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【完結】断罪された悪役令嬢は存在ごと消されました ~見えません、聞こえません、でも殿下の毒杯くらいは弾けます~  作者: Lihito


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10話:握り潰し

殿下が倉庫の角から姿を現した時、三人の視線がぶつかった。


ルーク。ハイデン。殿下。


倉庫の扉が開いたまま。中から蝋燭の残り香が漂っている。商人はもういない。裏口から逃げたらしい。


「王子がなんで……?」


ハイデンの声に動揺が混じった。一瞬だけ。すぐに取り繕う。


「これはこれは、殿下までこんな場所に。何かご用件でしょうか」


「散歩の途中で声が聞こえた。——ハイデン教官、この時間に倉庫で何を?」


殿下の声は穏やかだった。でも視線が倉庫の中を一度だけ走った。机。帳簿の跡。蝋の垂れた燭台。


「備品の確認ですよ。次学期の納品計画を立てておりまして」


「一人で?」


「ええ。一人で」


商人がいた痕跡——革靴の足跡が砂地に残っている。殿下はそれを見ているはずだけど、今は追及しない。


「そうか。——それと、ハイデン教官」


殿下がルークの方を見た。


「この生徒に何か問題が?」


ハイデンの目が細くなった。


「いえ。転入生が少し道に迷っていたようでしたので、声をかけたところです」


嘘。でも殿下が王子として立っている以上、ハイデンも講師の体面を崩せない。ルークに手を出せなくなった。


ルークが口を開きかけた。——まだ何か言うつもりだ。


殿下がルークの肩に手を置いた。軽く。でも力がある。


「行くぞ」


「……っ」


ルークが何か言いたそうな顔で殿下を見た。殿下は目だけで「今じゃない」と伝えている。


二人が倉庫区画を離れていく。私も後を追った。ハイデンがその背中を見送っている。眼鏡の奥の目が、冷たく光っていた。





教員棟から離れた回廊で、ルークが足を止めた。


「なんで止めたんだよ」


「講師の立場で生徒を黙らせるのは簡単だ。あのまま続けたら、お前が処分される」


「わかってる。わかってるけど——」


「わかってるなら黙れ」


殿下の声が硬かった。ルークが目を丸くした。——殿下がこの口調になるの、珍しい。


「……あいつは黒だ。倉庫の中に商人がいた。金の受け渡しをしていた」


ルークの声が少し落ちた。


「知ってんのか」


「声が聞こえた。それに——」


殿下が一拍置いた。


「お前がヴェルナーからハイデンの名前を聞いたように、私も別の経路で同じ名前に辿り着いている」


ルークが殿下の顔を見た。しばらく黙って。


「……あんた、思ったより動いてんだな」


「思ったよりは余計だ」


——なんだろう、この空気。仲間じゃないのに、同じ方を向いてる感じ。


ルークが頭を掻いた。


「で、どうすんだよ。あいつを放っとくのか」


「放っておかない。だが証拠がいる。帳簿上は全て合法に見えるように作ってある」


「じゃあ証拠を掴めばいいんだろ。あいつの執務室に忍び込んで——」


「お前がやるのか?」


殿下がルークを見た。


「……俺がやる」


即答。迷いがない。考えてもない。


殿下が小さく息を吐いた。呆れとも感心ともつかない顔。


「私は商会に当たる。ハイデンに搾取されてきた商人たちの証言を取る。物証と証言、両方揃えてから正規の手続きで潰す」


「正規の手続きって?」


「監察院だ。王立監察院に証拠を提出して、正式に裁かせる」


ルークが不満そうな顔をした。


「回りくどくねえか」


「回りくどいのが一番確実だ」


——殿下の方が正しい。でもルークの気持ちもわかる。今すぐ殴りに行きたい気持ちと、正しい手順を踏まなきゃいけない理性の間で揺れてる顔。前世で理不尽なクレーム対応させられた時の私と同じ顔してる。





翌日から、ルークが動き始めた。


私はルークについていった。殿下は商会に行くと言っていた。殿下の方が安全だし、殿下を見ていたい気持ちはある。でも——こっちの方が危なっかしい。放っておけない。


ルークはまず教員棟のハイデンの執務室に向かった。


「授業中だから今は空のはずだ」


——そこまでは考えてるんだ。えらいえらい。


廊下を歩く。教員棟の二階。ハイデンの部屋の前。ルークが扉のノブに手をかけた。


鍵がかかっている。


「……チッ」


ルークが周囲を見回した。窓。隣の部屋。天井の通気口。


——通気口を見るな。お前の体格で入れるわけないでしょ。


ルークが通気口を諦めて(よかった)、隣の空き教室に入った。窓を開けて外を覗く。


「外の窓から回れるか……?」


二階の窓の外。壁に沿って細い縁石がある。ルークが足をかけた。


——え。本気?


本気だった。二階の窓の外を、壁の縁石に足を乗せて横歩きしている。風が吹いてる。髪が乱れてる。下を見たら中庭の石畳。


私は空き教室の窓から見ていることしかできない。心臓がうるさい。聞こえないけど。


ルークがハイデンの執務室の窓に辿り着いた。窓の鍵——かかっている。


「……マジか」


壁の縁石の上で、二階の高さで、途方に暮れている。


——あの窓、内側の留め金を回すだけだ。


ハイデンの執務室の窓。留め金の隙間に指が入る程度の遊びがある。


空き教室から出て、廊下を走った。足音は聞こえない。ハイデンの執務室の前。扉の隙間から——ダメだ、鍵がかかってる。


扉の下。わずかな隙間。指は入らない。


鍵。鍵はどこだ。——教官室の鍵は管理人室に予備がある。薬品庫に忍び込んだ時と同じ。走った。管理人室。予備の鍵の束。ハイデンの部屋番号のタグを探す。あった。


戻った。鍵を開けた。中に入って、窓の留め金を回した。


窓の外でルークが目を丸くしている。


「……開いた? なんで?」


風で留め金が緩んだとでも思ったのか、深く考えずに窓から入ってきた。


——お前のためにどれだけ走ったかわかってんの。わかってないよね。一生わかんないよね。


ルークが執務室の中を物色し始めた。机の引き出し。書棚。鞄——ない。鞄は持ち歩いてる。


引き出しの奥から、封書が数通出てきた。ルークが開けて読んでいる。


「……クラウスへの指示書。『入荷量の三割を別口で確保せよ』——これだ」


物証。ハイデンの筆跡で、ヴェルナーに横流しを指示している文書。


ルークが封書を懐に入れた。窓から出る。


「鍵、閉まってたのに窓が開いたんだよな……」


まだ気にしてる。でもすぐ忘れた。物証を手に入れた高揚で、考えることを放棄している。


——この子、生き延びてるのが不思議なくらい警戒心がない。





——王都、南区の商業通り——


レクト殿下が訪ねたのは、学園への薬草納入を担ってきた老舗のゲルニカ商会だった。


応接間。商会の主人は五十代の男で、殿下の顔を見た瞬間に顔色を変えた。


「殿下、どうかお引き取りを。うちはハイデン先生とは何も——」


「嘘はいい。私はあなたたちが搾取されてきたことを知っている」


商会の主人が黙った。


「証言してほしい。ハイデンがどのように利権を独占し、あなたたちから手数料を取り立ててきたか」


「無理です。あの方に逆らえば——」


「私の名にかけて守る」


主人が殿下を見た。若い王子の目を。


「……なぜ、そこまでなさるのですか」


殿下が少しだけ間を置いた。


「神託を聞いた以来、見て見ぬふりができなくなってな」


主人の目が揺れた。しばらく殿下の顔を見つめて、それから深く頭を下げた。


「……お力添えいたします」





数日後。殿下の部屋。


殿下とルークが向かい合っていた。机の上にルークが掴んだ指示書と、殿下が取り付けた商会の証言書。


「物証と証言、揃った。——これで監察院に出す」


殿下が二つを並べた。


ルークが腕を組んでいる。


「あのさ、俺はやっぱ直接あいつんとこ行った方が——」


「行ってどうする」


「殴る」


「却下だ」


——知ってた。


「……わかったよ、レクト」


殿下のペンが一瞬止まった。すぐに動き出す。何も言わなかった。


「正規の手続きで出す。証拠は十分ある。監察院が動けば、ハイデンは終わりだ」


ルークが不満そうに鼻を鳴らした。でも反論はしなかった。証拠が揃っていることは、こいつにもわかっている。


殿下が封筒に書類をまとめた。封蝋を押す。


「明日、提出する」


——やっと。正しいことを正しい手順でやって、正しく裁かれる。そういう話のはずだ。





一週間後。


殿下の部屋に、監察院からの返書が届いた。


殿下が封を切った。目が文面を追う。


表情が消えた。


紙を持つ手が、わずかに震えた。


「……レクト?」


ルークが覗き込む。


殿下が返書を机の上に置いた。


「『調査の結果、不正は認められませんでした』」


——正しいことをして、負けた。

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