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貴方がいなくても平気です

 青く晴れ渡った空を仰ぐ。土地柄か最近は晴れが続いている。今日も陽が強く、夏ほどではないけれど少し暑い。眩しい太陽を視界へ入れないようにする。


「ミア皇女殿下。おはようございます」


 ライアン王子が馬車へエスコートしてくれた。眩しいお顔を視界へ入れないようにする。昨日の晩餐会でも色々と試したけれど、結局彼を見ないのが一番心臓に優しかった。


 王国に着いたとはいえ、王都までまだ先は長い。そして婚約披露までは1週間と少し。今日も今日とて馬車に揺られる一日となる。

 昨日までと違うのは、ライアン王子が同行する事だ。一つの馬車に私とライアン王子、それぞれの護衛が乗るので、マリーは乗れなくなった。

 さようなら、お説教とお勉強の堅苦しい時間。こんにちは、男三人に囲まれる狭苦しい車内。


 馬車が王都へ続く街道を走り出す。向かいに座るライアン王子が話しかけてくれた。


「昨日お話したのは、彼の事ですよ」

「まあ。あのパティシエにも負けないお菓子を作られる?」

「はい。人は見かけによらないものでしょう?」

「第二王子付き王宮騎士のジャック・クロスと申します」

「よろしくジャック。貴方の作るお菓子、ぜひ頂いてみたいわ」

「恐縮です。しかし手慰みに作ってるものですから、皇女殿下のお口に合うかどうか」


 大柄で熊のような護衛が穏やかに微笑む。王子もジャックも話しやすい。窓を開けていれば車内の圧迫感も軽減される。しばし会話を楽しんだ。


「ミア皇女殿下が外出される際は、いつも彼が同乗するのでしょうか」


 1時間ほど走った頃、ライアン王子が思い出したようにカインの話題を出す。彼だけ会話に取り残されて見えたのだろう。


「ええ、最近はそうですね」

「………」


 どうしよう。ここはカインが自己紹介する流れなのに、目を開けもしない。


「こんな愛らしい皇女殿下と共にいられるとは羨ましい。お二人の時はどんな話をされるのでしょうか」

「………」


 王子がカインに目を向け、明確に話しかけた。このままでは無視してしまう!

 どうフォローするか焦っていると、カインが瞼を開いた。さすがに他国の王子を無視はしないかと、胸を撫で下ろす。


「襲撃です」


 予想外の発言に、一旦、思考が止まった。何を言ってるか遅れて理解し、身体が強張って行く。

 王子は怪訝な顔をし、ジャックは窓から外を確認した。ここは街道沿いの宿場町のようだ。


 私の眼前に2週間前の炎が蘇る。目眩がした。ほぼ無意識でカインの腕に触れる。


 馬が嘶き、馬車が止まった。聞こえる悲鳴や金属音には聞き覚えがある。

 様子を見ていたジャックが口を開いた。


「確かに襲撃を受けています。盗賊のようですね。しかし、外の王国兵で十分対応できるでしょう」

「ミア皇女殿下、どうかご安心ください。連れている兵は皆優秀です。それに、私も腕に覚えがございます」


 ライアン王子がカインに触れていた私の手を取る。美しいお顔を直で見てしまったけれど、今はそれどころではない。美人を見ても安心できないのだ。身体が震え始める。


「………」


 カインは何も言わず、自分の口に手を当てている。とりあえず馬車を降りる必要はないみたいだ。

 しばらく待つと、周囲の音が静まっていった。王国兵が駆け寄り、盗賊を全て捕らえたと報告する。


「本当に盗賊…なのですか?こんな街中で……」


 どうしても前の事を思い出してしまう。あの時も盗賊を装っていた。

 ライアン王子は私を落ち着かせるように手に力を込める。


「そうですね。少し不自然ですから、確認を……」


 ーードォッ……!!!


 強い衝撃音。屋根に何かが当たり、馬車が左右に大きく揺れた。

 身体が跳ね、やはり無意識でカインの腕に引っ付く。どう行動すれば良いのか、答えを求めるようにカインを見て………………鼻をつままれた。


「な、なに…?」


 くぐもった変な声が出る。よく見ればカインは口に手を当ててるのではなく、鼻に指を押し付けている。


 少しの間を置いて、車内を異様な空気が包む。


 くっ、くっさぁぁぁあああ!!?


 臭い!!臭すぎる!!

 王子もジャックも鼻を押さえて悶えた。四人で逃げるように馬車を降りる。




 馬車にぶつけられたのは、なんと家畜の糞尿だった。本来は農業用に集められたものだ。街道に沿って連なる、商業施設の屋上から麻袋に入れて落とされた。


 実は、カインは袋が落とされる前に臭いに気づいていたらしい。犬のような嗅覚だ。

 彼はいつの間にかユアンに報告しており、近衛騎士達が早々に不届き者達を追い詰めていた。何もなければ3袋落とされる予定だったという。想像するだけで鼻がひん曲がる。


 汚れた馬車を王国兵や宿場町の住人が洗っているけれど、なかなか臭いが落ちないらしい。

 もはや皇族や王族を乗せるに値しないと、新しい馬車が用意される事となった。馬車が替わるのはこの旅で2回目だ。


 用意が出来るまで、この町で最も質の良い宿屋で待つ。


「ミア様、申し訳ありません。力及ばず、このような場所でお待たせする事に……」


 ユアンに謝られた。不届き者に袋を落とさせた事ではない。

 この宿、警備上問題があるらしい。ユアンはライアン王子に待機場所の変更を申し出たけれど、急な事態でこれ以上の場所は用意できないと断られた。


 窓から外を眺める。あまり貴族が立ち寄る町では無いのだろう。華美な装飾は少なく、生活感のある街並みが見える。


「気にしないで。これはこれで悪くないわ」


 いま居る部屋は、私の人生で一番狭い部屋と言って良い。この宿では広い方らしいけれど、皇族が泊まるような部屋ではない。

 狭い場所を好む人達がいるとは聞いていた。確かに、いつもより落ち着く気がする。


「あまり派手さは無いけど、しっかりした作りの建物みたいだし、どこに問題があるの?」

「……まず、そちらの窓は外部から侵入しやすい作りです。そして廊下や入り口、各部屋の配置は非常に警備しにくく、連れてる騎士だけでは十分な警戒が行えません」


 ユアンが眉を寄せる。細かい事はよく分からないけれど、彼が言うならそうなのだろう。

 しかしライアン王子の言い分ももっともで、これは仕方ない事なのだ。


 マリーの淹れてくれたお茶を飲む。

 襲撃と聞いた時は情けなく震えてしまったけれど、今はすっかり平静を取り戻していた。

 襲撃者は皆瞬く間に捕まったし、私もマリーも誰も傷ついていない。

 これが普通なのだ。皇族を害そうとしたところで、精鋭が取り囲んでいる。前回が異例だっただけで、必要以上に恐れる必要はない。


 緊張が解けるとお腹が空くもので、お茶菓子をパクパク食べていたら扉がノックされた。伺いに行ったマリーからライアン王子の来訪を告げられる。

 口の中をモゴモゴさせて会う訳にいかないと、慌ててクッキーを飲み込む。喉が詰まりそうになって、お茶で流し込んだ。


「ミア皇女殿下、ご休憩中に失礼いたします」

「げほっ…けほけほ」

「体調が優れませんか?」


 心配そうに覗き込まれる。間近に迫る麗しいお顔は心臓に悪い。顔に熱が集まった。


「大した事はありません」

「そうですか。長旅でお疲れでしょうから、ご無理はなさらないでください」

「はい……ご心配ありがとうございます」


 むせただけです。


「ライアン様がいらしたという事は、馬車が用意できたのでしょうか」

「いえ、申し訳ありません。そちらは今しばらくお待ちください」

「では何か?」


 ライアン王子が言いにくそうに視線を下げる。


「捕らえた者達の中に、アルメリア皇国カートス男爵の縁戚の者がいたようで……」

「カートス男爵の?」


 社交界でのカートス男爵を思い出す。彼は独立反対派だったような気がする。


「確認のため、ユアン殿をお借りしたいのです」

「もちろんですわ」


 ユアンに目線をやると、王子に礼をした。


「あと、彼にも同行いただいてよろしいでしょうか」


 ライアン王子がカインを手の平で指し示す。


「か、彼もですか?」

「はい。先ほど、誰よりも早く襲撃に気づかれたのには驚きました。その観察眼を見込んで、捕らえた者達の確認を共にしていただきたいのです」


 うっ。つい流されそうになる笑顔を向けられた。

 しかし、警備に不安があると言われたばかりだ。優秀な近衛騎士を二人も行かせて良いのだろうか。

 見れば、ユアンに首を振られる。


「警備の件を気にしていますか」


 柔らかかったライアン王子の声色が、ワントーン落ちた。


「ここには皇女殿下の騎士だけではなく、我が王国兵も多くおります。どうか、信頼してください」


 また柔らかい口調に戻り、微笑まれる。

 こう言われては断る事などできないじゃないか。


「わかりました。彼も付けます」

「ありがとうございます。では参りましょう」


 ライアン王子と渋い顔をしたユアンが扉へ向かう。けれど、カインが動かない。無言でライアン王子を見ている。


「カイン?」

「………」


 呼びかけて、やっと歩き出した。

 三人が出て行き、しばらく後に別の近衛騎士が入ってきた。そう、私の近衛騎士は彼等だけではない。


 何事も無かったように、またお茶を口にする。

 二人がいなくなり急に膨れ上がる不安には、見て見ぬ振りをした。



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サミュエル様の話は こちら


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