第17話 転移門の向こう側
王都中央区――転移門管理塔。
巨大な古代魔法陣が鈍色の光を放ち、空間を歪ませている。
転移門。国家が管理する、最高機密施設だ。膨大な精霊鉱を消費するため、その使用は厳しく制限されている。法が支配するこの空間には、常に厳格な空気が満ちていた。
「ルーク・ヴァンディール。ラウノ派遣任務に伴う、転移申請を」
管理官の対応を受け、ルークは横に並ぶ騎士たちの顔ぶれに息を呑んだ。精鋭ばかりだ。ラウノの異変は、もはや地方のトラブルでは済まない。
カツ、と響く優雅な靴音。
騎士たちが弾かれたように姿勢を正す。現れたのは、紺色のローブを纏った女性だった。白金の髪が光を反射する。
セレスト・ヴァンディール。魔導研究院の至宝であり、ルークの実姉だ。
「研究院特別調査権限に基づき、これよりラウノへ同行します」
「……姉上まで来る必要があるのですか」
「必要だから行くのよ」
セレストの表情から笑みが消える。
「黒化した精霊鉱。あれは『壊れた精霊鉱』よ」
「壊れた……?」
「ええ。人の精神を侵食し、負の感情を増幅させる。重症化すれば、自身の魔力が体内で暴走するわ。その上で、土地や水脈までも腐らせるの」
ルークの背筋に、氷を押し当てられたような戦慄が走る。
「もしこれが意図的なものなら……国家転覆級の反逆行為だな」
「ラウノ行き転移門、接続完了! 起動します!」
閃光が視界を塗り潰す。強烈な浮遊感に包まれ、次の瞬間、景色が切り替わった。
到着したラウノの管理施設は、嵐の前の静けさに包まれていた。
街には王都からの研究員や騎士が溢れ、物々しい警戒態勢が敷かれている。
(……最悪だ)
(研究院まで来た。このままでは、リンネさんは隠し通せない……間に合ってくれ)
ルークが焦燥に駆られる一方で、隣を歩くセレストがふと足を止めた。
視線の先、大通りの向こう側に「リンネ小物店」がある。エプロン姿のリンネが木箱を運んでいた。ただの健気な商人だ。
だが――彼女の足元では、青白い光の塊がぴたりと寄り添っている。
セレストの瞳が、怪しく輝き、まるで長年探していた答えを見つけたように、小さく呟いた。
「……やっぱり」
その呟きと同時に、リンネの足元でご機嫌だったわんこ精霊が、唐突に動きを止めた。
精霊は小さな耳をピンと立て、雑踏を隔てた遙か先――自分を凝視するセレストの視線を、真っ向から捉えた。
リンネはまだ気づいていない。だが、精霊は違った。
先ほどまでの愛らしさは消え失せ、青白い身体を警戒するように震わせる。
ガルルル……と喉を鳴らす威嚇の気配。
「……なるほど。見えているのね、あの子」
セレストは静かに目を細めた。
その声音には敵意も歓喜もない。
ただ、未知を前にした研究者だけが見せる、純粋な知的好奇心が滲んでいた。
雑踏は何事もなく流れていく。
その向こうで、二つの視線だけが静かに交差していた。




