おまけ2:とある護衛の杞憂?
伯爵夫人の護衛に抜擢され、驚いた。
ベンシード伯爵領の衛兵になって、まだ3ヶ月。俺は新米中の新米だ。生まれも純然たる平民。それが元皇女の側につけられるとは。
まぁ、腕には自信がある。領内で二番手の強さだろう。
一番は俺より若い伯爵だ。少し前、衛兵数人と手合わせしていたが……圧倒的に強かった。さすがは元近衛騎士様。今後この人を守る必要は無いなと、皆で思ったものだ。
対面した夫人はそりゃもう可愛かった。
白い肌に大きな瞳、桃色の上品な唇、毛先まで手入れされた輝く金髪。何もかもが一級品だ。
皇女様とはこういうものかと見惚れた。貴族のお嬢さんさえ、あまり知らないが。
「ミアの護衛です」
伯爵が簡潔すぎる紹介をしてくれた。
「あら、名前は何というの?」
「えっと…トーマスと言います。よろしくお願いします」
「私はミアよ。よろしくね」
うっ、笑顔はより可愛い。こんな人と一緒にいるのが仕事とか、こりゃ役得。
「護衛は一人なの?」
「あー、邸には他にもいますよ。俺は旦那様が仕事の時だけ、一緒にいれば良いそうです」
「ふぅん。そういうものなのね」
「いや、外出時ならともかく邸内で護衛つけるとか、ちょっと過保護ですよ」
「あら、本当に?」
夫人は驚いたように口を押さえ、伯爵を見上げた。
「………」
伯爵は何も言わず彼女と向き合う。
彼も顔は良い方だが、並ぶとどうも地味に見える。二人とも、他にもっと良い相手がいたんじゃないか?
しばらくして、何の会話も無いまま夫人の顔が赤くなっていった。
なんだ。赤くなる要素、どこかにあったか。
「べ、べつに必要以上に護衛をつけなくても良いのよ。気持ちは…嬉しいけど」
そっぽを向いてモジモジし始めた。過保護にされた事が嬉しかったようだ。そこまで照れる事かね。
どうやら夫人は伯爵にベタ惚れみたいだ。
その後、彼女があれこれ言っても俺の配置は変わらなかった。
よく考えたら、元皇女には邸内でも護衛をつけるのが当たり前かも知れない。文句つけつつ喜んでる夫人には言えないが。
伯爵夫人というものは、やる事が無いでもないが自由時間も多い。
仕事は日によって違う。家のあれこれを指示したり、社交の一環か手紙を大量に書いたり、教会の慈善活動へ参加したり。いずれも午前中に終えてしまう。
帝都で過ごす午後は、夜会の予定が無ければ友人とお茶を楽しんでいた。
お茶の相手を見て、貴族のお嬢さんというものを知る。なるほど、誰も彼も自身の手入れが行き届いている。
今日はどんな子が来るかなと思っていたら、男が来た。
「やぁ、久しぶり。元気してた?」
「お久しぶりです、ハリー兄様」
夫人が笑顔で出迎えた。ハリー兄様って……第二皇子のハリー様か。帝位継承順位を持つ大物だ。そんな人を目の前にする日が来るとは、俺の人生ってわからない。
「ずっと付いてるけど、彼はミアの護衛?」
「はい、トーマスです。わ、私は邸内で護衛なんていらないと言ったのですが、カインが聞く耳を持たないから……」
また頬を染めてぶつくさ言っている。そのくだり、俺と会う人全員に話すつもりだろうか。
テラスへ行くと、侍女さんがお茶の準備を整えていた。最近は雨も多いが今日はよく晴れている。念のためか、屋根の下にテーブルが置かれていた。
若葉色のテーブルクロスは目に優しい。どこかで白いクロスが使われていて、初夏の日差しを反射し眩しかったのを覚えている。
ハリー様が手土産を持ってきたようで、ケーキや菓子が新たに並べられた。10種類以上ある。……これ、二人で食べるのか?
「まぁ!綺麗なお菓子ですね。これはどこで?」
「噴水広場に新しく出来たパティスリーだよ。これは一日限定30箱」
「カップケーキ?いただきます」
箱には極小さいケーキが、しかし24個入っていた。いや、二人で食べ切れないだろ。
夫人がお茶より先にケーキを口にする。彼女の小さい口でも、ひと口で食べられたようだ。
目が輝きを放つ。
「美味しい!」
「そう?じゃあ僕も」
お茶を飲んでいたハリー様も、フォークを持ってケーキを食べ始めた。
「本当に美味しいわ。マリーも食べてみない?」
「ありがとうございます。後ほど、いただきます」
「いま一緒に食べたいのだけど」
「ふふ、気持ちだけ。私はまだ仕事中ですので」
「少しくらい良いじゃない」
夫人が頰を膨らませる。幼い顔がより幼く見える表情だ。
「じゃあトーマス、貴方はどう?」
「え?えーっと、遠慮します」
侍女さんの反応から言って、ここは誘いに乗っちゃいけないんだろう。
「甘いものは嫌い?」
「いえ、好きです」
「ならどうぞ」
「遠慮します」
また頬を膨らませた。睨まれても迫力はない。
俺が折れないのを見ると、一つため息をついた。
「もう、仕方ないわね。……あっ」
夫人が俺の足元へフォークを落とした。
「ごめんなさい、拾ってくれる?」
半笑いでお願いされる。
あれ、もしかして嫌がらせ?拾おうとしたら水ぶっかけられたりして。
嫌な予感がしつつ、拾わない選択肢もない。屈んでフォークを拾う。
「ねぇ、トーマス」
「は…んぐっ!!」
呼びかけに返事しようと顔を上げたら、口に何かを突っ込まれた。
柔らかく、甘い。上品な甘さで、そこにベリー系の酸味が効いている。うまい!
「ふふん。油断大敵よ」
間近に得意げな微笑みがあった。鼻先を指でつつかれる。
……か、可愛いなちくしょう!惚れちまうぞ!!
顔が緩み始めたところで、急に寒気がした。思わず身震いする。
表情の固くなった俺とは対照的に、夫人が満面の笑みを浮かべた。
「あら、もう帰ってきたの?」
椅子から立ち上がり、俺の横を通り過ぎる。
錆びついたブリキのようにギギギと振り返った。想像通り、そこには伯爵が立っていた。
彼は話しかけてきた夫人に続き、俺へ目を向ける。…ふ、不自然に屈んでるからだ。そうに違いないと立ち上がった。視線は逸らされない。
伯爵の表情は普段となんら変わりないが、瞳に怒りが宿って見えた。
俺の勘が言っている。このままじゃマズイ。伯爵を怒らせたら俺のクビなんて簡単に飛んでしまう。人事的にも、物理的にも。再び悪寒が走る。
俺の緊張を知ってか知らずか、ハリー様が呑気な声をかけた。
「兄さんに帰されたんでしょ?今日はエレノア義姉さんの誕生日だからね」
「……はい」
「あら、サミュエル兄様も相変わらずね」
夫が早く帰ってきて嬉しいんだろう、夫人が頬を染めて喜んでいる。そんな彼女の腰に伯爵が手を回すと、顔の赤みが一気に増した。
おい伯爵、あんたは何の理由もなく腰に手を回すような人じゃないよな。
冷や汗が額を伝う。
おそらく、俺と夫人のやり取りを見てのことだ。どう捉えてどんな感情を抱いたか、容易に想像できる。
赤い夫人と無表情の伯爵、青い俺。それが面白かったのか、ハリー様と侍女さんが笑い出した。
「……お兄様?マリー?」
「あぁ、ごめんごめん。つい」
「つい?」
「ふふ。旦那様のお茶を用意して参ります」
「あぁ、そうね。お願いするわ」
侍女さんがカップを取りに離れ、伯爵が夫人に促されるまま席へ着いた。
「せっかくなら、カインにもケーキを食べさせたら?」
「もちろん!とても美味しいのよ。甘いもの、嫌いじゃないでしょ?」
「……はい」
夫人がケーキを取り分け始めた。
んん?いつの間にかケーキが減っている。最初の4分の一くらいしか残っていない。何が起きた。
「ミア、そうじゃなくて。さっきこの……トーマス?にしたみたいに、直接食べさせてあげたらどうかな」
「さっき?」
「そう。ほら、こうやって」
「ん、ぐっ!!」
今度はハリー様が俺の口にケーキを突っ込んだ。夫人より乱暴だ。しかし、うまい!
「え、なっ…!!何を言って…!!」
また夫人の顔が真っ赤になる。
「そんな事!できるわけっ!ない!!じゃない!!ですか!」
「えー。護衛にはできるのに、夫にはできないの?」
「状況が違います!!カインだって子供へするみたいな事……嫌に決まってます!」
「………」
なんか、ここは全力でハリー様に乗っかった方が良い気がする。
「旦那様が何も言わないって事は、嫌じゃないんですよ」
「えっ、は?何を」
「奥様にそこまで拒絶されたら、きっと傷つきます」
「っ!そんな、拒絶するつもりじゃ!」
「なら出来ますね」
「!!っ…」
夫人が口ごもった。赤い顔で伯爵と俺達を交互に見ている。
伯爵は冷めたような目で俺を見た。な、何かマズかったか。怖いので夫人でも見てて欲しい。
目を逸らすと、ハリー様と目が合った。笑いかけられる。
「なんか急に庭園を散策したくなったなぁ。君、案内してよ」
「え?は、はいっ」
「案内なら私が…」
「ミアは帰ったばかりのカインとお茶でもしてて」
「……」
お茶すると言っても、伯爵の分のカップさえまだ無い。
とにかく反論される前に、ハリー様や近衛騎士と共にテラスを離れた。
後から、侍女さんも気を利かせてしばらく戻らなかったと知った。
二人きりになった伯爵と夫人がどう過ごしたかは分からない。
ただ、人事的にも物理的にも、まだ俺のクビは繋がっている。




