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辺境の付与術師は静かに暮らしたい ~リンネ小物店のひみつ事情~  作者: 隅乃 けい


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第28話 禁忌の正体

ピィィィン……と、張り詰めた空気の中で、テーブルの上の黒化精霊鉱が一際大きく脈打った。

その禍々しい赤黒い閃光に呼応するように、足元にいたわんこ精霊が低く唸る。


「ルーク、その石から目を離さないで」


セレストが素早く手元で魔力を奔らせ、瞬時に三重の防音と対抗の結界をテーブルの周囲へと展開した。


窓ガラスが耐えきれずに微かな悲鳴を上げる。遮断されたはずのドクドクという脈動が、床の板を伝わって不気味に響いていた。


「姉上……。今の『精霊変換炉』という言葉、一体どういう意味ですか」


ルークが険しい顔のまま尋ねる。

セレストは息を整えると、青い瞳に冷徹な光を宿し、静かに語り始めた。


「精霊変換炉とは、本来この世界に存在してはならない禁忌の術式よ」


「精霊を……精霊鉱へ、変える……?」


リンネが息を呑んで問い返すと、セレストは重々しく頷いた。


「ええ。本来、精霊鉱は長い年月をかけて自然に形成されるもの。それを、生命ある精霊を材料として強制的に変質させる……それが、精霊変換炉よ」


セレストの声が、わずかに低くなる。


「精霊を鉱石に変えるなど、神理を冒涜する外道な技術。……それが、禁忌とされた理由だわ」


セレストは黒化精霊鉱を冷ややかな目で一瞥する。


「そして問題は、その石よ」


セレストは黒化精霊鉱を睨む。


「禁書には、精霊変換の過程で通常の精霊鉱とは異なる異常な魔力反応が発生したという記録が残されているわ」


「……それが、この黒い石と同じものだと?」


ルークが問い返すと、セレストは小さく首を横に振った。


「断定はできないわ。ただ……あまりにも特徴が一致している。だからこそ、厄介なのよ」


そこまで聞いたリンネは、背筋が凍るような納得感に襲われた。


個人への嫌がらせなどではない。あれは禁忌の実験が行われていることの、紛れもない証拠なのだ。


「どうして、そんな危険なものを……」


リンネの呟きに、セレストは皮肉な笑みを浮かべた。


「理由は単純よ」


セレストは黒化精霊鉱を見る。


「誰かが、この禁忌の研究を……まだ続けているからだわ」


セレストは拳を握り締める。


「……ありえないと思っていた。あの研究を再び進めようとする者など、存在してはならないと……そう思っていたからこそね」


「……ですが、これだけの規模の施設と大量の黒化精霊鉱を必要としているなら、単なる過去の模倣ではありません」


ルークが低く呟く。


「……そして、その術式を稼働させるための施設が、このラウノの地下に存在する可能性がある」


リンネは思わず、身を乗り出すように尋ねた。


「……でも、どうしてそんなものを作る必要があるんですか? そんな膨大な魔力、何に使うんです……っ?」


リンネの問いに、セレストは険しい表情のまま答えた。


「世界を揺るがすほどの術式を動かすためか……」


セレストは一瞬だけ言葉を止める。


「……あるいは、術式を利用して何か別の存在へ変わろうとしているのか」


「そんなことが可能だとは思えない。けれど、禁忌の研究とは、常識では測れないものだから」


「変わる……?」


リンネが呟く。


「ええ。ただし、これは私の推測に過ぎないわ。何のためにそこまでの研究を行っていたのか……肝心の目的までは記録されていなかったからね」


その言葉の重みに、部屋の温度がさらに下がった気がした。

ルークがわずかに視線を伏せる。


「……だから、この街が狙われたのですね」


セレストは静かに頷く。


「ええ。ラウノの地下には、古代から存在する巨大な精霊鉱脈が走っていると言われているわ。


「精霊鉱脈とは、精霊魔力が結晶化しながら流れる天然の魔力流路よ。街中の魔導設備は、その恩恵を受けて動いているわ。」


「精霊変換炉を稼働させるには、莫大な魔力供給源が必要だった……そう考えると、この場所が実験場として選ばれた理由も説明がつく」


「つまり黒化精霊鉱は、地下の精霊鉱脈へ汚染を流し込むための媒介として使われている可能性が高いわ。」


セレストの表情がさらに険しくなる。


「地下に眠る精霊鉱脈と、人工的に生成された黒化精霊鉱が結び付けば、どれほどの魔力現象が起きるか……想像もつかないわ」


「黒化精霊鉱は放置するだけでも周囲の精霊を蝕み、魔力環境をゆっくりと侵食していく。もし地下の精霊鉱脈へ到達すれば、その汚染は街全体へ広がるでしょう」


「そんな……っ。もし本当にそんなことになったら、街中の精霊灯まで全部……」


リンネは血の気が引く思いで俯いた。

自分の作る冷蔵庫や魔導道具の核だって、この街の魔力環境が狂えばただのガラクタと化す。


いや、そんな個人的な損害どころの話ではない。

地域全体の魔力環境がドミノ倒しのように侵食され、底知れない災厄が引き起こされる。


「つまり……この街の地下で、その研究が続いている可能性があるってことですか……?」


リンネが青ざめながら呟くと、ルークは小さく首を横に振った。


「知らなかった方が普通です。一般の住民にそんな情報が漏れることはありませんから」


その時、リンネの足元でわんこ精霊がぴくりと耳を動かした。

石の脈動をじっと見つめていた小さな身体が、ふと振り返る。


「きゅぅ……」


か細く、けれどリンネの脳裏にだけ直接響くような、澄んだ声。


(いま……何か……)


聞き取れなかったが、わんこ精霊は明らかに何かを警戒している。

テーブルの上の黒化精霊鉱が、再び小さく脈打った。


まるで――

そこに宿った何かが、こちらの存在を認識したかのように。


次の瞬間――。


ズズズッ……!! と、足元から地軸を揺るがすような鈍い振動が走った。

遠方から、街の警報を告げる重々しい鐘の音が響き渡る。


「っ……!?」


ルークが即座に体勢を低く構えたその時、店の扉が激しくノックされる間もなく、血相を変えた別の騎士が文字通り飛び込んできた。


「報告します……ッ!!」


騎士の鎧は煤け、顔には黒い灰がこびりついている。


「鉱山区画の入り口付近で、大規模な地盤崩落が発生! さらに――地下坑道から、制御不能の黒い魔力が凄まじい勢いで噴出しています!」


ルークが小さく呟く。


「まさか……。」


その報告を聞いた瞬間、セレストの表情が完全に凍りついた。

彼女は迷いのない動きで手袋を締め直し、低く、氷のように冷たい声で言い放った。


「……始まったわね。

――向こうはもう、止める段階ではないわ」


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