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【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~  作者: Lihito


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31話:毒か

——コンラート王視点——



地下が空だった。


報告を受けたのは三日前。衛兵が交代した後、牢の中に誰もいなかったと。鍵は壊されていない。扉も壊されていない。ただ——いなかった。


あの女が消えた。


同時にカイからの連絡が途絶えた。


繋がっている。誰がやったかはわからない。だが繋がっている。


カイが噛んだのか。首輪がなくなったから、噛んだのか。


——まあいい。


今夜で片がつく。カイがいようがいまいが、毒はもう用意してある。酒の中に入れる。レクトに注がせる。他国の要人が翌朝倒れる。レクトの手から渡された酒が原因だ。


七年前と同じ手順。あの時も上手くいった。今度も上手くいく。


カイの件は後で始末する。逃げた女も。今夜を越えれば、レクトは終わる。残るのは自分だけだ。


それでいい。それが正しい。


大広間の灯りを確かめた。燭台。花。銀の食器。使節団が着席し始めている。


杯を持ち上げた。今夜は——ぬるくない。





——リゼット視点——



大広間は明るすぎた。


燭台の光が銀の食器に反射して、どこを見ても眩しい。天井が高い。声が反響する。笑い声と食器の触れ合う音と、楽団の弦の音。


こんな場所に来たことない。透明じゃなかったとしても場違いだと思う。


殿下の三歩後ろ。壁際。床は絨毯。足音は出にくい。でも油断はできない。人が多い。誰かの足を踏んだら終わる。


殿下は穏やかな顔をしている。正装。背筋が伸びている。使節の一人に声をかけられて、微笑み返している。


——殿下、すごい。こんなに平気な顔ができるんだ。


私の心臓はもう壊れそうなのに。


広間の奥。上座に王が座っている。杯を手にして、広間を見渡している。あの座り方。全部が自分のものだという座り方。


視線が殿下に向いた。


殿下は気づいている。気づいていて、微笑んだまま使節と話している。


ルークが広間の端にいた。給仕の従者たちに混じって立っている。いつもの軽い顔ではない。目だけが動いている。


反対側の壁際。使節団の席の一角に、一人の男が座っている。他国の正装。背格好はカイと似ている。——似ているんじゃなくて、カイだ。


大丈夫。ここまでは予定通り。


王が従者に何か囁いた。従者が動いた。殿下の方に。


「殿下。陛下が——この国で一番の酒を、要人の方々に振る舞っていただきたいと」


殿下が振り返った。


「わかりました」


声が自然だった。何の迷いもない声。


従者が銀の盆を持ってきた。酒瓶と杯。殿下がそれを受け取った。


——あれだ。


殿下が酒を注いだ。杯に。手が一つも震えていない。


歩き出す前に、殿下の手が動いた。小さく。袖の内側に触れる動作。何かを取り出して——杯の縁に、布の端を一瞬だけ浸した。すぐに引き上げた。畳んで、袖に戻した。


誰も見ていない。殿下の身体で盆が隠れる角度。一瞬の動作。


——変色してる。


見えた。布の端が赤紫に変わって、黒く濁っていくのが。白い布地が縮れている。入学式の日に見た、あの反応と同じ。


間違いない。


殿下は顔色を変えなかった。そのまま歩いた。盆を持って。広間を横切って。


カイの席に向かっている。


「こちらを、父の命でお持ちしました。最上の酒でございます」


カイが——要人の顔で——受け取った。


「ありがとう、殿下。光栄です」


声まで変えている。低くて、落ち着いた声。


殿下が頭を下げて、離れた。盆を従者に返して、自分の席に戻っていく。


カイとの距離が開いた。広間の半分。


——ここから。


心臓がうるさい。指先が冷たい。


広間の中を見回した。使節たちは談笑している。給仕が料理を運んでいる。楽団が曲を変えた。


カイの後ろ。椅子の背もたれ側。人がいない空間。みんな前を向いている。テーブルに向かって食事をしている。


カイの背中が見えている。


——今?


まだ。給仕が一人、近くを通っている。盆を持って。通り過ぎるのを待つ。


通り過ぎた。


カイの後ろに誰もいない。隣の使節は反対側を向いて話し込んでいる。


——今。


足を踏み出した。絨毯を踏む。音はしない。三歩。カイの真後ろ。


手を伸ばした。カイの外套の内側。背中の下あたり。仕込んである柄に指が触れた。冷たい。


引き出した。短く。


カイの背に押し当てた。衣服を裂く程度。その下の血のりの袋が破れる感触が指先に伝わった。


赤が広がった。カイの背中。外套の布を染みが這っていく。


手を離した。下がった。二歩。三歩。


カイが崩れた。


椅子から滑り落ちるように。テーブルに手をついて、外れて、床に倒れた。背中を上にして。赤が広がっている。背中に短剣の柄が突き出ている。


悲鳴が上がった。


隣の席の女性が椅子を倒して立ち上がった。口を押さえている。


「——きゃあっ!」


「血が——!」


「殺された! 誰か——!」


広間が崩れた。椅子の音。食器の音。人が立ち上がる音。声が重なって言葉が潰れていく。


ルークの声が通った。広間の端から。


「誰かやられたぞ!!」


人が集まりかけた。カイの周りに。


上座で——王が立ち上がった。


「落ち着け!」


声が大きかった。王の声。広間が少し静まる。


王が従者に向かって手を振った。指示を出している。


「扉を閉めろ。誰も出すな。——医師を呼べ。毒を盛られたなら、吐かせなければ手遅れになる」


毒を盛られた。


王がそう言った。刺された人間を見てもいないのに。人垣の向こうで何が起きたか確かめてもいないのに。


「解毒の用意もさせろ。以前と同じものを使え。急げ!」


以前と同じ。


——この人、全部知ってる。全部自分の計画だから。毒が使われた前提で動いてる。


王が上座から歩き出した。堂々と。広間の中央を横切って。人が道を開けた。王が歩いてくる。カイが倒れている場所に向かって。


人垣が割れた。


王がカイの前に立った。


見下ろした。


床に伏せた身体。背中の赤い染み。そして——背中に突き立った短剣の柄。


王の足が止まった。


顔が変わった。


「……刺されて、いるのか」


声が小さくなった。さっきまで広間に響いていた声が。


——そう。刺されてるんだよ。あなたが来る前から、みんな「刺された」って当然のように思ってた。


殿下が立ち上がった。自分の席から。静かに。


「父上」


広間が静まった。


「毒を盛られた、と仰いましたね」


王が振り返った。


「医師を呼べと。解毒の用意をしろと。以前と同じものを使えと」


殿下が一歩ずつ近づいている。声は静かだった。でも広間の隅まで届いている。


「ですが、この方は刺されています。誰も毒とは申しておりません」


王の唇が動いた。言葉が出ない。


「なぜ毒だとわかったのですか。なぜ解毒を用意できるのですか。——なぜ、以前と同じと仰ったのですか」


ざわめきが広がった。使節たちの顔が王を見ている。


「屁理屈を——刺されたのなら刺されたでいい。要人を守るのは王として当然だろう」


「もちろんです。——では、これは」


殿下が袖から布を取り出した。白い布。端が赤紫に変色して、黒く濁って、繊維が縮れている。


「先ほど、父上が私に注がせた酒です。布を浸しました。この変色は特定の毒に対する反応です」


布を掲げた。広間の灯りに照らされて、溶けかけた繊維が見えている。


「この酒には毒が入っていました。私に注がせ、要人に渡させ——翌朝要人が倒れれば、私の犯行に見せかけられる」


王が一歩下がった。


「でたらめだ——」


床に伏せていたカイが動いた。


手が床を押した。身体を起こした。ゆっくりと。血のりが衣服に張りついている。赤い。でも傷がない。


立ち上がった。


正装の襟に手をかけた。引いた。変装が剥がれていく。付け髭。化粧。被っていたものが落ちて——


カイの顔が出た。


王の目が見開いた。


「カイ——」


「お久しぶりです、陛下」


カイの声が広間に響いた。


「七年前。この城の晩餐会で、他国の要人が毒殺されました。そして無実の軍人が罪を着せられた。——私の父です」


広間が静まり返った。食器の音も、息の音も。


「命じたのは陛下です。今夜、同じことが殿下に仕掛けられた。酒に毒を盛り、殿下の手から要人に渡させ、殿下の犯行に見せかける。七年前と同じ手口です」


カイが広間を見回した。使節。文官。武官。全員の目がこちらを向いている。


「そして——要人は無事です」


広間の端の扉が開いた。本物の要人が姿を見せた。ルークが隣にいる。


要人は無傷だった。穏やかな顔で広間を見回している。


王は立っていた。カイの前に。


さっきまで広間を横切って歩いてきた男と同じ人間に見えなかった。あの時は場を仕切っていた。自分の城で、自分の宴で、全てが自分の計画通りに進んでいると信じて。


今は——何もない顔をしている。杯を持つ手が震えていた。


「……でたらめだ」


同じ言葉。声だけが小さくなっていく。


殿下が一歩前に出た。


「父上。弁明がおありでしたら」


王は答えなかった。


広間の全員が王を見ていた。灯りが燭台から揺れて、影が王の足元に伸びていた。


殿下だけが目を伏せた。一瞬だけ。


——殿下。


あの横顔は、父親を詰めている顔じゃなかった。


もう終わったことを知っている顔だった。

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