、おれは考えた。この見た目を使い、敵を油断させる作戦でも使うのだろうか。
***
面接試験では、沖田さんのほかに土方という副長がいた。おそろしいほど美形なのに、ずっと眉間に皺を寄せていた。
おれに興味を持ってくれたのは沖田さん。
『わあ、京のご出身なんですね』
あらかじめ提出した身上書を読みながら、沖田さんは明るい声を放った。
『しかし。剣術未経験、か』
沖田さんの持っている身上書を覗き込みながら、副長はおれの顔を睨みつけた。
そのとき、落ちたと思った。そして、こんな怖そうな人がいるところは無理だとも感じた。
二十もなかばに差しかかり、実家の世話になるのは苦しいが、また違う勤め先を探そう……と決めたとき、沖田さんが再びおれに問いかける。
『ご実家、お菓子屋さんなんですか!』
妙なところに食いついた。入隊試験と実家の菓子屋、なにか関係があるのか?
『総司、それは今どうでもいいことだ』
『いいですね、いいですよ! お菓子……おかし、ふふふっ』
ごくりと沖田さんは喉を鳴らした。しかし、副長が沖田さんに体を寄せてぎゅっと耳を引っ張った。ふたりは顔を見合わせる。え、近すぎない?
『いたた、土方さん。痛いです』
『妄想はそこまでだ。おいお前、もういいぞ』
去れと言われたおれは、その場にいてはいけないような雰囲気を察知し、急いで退出した。
***
「頭を上げてください。では、ひとりずつお名前を」
沖田さんは右端の新入りからひとりずつ名前や出身を聞く。みな、沖田さんと話すと笑顔になってしまう。心を解かすのが上手い。
おれは懐からさっと帳面を取り出し、同期の名前や身体の特徴を書き留めた。忘れないように。
「次……あれっ。もしかして書き留めているんですか、丁寧ですね」
「おれ、書くのが好きなんです」
「いつも持ち歩いているんですか」
「帳面と矢立はいつも、ここに」
懐を、ぽんとたたいた。胸を張って恰好よく見せたつもりだが、伝わっただろうか。
「なるほど。では、あなたは帳面さんですね。京のお菓子屋出身の、帳面さん。みなさんも、そう覚えてください」
「へ……?」
ちょう、めん? 帳面さんだって?
おれは、帳面なのか? 今後、ここではそう呼ばれるのか?
いやではないが、帳面……おれは手に持っている帳面に視線を落としたが、帳面はなにも語らない。
おれの戸惑いに、沖田さんはまったく気がついてなかった。
「さあ、稽古を見学したあとは、みなさんも竹刀を使ってみましょうね。新選組では、毎日こんな感じで稽古していますよ、はい!」
竹刀を手にした沖田さんは、目にも止まらない速さで轟音と共に振り下ろした。沖田さんが進んだ先には、大勢の隊士がぶっ倒れている。
とんでもないところへ来てしまったようだ。
『入隊、初日。
戸惑うことばかりで、くたくただ。もういやだ。
しかし、沖田さんから名前をいただいた。帳面。
沖田さんは、やさしくて、きれいで、かわいい。
でも、強すぎる。
気張れるところまで、続けてみようと思う。
以上』




