初めまして
「こちらがエアラント王国との国境パールレイン川。王国最長のレイル橋を渡り、パンケット侯爵領に入ります」
マリーが説明してくれる。地理のお勉強も実物を見ながらなら悪くない。
川から涼しい風が流れてくる。今日は少し汗ばむ陽気なので、心地よく感じる。
「パンケット侯爵領の人口は約49万人、面積は51万ヘクタール。王国内二番目の広さです。酪農が盛んで主産品は羊毛と乳製品。羊毛を加工した繊維産業も発達しています」
前言撤回。やっぱりお勉強は苦手だ。
しかし、カインは相変わらずの空気っぷりで、話題変更は難しい。彼が空気のままな方が平和ではある。
襲撃から2週間経つも、首謀者は捕まっていない。またいつ襲われるかとビクビクしながら進み、何も無いまま国境まで来た。
外交は専ら兄達が行なっていたので、私が他国へ来たのは初めてだ。初めて尽くしの旅だなと思う。少し高揚した心持ちで橋を渡ったけれど、急に景色が変わる事もなく、まだ外国にいる実感は湧かない。
なだらかな牧草地を抜け、パンケット侯爵邸が見えた。まだ日は高いけれど、本日の移動はここまでだ。
ライアン王子が、私を迎えに侯爵邸まで来ている。顔合わせして、晩餐を共にする予定だ。まだ婚約披露前なので、賓客を迎えに来たていとなっている。
侯爵邸の前まで来ると、エアラント王室特有の銀髪を持った青年が出てきた。馬車を降りて対面する。
「ミア皇女殿下。私、エアラント王国第二王子のライアンと申します。この度はようこそお出でくださいました」
「………………ぁ、いえ、殿下自らの出迎え感謝します」
反応が遅れてしまった。なんて美しい人なんだろう。
透き通る肌は陶器のように滑らか。真っ赤なルビーを嵌めたような瞳。整った面立ちは中性的で、女神のようにさえ見える。絹糸のように輝く髪は腰まで流され、風に揺れる様もまた美しい。
エスコートのため手を差し出され、身体が強張る。こんな美しい人の隣を歩かなければならないのか。
アルメリア皇室だって、それなりに美男美女揃いだ。私もまぁまぁ可愛い方だと思う。けれど彼は別格だろう。並びたくない。並んだら、見た目の欠点全てが晒される。
とはいえ、エスコートを受けない訳にもいかない。仕方なく手を取る。美しい顔が近くなり緊張した。私だって綺麗なものを見るのは嫌いじゃない。彼を近くで見られる喜びに鼓動が速まり、劣等感に胸を痛める。
小さくため息をつく。私はこんな人と結婚するのか。これでは心臓がもたない。早死にしてしまう気がする。いつか慣れるのだろうか。
サロンへ案内され、ソファに腰掛ける。向かい合うこのスタイルは良い。美しい顔を拝みながらも劣等感は軽減する。
お茶を出した後、侍女達はライアン王子によって下がらされた。室内には王子と私と、お互いの護衛が2人ずつ扉脇に控えるだけとなった。
「道中、大変危険な思いをされたと伺っております。王国内では私共が必ずお守りしますので、どうか安心なさってください」
「お気遣いありがとうございます」
優しく微笑まれる。錯覚か、光り輝いて眩しい。
「あまり顔色が優れないようですね」
「いえ、そんな事は……」
貴方にあてられてるだけです。
「皇女殿下のような可憐な方には、本当にお辛い経験であったと思います。お心は簡単に癒えないでしょう」
曖昧に笑って返す。一晩泣いて吹っ切れた図太い皇女とは言えない。
「そんな貴女に、この結婚は性急すぎるように感じます。どうでしょう、婚約を延期いたしませんか」
「ふぇっ?」
変な声が出た。え?なに?婚約を延期??
「私はミア皇女殿下の希望を尊重したいと考えております。細かい事はお任せください」
気遣い諭すような麗しいお顔に、つい流されそうになる。待て待て。いまの私の答えは、そのまま皇国の答えになってしまう。
確かに、この結婚は急過ぎると最初から思っていた。けれど皇帝としては立派な、家族には甘いお父様が進めた話だ。簡単に延期なんてして良いのだろうか。
返答に困り、ちらりとカインに目を向ける。反応は無い。当たり前だ。なぜ彼を見てしまったのか。
今度はユアンに目をやる。首を横に振られた。
「お心づかい感謝しますが、私の一存ではお答えできません。ライアン様のご意向は父に伝えますので、返答はしばしお待ちください」
「……そうですね。困らせるような事を申し上げました。お許しください」
すぐ引いてくれてホッとした。微笑まれ、眩しいので目を逸らす。
その後は和やかにお茶をして、綺麗な庭園を散策した。眩し過ぎる笑顔に文字通り目をつむれば、話しやすい人だった。気が合うというより、彼が相手に合わせて話し方を変えられる人なのだと思う。前情報の美しく聡明とは、まさにその通りだった。
王子と別れ、案内された部屋へ入ると同時に、ベッドへ飛び込んだ。
「疲れた!」
お行儀なんてどうでもいい。部屋まで我慢したのだから許してほしい。話しやすくても、ライアン王子とは隣にいるだけで心臓が弱る。
せめてマリーが戻るまでは寝転がっていよう。晩餐会の打ち合わせや衣装の準備やらで、侍女は一時的に出払っている。空気のようなカインが護衛するのみだ。密室にならないよう扉が開いているけれど、角部屋なので通り過ぎる人もいない。
ぐっと伸びたり寝返りを打ったりする。調子に乗って好き放題してたら、ドレスの裾がめくれて膝が出てしまった。慌てて隠す。
「み、見た?」
「………」
答えない。どっちだ!
羞恥に顔を熱くしながらカインを睨んでいると、彼は手を真横へ伸ばした。扉脇にいたので、手が入り口の真ん中辺りにくる。何かのジェスチャーだろうか。見たってこと?見てないってこと?
意味を考えていると、扉が独りでに動いた。
ゆっくり閉じていき、閉まり切る前にカインの手に当たり止まる。
カインが扉を開け直すと、小さな悲鳴があがった。誰かが走り去る。女性の足音だ。
「カイン、今のは何?」
独り言と思われないよう、名指しで問う。
「……ライアン殿下は女性に好かれます」
それは間違いないだろう。見た目だけでも誰もが見惚れる容姿なのに、賢く優しく、女性の扱いに慣れている。彼がモテる事と今の一件、どう繋がるだろうか。
「私が異性と密室にいた事にして、醜聞を広めて破談にしようとしたってこと?」
「………」
枕に突っぷす。容易に想像できる。この国の女性みんなを敵に回していると!
皇国で命を狙われて、王国では陥れられるのか!!
打ちひしがれてる間に、マリーが戻ってきた。行儀が悪いと叱られても、起き上がる気にはなれなかった。




