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【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~  作者: Lihito


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20話:正しい手続き

殿下がユリウスに資料を渡したのは、三日後の夜だった。


殿下の部屋。机の上に書類の束。ユリウスが椅子に深く座って、一枚ずつめくっている。


「すごいな。ここまで揃えたのか」


「まだ裏が取れていないものもある」


「十分だろ。これだけあれば、学園側も無視できない」


殿下が頷いた。ルークは壁にもたれて腕を組んでいる。


私は部屋の隅にいた。


胸がざわつく。あの日からずっと。渡り廊下の角で見た顔が消えない。


でも今のユリウスは普通だ。普通に資料を読んでる。普通に笑ってる。


——光の加減だった、と思いたい。


「俺からも少し動いてみるよ。社交の場で、それとなく」


「無理はするな」


「お前に言われたくないって」


ユリウスが笑った。いつもの笑顔。


——うん。普通。大丈夫。





呼び出しが来たのは、その翌週だった。


殿下宛の封書。学園長室からの正式な召喚状。「学園運営に関する調査活動について、聴取を行う」。


殿下は封を開けて、一度だけ目を閉じた。


「……来たか」


「おい。やばくねえか、これ」


ルークが封書を覗き込んでいる。


「学園長室から直接だぞ。しかも——聴取って」


「調べていたことが、向こうにも伝わったんだろう」


「伝わったって——誰が」


殿下が首を振った。


「今はそれより、聴取の準備だ。調査の経緯を整理する。正当性を示せれば問題ない」


——殿下がそう言う時、だいたい大丈夫じゃないんだけど。





聴取の場所は、講義棟の奥にある大会議室だった。


長い机。椅子。窓のカーテンが半分引かれていて、奥が暗い。


学園長はいなかった。


代わりに座っていたのは——エルド。第一王子。


金髪を後ろに撫でつけた、隙のない顔。制服ではなく正装。白い手袋。背筋が定規みたいに真っ直ぐ。


その隣に、ユリウス。


——は?


なんでそっち側にいるの。


殿下が入口で足を止めた。一瞬だけ。すぐに歩き出して、長机の手前に座った。ルークが後ろに立った。


私は壁際から入った。


机の上を見た。資料がファイルに綴じられている。金具で留められていて、一枚ずつ外せない。ページの端に番号が振ってある。筆記具はエルドの手元にまとめられている。


——なにこれ。触れても抜き取れないじゃん。


「座ってくれ、レクト」


エルドの声。丁寧。殿下を見る目が——教師が生徒を呼び出した時の目。


嫌だ。


「本日は学園長の代理として、私が聴取を行う。学園運営に関する内部資料を、許可なく閲覧・複写した疑いについてだ」


——調べた側が疑われてるんですけど。


「まず確認する。ここに並んでいる資料は——」


エルドが机の上に紙束を広げた。


殿下の字だった。殿下がまとめた調査資料。最後のページの右下に、殿下の署名があった。


——あれ、ユリウスに渡した時、署名なんてしてたっけ。


殿下の目がユリウスの方を動いた。ユリウスは目を伏せている。


「これらの資料は、学園の機密文書に基づいて作成されている。教員人事、成績評定の変更記録、処分審査の議事録——いずれも閲覧許可が必要な文書だ。レクト、お前は閲覧許可を申請したか?」


「……していない」


「していない。つまり無許可で機密文書にアクセスし、それを私的に複写・整理した」


「それは——不正を——」


「不正の有無は、今の論点ではない」


穏やかに遮った。


「今問うているのは、お前の調査方法の正当性だ。目的が正しければ手段は問わないのか? レクト。お前はそういう人間なのか?」


殿下が黙った。


——いや、お前の婚約者の話は?


「次に、資料の内容について確認する」


ない。ないんだ。そっちの話は。


エルドが一枚目をめくった。金具に留めたまま。


「成績評定の変更——七件。教員の名前が記されている。お前はこの教員たちに直接聴取を行ったか?」


「一部には確認を取った」


「一部。では残りは、書類の記載だけを根拠に不正と判断した」


「書類の記載が不自然だったから——」


「不自然かどうかは、お前が判断することではない」


顔が動かない。眉一つ動かない。


「教員には教員の事情がある。成績の修正には正当な理由が存在する場合もある。それを確認せずに、不正と断定した資料を作成した」


一拍。


「これは中傷だ、レクト」


殿下が口を開きかけた。エルドがもうページをめくっていた。


「処分審査の議事録について」


待たない。一個ずつ、同じテンポで、同じ温度で、殿下を削っていく。


「処分審査の議事録は、本来、学園評議会の決裁を経なければ閲覧できない。お前は評議会に申請したか?」


「していない」


「では、どうやって入手した」


殿下が答えない。


「答えられないなら、不正な手段で入手したと判断する」


「……それでも、内容は事実だ」


殿下の声が硬い。


「内容が事実かどうかは、然るべき手続きを経て調査されるべきものだ。お前が個人の判断で行うことではない」


エルドが書類を閉じた。ゆっくり。丁寧に。金具をきちんと留め直した。


「裏付けのない断定を並べた資料を作成し、配布した。これは捏造と呼ばれても仕方のない行為だ」


「まして——その資料を第三者に渡す行為は、情報漏洩にあたる」


殿下の肩が動いた。


ユリウスの方を見た。


「ユリウス——」


「ユリウスに何を求めている?」


エルドが遮った。


「俺に話を持ちかけたのは——」


「話を戻せ、レクト」


「だが——」


「ユリウスは本件の当事者ではない。同席しているのは王族としての立会いだ」


殿下の顎が動いた。歯を食いしばっている。


「処分審査の議事録には、三件の退学処分が記録されている」


何事もなかったみたいに戻った。殿下がユリウスに手を伸ばしたこと自体、なかったことになっている。


「この三件について、お前は『不正な退学処分』と記載しているが——対象の生徒に聴取は行ったか?」


「そのうち一件は、クレア・モレッティだ。彼女の退学の経緯は——」


「経緯は聞いていない。聴取を行ったかと聞いている」


「……行っていない」


「行っていない。退学した生徒に確認も取らず、処分が不正だと断定した」


エルドが首を傾けた。ほんの少し。


「レクト。お前は正義感が強い。それは美徳だ。だが——」


——来た。褒めてからの「だが」。


「正義感だけで動く人間は、自分の正義を疑わない。それは暴走と同じだ」


——それお前のことでは。


殿下の拳が膝の上で白くなっている。


「最後に一つ、伝えておくことがある」


エルドが手袋を直した。人差し指。中指。薬指。一本ずつ。


「ユリウスがお前に接触し、情報を提供し、調査を促したこと。あれは全て、私の指示だ」


殿下の目が開いた。


ルークが壁から背を離した。


「お前の調査内容は、最初から全て把握していた。ユリウスを通じて、逐一報告を受けていた」


エルドの声は変わらない。さっきと同じ温度。


「だが勘違いするな。これは罠ではない。お前が自分で選んだ行動の結果だ。私はただ、見ていただけだ」


——全部仕込んでおいて「見ていただけ」。


殿下がユリウスを見た。


ユリウスが、ようやく顔を上げた。


「——まあ、そういうこと」


軽い。


肩をすくめた。ちょっと困ったみたいな顔。


「悪く思うなよ、レクト。兄上に頼まれたら断れないだろ、普通」


——普通?


パン粥二杯。「また飯作ってくれよ」。「力にはなれないかもしれないけど」。


全部あれで。


「よって、調査結果が出るまでの間、お前を自室待機とする。外出、通信、面会は制限される」


エルドが椅子を引いた。


「異論があれば、然るべき手続きを経て申し立てろ」


殿下が立ち上がった。顔が白い。


何も言わなかった。ルークの方を見て、小さく頷いて、扉に向かった。


ルークがユリウスを睨んだ。拳が白い。


「ルーク」


殿下が振り返らずに呼んだ。


ルークが歯を食いしばって、殿下の後を追った。


扉が閉まった。


エルドがユリウスの方を向いた。


「ご苦労だった」


「いやあ、疲れた。真面目な弟を騙すのって気が引けるね」


気が引ける顔を一ミリもしてなかった。椅子の背にもたれて、伸びをしている。


「それにしても兄上、全部想定通りじゃん」


「想定も何もない。道理に沿って動いただけだ」


「出た出た。道理」


ユリウスが笑った。からかうみたいに。エルドは表情を変えない。


——行かなきゃ。


走った。部屋を出た。廊下を走った。


殿下の部屋の前に衛兵が二人立っていた。知らない顔。


殿下はもう中にいた。扉が閉まっている。


ルークが扉の前にいた。


「面会は許可されておりません」


「俺はレクトの——」


「いかなる人だとしても、全ての面会を制限するよう指示を受けております」


ルークの拳が震えている。


壁は壁。扉は扉。透明でも、抜けられない。


殿下が一人で、あの部屋にいる。


——見てた。あの時。資料を渡す時、胸がざわついてた。


止められなかった。


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