おまけ3:やり直しデート(1)
鼻歌交じりに廊下を行く。足取りは軽く、ダンスでも踊りだしてしまいそうだ。
護衛のトーマスが後ろから話しかけてきた。
「ご機嫌ですね、奥様」
「んふふ。だって久しぶりの観劇だもの」
これから彼やマリーと共に劇場へ向かう。何ヶ月ぶりか分からない。
結婚前は何だかんだと忙しかったし、結婚後は無駄遣いな気がして行けなかった。
そんな遠慮にカインが気づき、歌劇のチケットをプレゼントしてくれたのだ。
食事を挟む夕方からの公演、ボックス席。演目は春夜の焔。私の好きな劇作家マルタ・ポアリスが描く、恋物語の新作だ。
ちゃんと私の好みや予定を事前に調べてくれたらしい。それがまた嬉しくて顔が緩む。
「ふふ、楽しそうで何よりです。けれど、歩きながらの鼻歌は止めましょうね」
「はぁい」
マリーのお小言が挟まれた。家の中くらい良いじゃないか。
言い返すとお説教が続くので素直に頷いた。
他国へ嫁がない事となり一度は減ったお説教が、また増えつつある。若い当主は侮られ易いから、夫人にも余裕と気品が必要らしい。
私もカインの足を引っ張りたくないので、前よりは真面目にマリーの話を聞いている。
玄関ホールへ下りると、ちょうどカインが帰ってきた。
「あら、おかえりなさい。今日は少し早かったのね」
「……はい」
せっかく彼が早く帰ったのに、出かけるのは何だか勿体ない。一緒にいられる時間が減らないよう昼公演にして欲しかった。そんな事、恥ずかしくて伝えられないけれど。
「私はもう出るの。遅くならない内に帰るわね」
「……」
扉から出ようとして、トーマスがいなくなったと気付いた。辺りを見回しても姿が見えない。
彼はどうも主人であるカインが苦手らしく、カインが帰宅するや否や、いつも風のように消えてしまう。
「もう!トーマスったら、どこへ行ったのかしら」
護衛が外出時にいなくなるなんて、職務怠慢も良いところだ。
頰を膨らませ探しに行こうとしたら、カインに手を取られた。
「…カイン?」
「………」
そのまま黙って見つめられる。
鼓動が速くなった。結婚してからしばらく経つのに、私の胸はまだまだ慣れてくれない。
何も言わないカインに代わってか、マリーが声をかけてきた。
「ミア様。一応申し上げますが、私もトーマスも同行しませんよ」
「え……そ、そうなの?!」
伯爵夫人とは、たった一人で出歩けるものなのか!しかも夜に!
……いや、さすがにそれはない。
「ねぇ、少なくとも護衛は必要でしょう。あまりに不用心じゃない」
「護衛も務まる方と一緒に行くじゃありませんか」
「あら、他の人がつくのね」
トーマスには何か予定があったという事か。他に行く人がいると聞いてホッとする。
マリーは額に手を添え、ため息をついた。カインが握る手とは反対の腕を引かれ囁かれる。二人だけに聞こえる声だ。
「ミア様、どなたからチケットを頂いたとお思いですか」
「え?……そ、そんなのマリーも知ってるじゃない」
カインからの贈り物だと、わざわざ口に出すのは気恥ずかしい。
「男性から歌劇のチケットを頂いたなら、意味するところは一つです」
「意味?何か意味があるの?」
マリーがもう一つため息を吐き出した。
「ミア様もこれが初めてじゃないでしょう。… 一緒に観に行きましょうという事です」
「一緒に…」
誰と?それはチケットを贈ってくれた人と。
「へ……えぇ??!」
マリーに腕を離され、カインへと向き直される。
彼は皇城での仕事帰りだから、当然そのまま出かけられる服装だ。手を取ったのは、エスコートのためにも見える。
なんて事だ。デートに誘われてたのに、全く気が付かなかった!!
未婚の時なら他の男性から誘われる事もあった。けれど、彼から誘われたのは初めてだ。そういう事はしない人だと思っていた。
今さら嬉しさが溢れ、頰に熱が集まる。
「………」
カインはまだ何も言わない。私が彼を置いて行くような態度を取ったから、機嫌を悪くしたのかも知れない。
「あ、あの、私てっきり、貴方は行かないと思ってただけなの。恋物語に興味も無さそうだし…」
「………」
うっ。これでは遠回しに来るなと言ってるようだ。
「さ、誘ってくれて…いえ、えっと、一緒に行けるのは…」
「……」
「ぅ……その…」
顔が熱い。手で覆うも、片手だから隠しきれない。
「と、とても、嬉しい…わ」
赤い顔を見られたくなくて、俯き、額をカインの胸へ押し当てた。
「………」
「………」
な、何か言って欲しい。
可愛くない態度を取ったから、一緒に行きたくなくなっただろうか。
不安になり、こっそりカインの顔を覗く。
私の態度なんて何とも思ってないような、普段と変わらない顔があった。
「………」
手を引かれ、そのまま外へ出る。そういえば出かける時間だった。
彼は、私が状況を理解するまで待っていただけかも知れない。
風が熱い頰を撫でて気持ち良かった。昼間は暑かったのに、もう涼しくなっている。
何だか悔しい。
私は手を取られたり、見つめられたり、それだけで平静ではいられなくなる。なのに、彼はいつもすまし顔。
きっとカインが私を想うよりずっと、私は彼が好きだ。
少しの不公平感に唇を尖らせながら、馬車へと乗り込んだ。




