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【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~  作者: Lihito


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11話:作戦会議と裏切りの影

殿下の部屋。夜。


机の上に、監察院からの返書が置いてある。『調査の結果、不正は認められませんでした』——あの一文。殿下はもう読み返していない。


ルークが壁にもたれて腕を組んでいる。殿下は椅子に座って、白紙の羊皮紙の上にペンを置いたまま動かない。


「で、どうすんだよ。レクト」


「考えている」


「考えてる間にハイデンが証拠消すぞ」


「消したところで商会の証言は残る。——問題はそこじゃない」


殿下がペンを取り上げた。羊皮紙の上に、二つの丸を描いた。


「ハイデンを直接潰しても意味がない。監察院が握り潰した。つまり監察院自体が腐っている」


「……は?」


「ハイデンの不正を見逃したのは、監察院トップの判断だ。証拠が不十分だったからじゃない。見逃す理由があったから見逃した」


ルークの表情が変わった。


「じゃあ、監察院ごと——」


「潰す」


殿下の声は静かだった。でもあの夜の「わからない」の声とは違う。答えを見つけた人の声。


「作戦がある。聞いてくれ」


——殿下。立ち直るの早いな。いや、立ち直ったんじゃなくて、「わからない」の間にずっと考えてたんだ。あの沈黙の時間、全部これに使ってた。


殿下がペンを走らせた。


「二段構えでいく」





「第一段。餌だ」


殿下が羊皮紙に矢印を引いた。


「商会の協力者に、監察院へ訴えを出してもらう。——『第三王子に脅迫された』と」


「……は? 自分を売るのかよ」


「私が商会に接触して『自分の名にかけて守る』と言ったのは事実だ。それを歪めて『王族の立場を利用して商会を脅迫し、講師を陥れるための偽証を強要した』という訴えにする」


ルークが眉をひそめた。


「わざと自分に嫌疑をかけさせるってことか」


「監察院のトップは、普段なら面倒な案件はスルーする。だが相手が私なら別だ。第三王子を潰せる機会。私怨で自ら乗り出してくる」


殿下の目が鋭くなった。


「トップが自ら動けば、必ずボロが出る。私は否定証拠を提出する。トップはそれを改竄しようとする。——自分の手で。私怨だから部下には任せられない」


「改竄した証拠を押さえるってことか」


「そう。ただし、これだけだと改竄を証明するのに時間がかかる。だから——」


殿下が二つ目の丸に矢印を引いた。


「第二段。本命」


「本命?」


「ヴェルナー・クラウス」


ルークの表情が固まった。


「……クラウスを使うのか」


「クラウスはハイデンの横流しを直接やらされていた当事者だ。あいつが公の場で『ハイデンの指示で動いていた』と証言すれば、ハイデン単独の処分で終わらせた監察院の判断が問われる」


「第一段でトップの注意を引きつけておいて、第二段で別の場所から火をつけるってことか」


「そうだ。二箇所同時に火が出れば、トップは対処しきれない。第一段で自ら手を汚している最中に、第二段でハイデンの不正の全容が暴かれる」


殿下がペンを置いた。


「役割分担。私が第一段の表舞台に立つ。盾になって、トップの注意を引きつける」


「俺は?」


「お前がクラウスを説得して、公の場に引っ張り出す。第二段の実行だ」


ルークが黙った。腕を組み直した。


「……クラウスが引き受けるかわかんねえぞ。あいつ、自分が可愛いだけの奴だ」


「だから、お前が行く。クラウスにとってお前は——少なくとも、話を聞く相手ではある」


——殿下、うまい。ルークとヴェルナーの関係を使う。ルークが行けば、最低限の対話にはなる。


ルークが天井を見上げた。しばらく黙って、それから口を開いた。


「わかった。やってみる」


「頼む」


「——一個だけ聞いていいか」


「何だ」


「商会の訴え。嘘の訴えを出させて、後で『間違いでした』って引くんだろ? その商会の人たち、大丈夫なのか。報復されないか」


殿下が少しだけ目を見開いた。——意外だったんだ。ルークがそこを気にしたのが。


「守る。必ず」


「……そういうとこだよ、あんた」


「何がだ」


「なんでもない」


——ルーク、ちょっと見直した。脳筋に見えて、巻き込まれる人間のことを考えてる。





翌日。ルークがヴェルナーの謹慎部屋に向かった。ついていく。


扉を叩く。前回より返事が早かった。


「入れ」


部屋は前より少し片づいていた。カーテンが半分だけ開いている。ヴェルナーは椅子に座って、窓の外を見ていた。


「また来たのか」


「話がある」


ルークが作戦を説明した。——全部は言わない。殿下からそう指示されている。ヴェルナーに伝えるのは「公の場でハイデンの件を証言してくれ」というところだけ。二段構えの全体像は伏せる。


ヴェルナーは黙って聞いていた。指で膝を叩いている。


「……ハイデンの指示で動いてたって、公の場で言えってことか」


「そうだ。お前が証言すれば、ハイデンの処分を見送った監察院の判断も問われる」


「俺に何の得がある」


ヴェルナーの声が冷えた。


「証言して、それで? 俺の処分が消えるわけでもない。むしろ自分の不正を公に認めることになる」


「ハイデンを道連れにできる」


ルークの声がまっすぐだった。


ヴェルナーの指が止まった。目が光った。——打算。計算。自分を使い潰したハイデンへの恨み。


「……道連れ、か」


しばらく黙って、ヴェルナーが笑った。薄い笑い。


「いいだろう。やってやるよ」


忠誠心はゼロ。でも恨みはある。それで十分。


ルークが「ありがとう」と言った。ヴェルナーは目を逸らした。





ルークが帰った後。


私はヴェルナーの部屋の前で迷った。


殿下のところに戻るべきだ。報告はないけど、殿下の近くにいたい。


——でも、こいつの顔が引っかかる。


ルークに「やってやるよ」と言った時のヴェルナーの目。承諾の目じゃなかった。もっと複雑な、何かを計算している目。


前世の直感がまた騒いでいる。請求書を水増ししてた取引先の時と同じ感覚。あの時も、相手は「わかりました」と言いながら全然わかっていなかった。


——張ろう。


殿下には申し訳ないけど、今夜はここにいる。





深夜。


ヴェルナーが部屋から出てきた。


寝巻きの上に外套を羽織っている。きょろきょろと廊下を見回してから、足早に歩き出した。


——やっぱり。こいつ、何する気だ。


つけた。ヴェルナーは古い寮棟の階段を降りて、本館の方に向かっている。行き先はわからない。でもロクなことじゃない。あの目で深夜に動き出す人間が、良いことをしに行くわけがない。


させるわけにはいかない。


ヴェルナーが本館の渡り廊下に差しかかった。


先回りした。渡り廊下の先の扉。鍵がかかっていない。——かける。ポケットに入れておいた管理人室の予備鍵で施錠した。


ヴェルナーが扉に辿り着いた。ノブを回す。動かない。


「……なんだ? 鍵がかかってる?」


舌打ち。引き返す。別のルートを探し始めた。


次の通路。ヴェルナーが角を曲がろうとした時、反対側から足音が聞こえた。夜間巡回の教官。


ヴェルナーが慌てて壁の影に隠れた。教官が通り過ぎるのを待つ。その間に、次の扉も閉めておく。


三度目。ヴェルナーが教員棟の裏口に回った。


足音。今度は生徒。夜中にトイレに起きたらしい下級生が、ふらふらと廊下を歩いてくる。


ヴェルナーが足を止めた。見つかれば「謹慎中の生徒が深夜に徘徊していた」と報告される。


下級生が通り過ぎるまで、壁に張りついて待っている。


その間に、裏口の鍵も閉めた。


ヴェルナーが裏口に着いた時、また鍵がかかっていた。


「——なんなんだ、今夜は」


苛立ちが声に出ている。拳で壁を叩いた。鈍い音。


三度試して、三度阻まれた。ヴェルナーは自分の部屋に戻っていった。


——よし。今夜は防いだ。


ヴェルナーの部屋の扉が閉まる。私は廊下の壁にもたれて、息をついた。


……防いだけど、止めたわけじゃない。


あいつの目。部屋に戻る直前、舌打ちしながら振り返った時の横顔。「今夜はダメだった」の顔であって、「やめよう」の顔じゃなかった。


出かけることは諦めた。でも、目的を諦めたわけじゃない。


部屋に戻ったヴェルナーが、机に向かっているのが扉の隙間から見えた。


——念のため、もう少しだけ残った。





殿下のもとに戻った。部屋に入る。殿下はもう寝台にいた。規則正しい寝息。明日に備えて眠っている。正しい判断。正しい人。


窓の外が白み始めていた。


明日、監察院との勝負が始まる。

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