第54話 秋色を包む贈り物
ラウノの朝は、すっかり秋の空気に包まれていた。
窓を開ければ、ひんやりとした風が工房へ流れ込み、棚に並ぶ布小物を優しく揺らす。
リンネは机に頬杖をつき、大きなため息をついた。
「どうしよう……」
机の上には、一枚の紙。
『侯爵家へ伺う日』
その文字を眺めるたびに胃がきゅっと縮む。
「服も決まらないし、手土産も決まらないし……」
頭を抱えて机に突っ伏すリンネの周りを、マロが心配そうにくるくる飛び回る。
「あるじ、げんきない……」
マロは心配そうにリンネを見つめると、「あるじ、まってて!」と言い残して、勢いよく窓から飛び出していった。
「え、マロ?」
リンネが窓の外をのぞいていると、しばらくしてマロは小さな体いっぱいに花を抱えて戻ってきた。
白い花。淡い紫の花。金色の小さな花。秋の野に咲く可憐な花々だった。
「これ、あるじに!」
マロが誇らしげに胸を張る。落ち込む自分を励まそうとしてくれた相棒の優しさに、リンネは思わず胸を突かれた。
マロが摘んできた花から、やさしい秋の香りがふわりと漂う。
リンネはその香りを吸い込み、ふと目を見開いた。
「……あ」
「そうだ」
リンネは作業机へ向かう。
透明な小瓶。精製した植物油。乾燥させた香草。
ほんの少しだけ香りを長持ちさせる付与。
「これは少し甘すぎるかな」
「こっちは森っぽい……」
「うーん、もう少し爽やかな方がいいか」
試行錯誤を重ねるリンネの手が、いつものように迷いなく動き始める。
数時間後。机の上には、小さなガラス瓶が並んでいた。
中には秋色の花びらが静かに揺れている。
細い木片を小瓶へ差し入れると、香油をゆっくり吸い上げ、やさしい香りが部屋いっぱいへ広がっていった。
「……できた」
「……こんなの、初めて作ったかも」
マロが大きく息を吸う。
「いいにおい!」
リンネも嬉しそうに笑う。
めぐり布は商品だ。首まくらもそう。靴下はまだ完成していない。
贈り物は、その人のためだけに作りたい。
強すぎない、甘すぎない、森を歩いているような穏やかな香り。
「これなら、侯爵様にも侯爵夫人様にも喜んでもらえるかもしれない」
翌日。
巡回の途中で立ち寄ったルークへ、リンネは少し照れくさそうに小瓶を差し出した。
「こんな感じなんですけど……どうでしょう?」
ルークは栓を開け、香りを確かめる。
秋の森を思わせる落ち着いた香りが鼻をくすぐり、思わず目を細めた。
「……素敵ですね」
飾り気はない。けれど、不思議と心が安らぐ。
「父も母も喜ぶと思います」
リンネはほっと胸をなで下ろした。
「よかったぁ……」
「それに」
ルークは小瓶を見つめながら微笑む。
「売り物ではなく、相手を想って作られた品です。父も母も、そういう心遣いを何より大切にする人です」
その言葉に、リンネは照れくさそうに頬を緩ませた。
「そう……なのかなぁ」
ルークの人柄に裏打ちされた言葉が、リンネの緊張を少しずつほどいていく。
ふと、ルークは瓶に活けられた花を眺め、柔らかく目を細めた。
「母は昔から、こうした野に咲く花が好きなんです」
「そうなんですね」
リンネがまばたきをすると、ルークは優しく微笑んだ。
「ええ。だから、この香りはきっと喜ばれます」
その夜。
侯爵邸へ戻ったルークは、廊下で母と顔を合わせた。
「どうでした?」
優しく尋ねる母に、ルークは苦笑する。
「緊張で、手土産まで一生懸命悩んでいましたよ」
「まあ」
侯爵夫人は小さく微笑んだ。
「そんなに気を遣わなくてもいいのに」
「だからこそ、母上にも気に入っていただけるはずです」
「ええ。ますます楽しみになりましたわ」
侯爵夫人は、まだ会ったことのないリンネを思い浮かべながら、優しく目を細める。
「きっと、その方は品物ではなく、心を贈ることのできる方なのでしょうね」
窓辺に飾られた秋の花が、静かな風にそっと揺れた。
その香りは、まだ見ぬ出会いへの期待を運ぶように、侯爵邸の廊下へ静かに広がっていった。




