おまけ1:朝の習慣
薄いカーテンから白い朝陽が差し込む。
すぅっと目が覚めた。あくびをして身をよじる。
よく眠れたみたいだ。陽の明るさから言って、普段より早く起きたのかも知れない。
そうなら……二度寝しても良いか。
睡眠は足りてると分かるのにベッドから出る気にならず、寝返りを打つ。
視界へ入ったものに、半分閉じていた目をパチリと大きく開いた。
「……え?」
カインの寝顔があった。
さらさらの髪が枕へ流れ、小さく規則的な寝息が聞こえる。
驚き身体が跳ね上がり、勢いベッドから落ちそうになった。
口を押さえて、上がりそうになる声を止める。視線をさ迷わせ、けれど再び同じ場所へ行き着いた。
カ、カインが寝ている…………カインが、寝ている!
気持ちが高揚し、頬が染まっていく。
結婚してから1ヶ月、彼の健やかな寝顔を見たのは、これが初めてだ。
カインはいつも私より後に眠り、先に起きた。一人で身支度できる彼だから、私が目を覚ます頃にはジャケットまで羽織り、いつでも出かけられる状態の事が多い。
昨晩は大分遅くなったのだろうか。
今いるのは旧レイモンド邸、現ベンシード伯爵別邸だ。週の半分はこちらで過ごし、カインは皇城でサミュエル兄様の補佐をしている。
昨日、急な仕事が入ったとかで私だけ先に帝都へ来た。そのまま夕食時になっても就寝時になってもカインは来ず、先に寝てるよう知らせを受けて、久しぶりに一人で眠りについた。
カインは疲れてるのか起きる気配がない。子供のように背中を丸めていて、少し可愛い。
イタズラ心に頰を軽くつついてみた。しっとりして柔らかい。大した手入れもしてないだろうに、羨ましい。
今度は顔の縁を指で辿ってみた。胸が音を立てる。
こんな一方的に、まじまじと顔を見たことは無い。彼を見てると赤くなるのが恥ずかしく、普段はすぐ目を逸らしてしまう。
特徴のない顔に見えるけれど、それだけ私にとって好ましい顔なのかも知れない。眉の形も閉じられた瞼も、鼻も口も、何だか引き寄せられるような魅力がある。
気づけば間近に顔を寄せていた。そのまま、重ねる。
「………ぅぁ」
わ、私はいま、何をした。
自分のした事を自覚して、じわじわ顔が熱くなる。きっと耳まで赤いに違いない。
誰も見てないのに、慌ててシーツを被って隠した。
寝込みをお、襲うような真似をしてしまった!
夫婦とはいえ、こんな事して良いのだろうか。物語の中では見かけるけれど、だから現実でも良いとは言い切れない。
カインが起きたら、してしまった事を白状しようか。……引かれたらどうしよう。
やっぱり黙ってようか。……黙っててもバレる気がする。
悩みながらシーツをずらし、もう一度寝顔を見る。変わらない顔で、変わらない向きでそこにあった。
さっきから、微動だにしてないような。
寝てるといっても、顔をつつかれてさえ表情筋ひとつ動かさないのは……不自然じゃないか。
「……カイン?」
「………」
「も、もしかして……その……起きてるの?」
「……」
うるさい胸を押さえ、引きつった顔で尋ねると、カインの瞼がパチリと開いた。
「……申し訳ありません」
「っっ…!!!!」
ボッと火が灯るように顔が熱くなった。頭からシーツを被って隠れる。
「い、いつから!!いつから起きてたの!!!」
「……え、と仰られた時から」
最初からじゃない!!!!
気を使ったのだろうけれど、寝たふりなんてしないで欲しい!!
ますます深くシーツに潜り込む。
その上から、頭を撫でられた。彼はいつも余裕があって悔しい。私の方が年上なのに。
「ご、ごめんなさい」
「………」
「寝込みをお、おおお、襲う気なんて、無かったのよ!でも……その、つい………ごめんなさい…」
声がどんどん小さくなって、最後はちゃんと聞こえたか分からない。
ただ思い返しても恥ずかしいのに、あの時カインが起きていたなんて…!!
羞恥からシーツの中でさえ顔を覆った。
しばらく優しく撫でられ続け、少しずつ落ち着いてくる。
いい加減にしようとシーツから顔を出した所で、カインが爆弾発言をした。
「……お互い様です」
頭に疑問符を浮かべる。お互い様とは、なんの事だろう。彼も私と似たような事をしたのだろうか。例えば寝てる間に……。
考えて、ひとつ思い当たった。
毎朝、彼は私より早く起きている。目覚めるといつも私の顔を覗き込むカインの瞳があり、恥ずかしいと思っていた。
起こそうとしていた、気を使ってなかなか声をかけられなかった、勝手にそう捉えていた。
声が震える。
「ま、まさか……」
「……」
「毎朝、カインが……その………私を起こしていたの?」
「はい」
「ど、どど、ど、どうやって?」
「………」
ヘーゼルの瞳が近づき、細められ、閉じられた。息を飲み、慌てて私も瞼を閉じる。
唇が重なった。
「ふぅっ……」
何度されても慣れない。鼓動が苦しいほど速くなる。
間もなくして温もりが離れた。代わりに熱くなった頰を親指で撫でられる。
いつもと変わらない顔で見つめられた。いつもと変わらない行為だと言ってるように。
ま、まま毎朝、目覚めのキスをされていたらしい。
恥ずかしく、いたたまれない。再びシーツを被る。
責めたいけれど、私も同じ事をしてしまったので何も言えない。そもそも、責める気持ちよりも嬉しい気持ちが優っている。それがまた恥ずかしい!
出てこられずにいると、カインがベッドを降りる気配がした。身支度を整えている。
私ばっかり意識していて、彼は何とも思ってないようだ。拗ねた気持ちになり、頰を膨らませる。
カインがベッドサイドへ戻ってきて腰掛けた。頭を撫でる手は、そろそろ本当に起きて欲しいと言っている。私も侍女を呼んで着替えないと、一緒に朝食をとる時間が無くなる。
「………ミア」
名前を呼んで促された。結婚しても口調の変わらなかった彼だけど、呼び方だけは変わった。
彼に名前を呼ばれるとムズムズして……何でも言う事を聞いてしまう。
ゆっくり顔を出し、また口づけられた。シーツを被った分、何度でも目覚めのキスをしてくれるみたいだ。
「おはようございます」
「………おはよう」
きっちり着込んだ彼に起こされる。たぶん、昨日も一昨日も同じやり取りだった。明日も明後日も同じだろう。
今日も変わらない一日が始まった。




