第36話 光の、その先へ
「な、馬鹿な……っ!?」
儀式の中心地で、アルヴェインが驚愕に目を見開いて絶叫した。
「人間風情が、高位精霊と完全同期など――あり得ん、有り得んぞ!!」
その絶叫をあざ笑うかのように、黒い核へと無数の亀裂が走る。
しかし、核はなおも最後の足掻きとばかりに暴走を激化させ、どす黒い触手の濁流を周囲へと叩きつけた。
「させません!」
セレストが黄金の複雑な魔導術式を展開し、極大の炎弾を核の直前へと叩き込んでアルヴェインの増幅術式を完全に粉砕する。
その隙を逃さず、リンネは一歩も引かずに両手を突き出した。
パキパキと音を立て、内側に閉じ込められていた怨嗟の悲鳴や絶叫が、負の感情とともに弾け飛んでいく。
だが、それらは霧散しなかった。
広がる青白い光が、それらの悲鳴を優しく、包み込んでいったのだ。
それは、暴力的な破壊ではなく、圧倒的な浄化。
優しく、穏やかに、まるで傷口をそっと撫でて癒やすかのように、光は黒い泥を真っ白な純粋な力へと還元していく。
拠り所を失った黒い核が、サラサラと砂のように崩れ落ちていく。
「やめろぉぉぉ! 私の、私の何十年もの悲願が……!」
半狂乱になったアルヴェインが、なおも呪わしい術式を展開しようと手を伸ばす。
だが、その目の前に立ち塞がったのは、銀の光を纏った若き騎士だった。
ルークの持つ銀の剣が、洞窟の光を反射して眩しく閃く。
「もう終わりだ、アルヴェイン」
冷徹な一言とともに、鋭い一閃が奔る。
空間を切り裂くような剣撃は、アルヴェインが紡ぎかけていた禍々しい術式を、文字通り粉々に砕き散らした。
「が、はっ……!」
衝撃に耐えかね、アルヴェインがその場にバタリと膝をつく。
彼は血走った目で自身の両手を見つめ、それから呆然と呟いた。
「理解できん……。なぜだ。なぜ、あのような小娘が高位精霊と心を通わせられる……」
そんな男の問いに、リンネは静かに、けれど毅然と答えた。
「誰かを大切に思う気持ちは、誰かを支配したり、利用したりするためのものじゃないからです」
黒い核は、青白い光の中でゆっくりとほどけていく。
そして、世界の理を歪めていた核が、完全に砕け散った。
――パリン。
静寂の広がる地下空洞に、ガラスが割れたような乾いた音が響く。
同時に、空洞を満たしていた重い黒い魔力が、嘘のように綺麗さっぱりと霧散していった。
アルヴェインは崩れゆく中で、血を吐くような問いを投げかける。
「……なぜ、お前だけが」
リンネは、足元で喉を鳴らすわんこ精霊を見つめ、小さく微笑む。
「私は、ただ。この子と、一緒にいたかっただけです」
アルヴェインは言葉を失う。
利用でも支配でもない。ただ、一緒にいたい。
その願いだけが、自分の積み重ねた何十年もの執念を打ち砕いた。
「……そんな……そんな理由で……」
「私は……何十年も……」
絶望に染まった男の呟きは、崩れ落ちる残骸の音に静かに呑み込まれていった。
リンネはそっと膝をつき、わんこ精霊を優しく抱きしめた。
「……おかえり」
わんこ精霊は嬉しそうに目を細める。
前世で何度も見た、あの表情だった。
リンネは思わず笑ってしまう。
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま。
「……また会えたね」
わんこ精霊は何も答えない。
ただ、安心したように胸へ顔を埋める。
リンネはその温もりを確かめるように、もう一度だけ強く抱きしめた。
「もう二度と、離さない」
青白い尻尾が、嬉しそうに一度だけ揺れた。
それだけで十分だった。
地下空洞を満たしていた闇は消えた。
精霊鉱脈は、本来の蒼い輝きを取り戻し、静かに皆を照らしている。
もう、この世界は一人で歩く場所ではない。
リンネの隣では、青白い尻尾が、いつものように嬉しそうに揺れていた。
あの日、叶えられなかった約束は、
ようやく果たされた。
――長い夜は終わった。
もう、後悔はいらない。
その温もりを確かめるように、リンネはもう一度だけ、わんこ精霊を抱きしめる。
「一緒に帰ろう」




