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【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~  作者: Lihito


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18話:祭りの後

学園祭の三日前から、嫌な予感はしていた。


出店の配置表が講義棟の掲示板に貼り出された時。殿下のグループの隣——わざわざ真横に、アリシアの名前があった。


配置は希望制で、人気のある場所は抽選のはず。でもアリシアの枠だけ、後から書き足されたみたいに不自然な位置にある。


——仕掛けてきた。


学園祭の準備が始まると、もう隠す気もないんだなと思った。


アリシアの出店スペースにテントが建った。二つ分の広さ。テーブルクロスが刺繍入り。食器が陶器。花が活けてある。搬入の荷車が三台来て、中から出てきたのは——ローストの塊、チーズの盛り合わせ、果物のタルト、ワインまである。


全部エルドリッジ家から持ち込んでる。


隣で殿下のグループが小さいテーブルに布を敷いていた。看板は手書き。ルークが袖をまくって鍋を磨いている。


並べたら比較になる。豪華と素朴。金と手作り。アリシアの隣に殿下を置くことで「格の違い」を見せつけて、殿下を小さく見せる——それがあの女の狙い。


しかも、アリシアの店が華やかであればあるほど、人はそっちに集まる。殿下の店の前は閑散として、客が来ない王子の惨めな絵ができる。


噂の上に、目に見える「差」を重ねる。


——えげつない。


でも、わかってる。わかってるなら対策できる。





準備日。


ルークが食材を並べていた。パン、野菜、芋、乾燥肉。全部安い。でも量はある。


「何を作るんだ?」


殿下が聞いた。


「パン粥とシチュー」


「……作れるのか」


「うちは貧乏な騎士の家だぞ。裕福ではねえから、これくらいみんなできる」


ルークの手つきが妙に手慣れていた。野菜を刻む速さが生活感に溢れている。皮を剥く、刻む、鍋に放り込む。一切の迷いがない。


トビアスが横で芋の皮を剥いている。遅い。三個目で指を切った。


「いっ——」


「大丈夫か」


殿下がすぐ振り返った。トビアスの指を見て、布を巻いてやっている。


「す、すみません……」


「気にするな。芋はルークに任せろ」


「おい、俺の仕事増やすな」


ルークが文句を言いながら、芋を引き取った。殿下が薪を足している。火の番だけはやたら正確。


——この人たち、良いな。


私は見えないところで手伝っていた。棚の上の鍋を下ろしたり、足りなくなった薪を積み足したり。誰にも見えないからやり放題。


水桶が空になっていたのを井戸から汲んで置いておいた。布巾が落ちていたのを棚に戻した。木べらが行方不明になっていたのをテーブルの下から見つけて、さりげなくルークの手元に置いた。


ルークが振り返った。


「……あれ、木べらここにあったっけ」


「気のせいだろう」


殿下が即答した。


——気のせいです。





学園祭当日。朝。


中庭が変わっていた。テントが並んで、のぼりが立って、食堂の前には長テーブルが出されている。人が多い。在校生だけじゃなくて、関係者や卒業生の姿もある。


アリシアの店が開いた。


——うわ。


朝からこれか。ローストの匂いが中庭中に漂っている。テントの入口に花のアーチまで作ってある。中にはアリシアが立っていた。淡い色のドレスに近い装い。制服じゃない。髪を巻いて、扇を持って、にこやかに客を迎えている。


学園祭じゃない。晩餐会の入口。


列ができている。通りかかった生徒が吸い寄せられていく。匂いと見た目に。


殿下の店は——


「いらっしゃい。パン粥とシチュー、どっちにする」


ルークが鍋の前に立っている。湯気が上がっている。看板は手書き。テーブルは小さい。


客は——ぽつぽつ。隣のアリシアの店に流れていく生徒を、ルークが「あっち高えぞー」と声をかけて引き留めようとしている。


「安くて美味いぞ!」


「……パン粥か」


「騙されたと思って食ってみろ」


渋々座った男子生徒がスプーンを口に運んで——


「……うま」


「だろ」


「え、これ本当にパン粥? なんか出汁が——」


「乾燥肉を前の晩から煮込んでんだよ。騎士の知恵だ」


客が増え始めた。一人食べると、もう一人連れてくる。「あそこ安くてうまい」が回り始めている。


でもまだアリシアの店の方が圧倒的に多い。見た目が違いすぎる。





昼前。


アリシアの店の厨房裏に回った。


調理担当の生徒が二人。表の対応に出ている。今は誰もいない。


テーブルの上に調味料が並んでいる。塩、砂糖、香辛料。全部上等な瓶に入っている。


——殿下のためだから。仕方ない。


塩と砂糖の瓶を手に取った。蓋を開けて——中身を入れ替えた。


それから棚の奥を見た。見たことのない香辛料がある。赤い粉。蓋を開けたら鼻の奥がツンと痛くなった。


……ちょっとだけ。ちょっとだけだから。


シチューの鍋に、ひとさじ。


いや、もうひとさじ。


——ここまでやっといてちょっとだけは嘘だろ、自分。


タルトの砂糖が塩に変わっている。ローストのソースにも赤い粉をひと振り。チーズの盛り合わせは——さすがにそのまま。チーズに罪はない。


厨房を出た。心臓がうるさい。でも口元が緩んでいる。


——殿下のため。殿下のため。殿下のためです。


楽しんでるだろって言われたら否定できない。





午後。


アリシアの店から出てきた客の顔が、軒並みおかしい。


「……なんか、しょっぱいのに甘い?」


「タルトが塩味なんだけど」


「シチューは……辛いのか甘いのかわかんない。なんか不思議な味」


一人だけ「これ逆にクセになるかも」と言いながら二杯目を取りに行った生徒がいた。


——美味しいの? あの赤い粉そういう感じなの?


まあいい。大勢は顔を歪めて——隣の殿下の店に流れていく。


「安い方にしよう……」


「パン粥うめえって聞いた」


「つーか隣の店、味おかしくない? あの値段であれはないわ」


殿下の店が忙しくなった。ルークが鍋をかき混ぜながら「おかわり!」の声に応えている。トビアスが空の器を回収して走り回っている。転びそうになって踏みとどまった。偉い。成長してる。


殿下が淡々と配膳を続けている。一杯ずつ同じ量。こういうところが真面目。


客が途切れない。一時間前まで閑散としていた小さなテーブルに、列ができている。


アリシアの店には——もう誰も並んでいなかった。


通りすがりの生徒が二人、アリシアの店と殿下の店を見比べていた。


「なんかさ、噂で怖い人だと思ってたけど」


「全然違うじゃん。普通に優しそう」


「パン粥おかわりしていい? って聞いたら笑ってくれた」


——でしょ。


でしょ。あの人はそういう人なんだよ。最初からそうだったんだよ。噂なんか嘘に決まってる。だってずっと見てたから。壁際から。毎日。


……この主張を声に出すとまた不審者になるので黙っておく。


殿下の横でルークが笑っている。トビアスが新しい器を並べている。客が「ごちそうさま」と声をかけていく。殿下が「ありがとう」と返す。


私はその少し後ろで、使い終わった器を棚に戻したり、落ちた布巾を拾ったりしていた。


ルークがまた振り返った。


「器が勝手に片付いてんだけど」


「気のせいだ」


殿下が三度目の即答をした。ルークが怪訝な顔をしている。殿下の口元が少しだけ緩んでいた。


——殿下、気づいてる? 気づいてないよね。気のせいって言ったもんね。


言ったけど、その顔は気のせいだと思ってない顔だよね。


……まあいい。今はいい。


この景色が好きだ。殿下のそばで一緒に頑張ってる人たちの姿。私はその輪には入れないけど。


殿下の隣で、器を渡して、「はい次」って言いたい。声を出して、笑い合いたい。


言えないけど。今は——この場所から見ているだけで。





夕方。投票結果が出た。


一位は薬草学のクラスが出したハーブティーの店。


殿下のグループは三位。


アリシアの店は圏外。


「三位か。悪くないな」


「原価考えたら実質一位だろ」


ルークが腕を組んで胸を張っている。殿下が横で小さく笑った。


「美味しかったです!」


客だった女生徒が片付け中のテーブルに駆けてきた。殿下が「ありがとう」と返した。嬉しそうだった。照れてはいない。でも、嬉しそうだった。


トビアスが空のテーブルを拭きながら泣いていた。嬉しい方の涙。


——よかった。


視線を横に向けた。


アリシアの店。客がいなくなったテント。刺繍入りのテーブルクロスの上に、手つかずのローストが残っている。花はまだ綺麗に咲いている。食器も陶器も、朝と同じ位置に並んでいる。


豪華なまま、誰もいない。


アリシアはテントの奥に立っていた。扇を持ったまま、何も扇いでいない。取り巻きの姿はなかった。





片付けが終わった頃。


殿下が人気のない場所に出た。中庭の裏手。木の下。


「——レクト」


声が聞こえた。


殿下の足が止まった。私の足も止まった。


木の陰から、人が出てきた。


カイだった。


制服ではない。外套を羽織っている。学園祭の雑踏に紛れていたのか。でもあの姿勢、あの足音は間違えない。


殿下の目が細くなった。


「……カイ」


「お久しぶりです」


声のトーンが変わらない。辞める前と同じ。丁寧で、正確で、感情の所在がわからない。


「学園祭を見に来たのか」


「まさか。——最近、殿下がずいぶんご活躍されているようなので。少し気になりまして」


殿下が黙った。カイが一歩近づいた。


「噂も色々流れていたようですが、私がやるなら、あんな生ぬるくはやりませんよ」


「……それは脅しか」


「事実です。——アリシア様がもし協力を求めてくださってたなら、証言くらいはしてもよかったんですが。私ならあの退学させられた生徒と違って、台本がなくともすらすら話せますし」


殿下の表情が動いた。わずかに。


——審問のことを知ってる。


学園の外にいるのに。クレアの台本のことまで。


カイの視線が殿下から離れた。周囲をすっと見回した。


一瞬だけ——私のいる方向で、止まった。


背筋が凍った。


見えるわけがない。誰にも見えない。見えないのに——あの目は、何かを確かめようとしていた。


カイは何も言わなかった。視線はすぐに殿下に戻った。


「——それでは。お元気で」


外套の裾を翻して、雑踏の中に消えていった。


殿下が木の幹に手をついた。しばらく動かなかった。


私も動けなかった。





——アリシア視点——



夜。


中庭の喧騒が遠くなっていく。片付けの音。笑い声。学園祭が終わっていく。


渡り廊下を歩いていた。


一人。取り巻きはいない。ヒールの音だけが廊下に響いている。


足が速い。いつもの余裕のある歩幅じゃない。


東棟。第一王子の居室がある方角。


角を曲がった。その先にある扉の前で足を止めた。


ノックした。二回。


扉が開いた。


「——殿下」


声が震えていた。


「殿下、あの第三王子が——」


扉が閉まった。

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