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【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~  作者: Lihito


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17話:審問

審問の日が来た。


教員棟の小会議室。長テーブルが並んで、教官席が奥にある。生徒席には殿下とルーク。あとは教官が三人と、書記の生徒が一人。


——この部屋、嫌いだな。


別に私がここで何かされたわけじゃない。でも、この空気は知ってる。壇上に立たされて、言葉を並べられて、反論させてもらえない空気。入学式の断罪と同じ匂いがする。


殿下は席についている。表情が読めない。ルークが隣で腕を組んでいる。こっちはわかりやすく不機嫌。


審問の内容は「第三王子レクト及びその関係者による圧力行為、並びに生徒の退学に関する申し立てについて」。


——退学に関する。


クレアの退学を、殿下のせいにするつもりだ。アリシアが自分でやったことを。


ふざけんな。


でも、今はまだ動かない。





三十分前。


控室にいた。


小会議室の隣の小部屋。机と椅子が四つ。扉は一つ。


アリシアがクレアと向かい合って立っていた。取り巻きのエマが扉の前に立っている。見張り。もう一人のリリアナも部屋の中にいた。


私は部屋の隅。壁に背をつけて、息を殺している。


——ここしかなかった。アリシアが台本を渡すなら、直前のこの場所しかない。


事前に台本を盗んでも意味がない。また作られるだけ。だから直前まで待った。渡す瞬間を狙って、取る。


アリシアが鞄から紙を出した。二枚。折り目がきっちりついている。


「これを読みなさい。一字一句、そのまま。余計なことは言わなくていいの」


クレアが受け取った。手が震えている。


「……これを読めば、復学——」


「約束したでしょう?」


笑っている。優しい声。優しい声が、一番怖い。


クレアが紙に目を落とした。読んでいる。顔色がどんどん悪くなっていく。


「——あの、これは」


「何?」


「第三王子殿下とその取り巻きに圧力をかけられて退学させられた、って……私の退学はそういうことじゃ——」


「あなたが何を知ってるかなんて関係ないわ。読むだけ。考えなくていいの」


クレアが唇を噛んだ。紙を持つ指が白くなっている。


アリシアがクレアの肩を軽く叩いた。


「大丈夫。すぐ終わるから。終わったら復学の手続きに入るわ」


そう言って、机に鞄を置いた。鞄から別の書類を出して確認している。クレアは紙を読み返している。エマは扉の前。リリアナは窓際。


——今だ。


クレアが紙から目を上げた瞬間。アリシアが鞄に目を落とした瞬間。


二歩。机の横。クレアの手元。


指先で紙の端をつまんだ。二枚。するりと抜いた。


クレアの指が空を握った。


「——え?」


自分の手を見た。紙がない。さっきまで持っていた紙が。


「あ、あの——」


「何してるの?」


アリシアが顔を上げた。


「台本が——今、手から——」


「は?」


クレアが足元を見た。椅子の下を見た。机の上を見た。


ない。どこにもない。


——ごめんね。ここにあるよ。私の手の中。


紙は私が触れた瞬間に消えている。見えなくなっている。探しても見つかるわけがない。


「落としたの?」


「落としてません——持ってたのに、急に——」


アリシアの目が冷えた。


「探しなさい」


「は、はい——」


クレアが膝をついて床を探し始めた。エマとリリアナも動いた。机の下。椅子の下。窓際の棚の裏。


四人が部屋の中を動き回っている。


——やばい。


狭い。この部屋、狭い。四人が動き回ると、隅に立ってるだけじゃ避けきれない。


エマが私の左を通り過ぎた。肩が触れるか触れないか。


息を止めた。壁に張りつく。


リリアナが窓際から振り返って、まっすぐこっちに——


横にずれた。椅子の背に腰がぶつかった。


かたん。


「……今の音、何?」


リリアナが首を傾げた。


——お願い。気にしないで。


「椅子でしょ。いいから探して」


アリシアの声。助かった。


クレアが机の裏側に手を伸ばした。私の足の横。指先が靴に触れる寸前——


足を引いた。ぎりぎり。本当にぎりぎり。


心臓がうるさすぎる。透明の身体に心臓の音だけが響いてる。聞こえたら終わりだ。


アリシアが舌打ちした。


「——もういいわ。時間がない」


紙が見つからないまま、五分が過ぎていた。


「クレア。大筋は覚えてるわね?」


「え——あ、あの、大筋って——」


「殿下とその取り巻きに圧力をかけられた。それが原因で退学させられた。そのまま言えばいいの。細かいことは聞かれたら適当に合わせなさい」


クレアの顔が真っ白になった。台本があれば読むだけでよかった。でも自分の言葉で、あの審問の場で——


「……わ、わかりました」


「よろしい。行きなさい」


クレアが出ていった。エマとリリアナが扉の前に残った。


アリシアは部屋に残っている。椅子に座って、扇を開いた。


——出られない。


扉の前にエマ。部屋の中にアリシア。私はこの部屋に閉じ込められたまま。


台本は取った。でもここから出て、審問の場に行けない。


……大丈夫。大丈夫なはず。台本がなければ、クレアは自分の言葉で話すしかない。嘘を自分の言葉で組み立てるのは、読み上げるのとは全然違う。


——頑張れ、クレア。嘘なんかつかなくていい。





審問が始まった音が、壁越しに聞こえた。


教官の声。殿下の名前。申し立ての内容。


それから——クレアの声。


小さい。震えている。壁越しでもわかる。


「えっと……第三王子殿下と、その……お付きの方に、圧力をかけられて……退学を余儀なく……」


止まった。長い沈黙。


「具体的にはどのような圧力を?」


教官の声。


「具体的には……あの、殿下が……いえ、その——お付きの方が怖くて……」


また止まった。


——何を言えばいいかわからないんだ。台本がないから。「圧力」の中身も「退学の経緯」の細部も、自分の言葉じゃ出てこない。だって嘘だから。


壁に耳を押しつけた。アリシアはソファで扇を扇いでいる。表情が見えない。扇の向こう側。


ルークの声がした。


「お付きって、俺のこと?」


「あ——は、はい……」


「いつ? どこで? 何した?」


「それは——あの——」


「退学させられたって言うけど、おれ処分に関わる権限なんかねえよ。平民みたいなもんだし。退学させるって、誰がどうやって?」


クレアが黙った。


——ルーク。ありがとう。


ルークは怒ってない。淡々としてる。事実を聞いてるだけ。でもそれが一番きつい。嘘は「いつ」「どこで」「誰が」「どうやって」に耐えられない。


沈黙が長くなった。


それから——椅子を引く音がした。


殿下の声。


「少し、いいだろうか」


教官が何か返した。殿下が立ち上がった気配。


「——君に聞きたい」


クレアに話しかけている。


「本当に私が、お前を退学に追い込んだという主張のままでいいのか」


静かな声。責めてない。追い詰めてない。


「今なら許す。事情があるなら、聞く」


——。


息が止まった。


今なら許す。事情があるなら、聞く。


知ってる。この言葉。この言葉が欲しかった。


入学式の壇上。私が立たされた時。誰も言ってくれなかった。「事情があるなら聞く」なんて、誰も。


殿下も——あの時の殿下は、まだそれを言える人じゃなかった。壇上の隅で、拳を握って、黙って見ていることしかできなかった。


それが今、同じような場で、別の女の子に向かって言っている。


あの時から、この人はここまで来たんだ。


目が熱くなった。透明の目から涙が落ちたら——見えるのかな。見えないかな。わからない。試したくない。


壁の向こうで、クレアが泣き出した。


「——ごめんなさい」


嗚咽。椅子が軋む音。


「台本を……渡されて……これを読めば復学させてもらえるって……」


「誰に」


「アリシア……アリシア・エルドリッジ様に……」


控室の空気が変わった。


アリシアが扇を閉じた。ぱたん、と。音が硬い。


立ち上がった。扉に向かう。エマが道を空けた。


ヒールの音が廊下に出ていった。遠ざかっていく。走ってはいない。早足でもない。いつもと同じ速度。


——扉が開いた。


今だ。


エマとリリアナがアリシアの背を見送っている隙に、扉の隙間から廊下に出た。誰にもぶつからなかった。


廊下の冷たい空気が顔に当たった。


手の中の台本がまだある。透明な紙。二枚。折り目がきっちりついている。


小会議室の扉の前まで歩いた。中から、クレアの泣き声がまだ聞こえている。教官が何か声をかけている。殿下は黙っている。


——殿下。


あなたが言った「今なら許す」は、私に向けられた言葉じゃない。わかってる。


でも——嬉しかった。あの時の壇上に、この言葉があったらよかったなって。


それを今、別の女の子に言えるあなたが——嬉しくて、ちょっとだけ悔しい。


台本を握りしめた。透明な手が、透明な紙を。





——アリシア視点——



渡り廊下。夕陽が見えるの中、一人で歩いていた。


ヒールの音が規則正しい。乱れていない。何も乱れていない。


——使えない子。


クレアもそう。エマもリリアナも。誰も彼も、簡単なことができない。紙を読むだけ。それだけのことが、なぜできないの。


紙をなくした? そんなの知らない。なくしたのはあの子でしょう。管理ができないのはあの子の問題。


殿下に「事情があるなら聞く」なんて言われて泣き出した? 弱いだけ。そんな子を選んだのは確かに失敗だった。でも、材料があれだけしかなかったんだから仕方がない。


運が悪かっただけ。方法が悪かったわけじゃない。


渡り廊下の窓から、中庭が見えた。学園祭の準備が始まっている。テントの骨組み。花壇の手入れ。講堂の飾りつけ。


足が止まった。


——学園祭。


噂なんて回りくどいことをするから失敗する。人を使うから失敗する。


なら、次は自分でやればいい。


学園祭のステージ。全校生徒が見ている場。あの舞台なら、私が一番輝ける。エルドリッジ家の令嬢として、第一王子の婚約者として。誰よりも美しく、誰よりも正しく立てる場所。


あの舞台で殿下を隣に立たせればいい。私の隣に立つことが、あの人にとって最善だと——みんなの前で証明すればいい。


扇を開いた。夕陽が金の髪を染めている。


「——今度は、私の土俵でやらせてもらうわ」

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