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辺境の付与術師は静かに暮らしたい ~リンネ小物店のひみつ事情~  作者: 隅乃 けい


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第20話 騎士団の答え

朝のラウノを包み込む空は、墨を流したように重苦しかった。


ルークは昨夜のうちに応急の封印処置を施し、作業部屋を厳重に封鎖していた。

わんこ精霊の力で黒化精霊鉱は沈黙したものの、それが永遠ではないことを、リンネは誰よりも理解していた。


いつ再び暴走するかわからない。

その事実だけで胃が締めつけられる。


「……うう、無理。完全に無理……」

リンネは寝不足の頭を押さえ、店のカウンターに突っ伏した。昨夜の魔力暴走、そして自分が顔も知らない誰かに狙われていたという戦慄の事実。


傍らではわんこ精霊が浮遊していた。昨夜よりも輪郭は安定し、一回り大きくなっている。リンネが頬を寄せると、甘えるように光の尻尾を振った。


――コン、コン。


静かな店内に、芯のある音が響く。


警戒して扉を開けると、扉の向こうにはルークが立っていた。

副団長への緊急報告を終え、その足で駆けつけたのだろう。

目の下には珍しく薄い隈が浮かび、疲労の色は隠せていなかった。


ルークの瞳が、珍しく昏い影を帯びている。


「リンネさん、昨夜の件を副団長へすべて報告してきました。結論から言うと、かなりまずい状況です」


ルークは周囲を警戒し、声を潜めた。


「中央の憲兵局――王都で犯罪捜査を担う組織ですが――彼らの調べでも、裏組織の存在が確定しました。各地で精霊鉱を違法に密売している大規模な犯罪網です」


「……あの黒い精霊鉱も、その組織が?」

「ええ。天然のそれではなく、人工的に汚染させる技術。……あれは、純然たる兵器になり得ます。意図的に広範囲の魔力汚染を引き起こせば、街一つを一夜にして機能停止に追い込める」


「っ……!」


リンネは息を呑んだ。そんな恐ろしい破滅の道具が、裏で集められている。


「事態を重く見た騎士団も、ラウノの調査を本格化させます。……ただ、俺たちにとっては、手放しで喜べることじゃない」


「え?」


「本隊が増員されれば街全体の緊張感は跳ね上がります。徹底的な検問が始まり、街の付与術師は例外なく監視対象になる。……リンネさんが、今以上に目立つことになります」


「最悪じゃないですか!!!」


リンネの悲鳴に、わんこ精霊がびくっと硬直する。


「あ、ごめんね!」


慌てて撫でると、精霊はリンネに体重を預けてきた。そんな二人の様子を、ルークが少しだけ和らいだ表情で見つめる。


「それともう一つ、厄介な問題が。副団長から『ラウノの任務だけ異常に優先順位が高いのはなぜか』と詰め寄られました」


「あー……それは、私も薄々……」


「……俺には、優先すると決めたことがあります」


一切の迷いがない、射抜くような強い瞳。

心臓がトクンと変な音を立て、リンネは視線を逸らした。

(……本当に、誤解しそうな言い方をする人だ)


そんな二人のやり取りを、わんこ精霊がジト目で見つめている。


いつもの他愛のない時間。けれど、リンネは胸の奥が痛むのを感じていた。

望んでいたスローライフは、今まさに足元から崩壊している。それでも、ルークと軽口を叩き合い、精霊を腕に抱くこの時間が――決して失いたくないと、強く願ってしまった。


その、刹那だった。

腕の中のわんこ精霊が、突然ぴたりと光を静止させ、玄関を睨みつけた。


ルークの目の色が変わる。言葉よりも早く、彼は腰の剣の柄へと手をかけ、リンネを庇うように半身を前に出した。


「……リンネさん、下がって。来ます――っ!」


――ガガガガ、バゴォォォンッッ!!!


激しい衝撃音と共に、店のすぐ外で、何かが盛大に崩壊する凄まじい轟音がラウノの静寂を切り裂いた。


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