陽だまりのようです
白ユリの花がユラユラ揺れるように、私の動きに合わせドレスの裾が美しいひだを作った。
鏡に映る自分を見て、一つ頷く。流行を追いかけず、かと言って古くもない。私の幼すぎる体型をカバーしながらも清楚な雰囲気で纏められている。
ドレスには満足だ。満足…だけれど。
「本当に、カインは来てるのよね……」
傍らで衣装を着つけるマリーに声をかける。
「もちろんです。さぁ、次は髪を整えますから、こちらへ」
「本当の本当の本当に、来てるのよね??」
「本当の本当の本当です。ご心配なさらないでください」
「ちょっとでも会えないの?」
「伯爵様は打ち合わせもまだでしたから、時間はありませんね」
伯爵様とは、カインの事だ。どうにも慣れない。
創世祭の日、なぜか事情を知っていたサミュエル兄様が、事件を綺麗にもみ消してくれた。表向き、カインは階段を踏み外して怪我をした事になっている。なかなか騎士には不名誉な理由だ。
更に、どうベンシード伯爵家を言いくるめたのか……私と結婚する前に爵位の移譲を行うと約束を取り付けた。
おかげで十分な療養期間も持たず、カインは騎士団を退団し領地へ行ってしまった。
爵位継承に係る手続きだけでなく、疎かにされていた施策などやるべき事が山積みだったようで、戻って来ないまま今日この日、結婚式当日を迎えた。
伯爵位を継いだからって、オースティン達が襲撃を止めるとは思えない。会えないのも寂しかったけれど、まず彼が無事でいるか心配で仕方なかった。
浮かない顔をしていると、今度はマリーの方から声をかけられる。
「マリッジブルーですか?」
「そ、そんなのじゃないわ!ただ、色々と気になって…」
「ふふ。それをマリッジブルーと言います」
微笑む彼女に頬を膨らませた。
「2ヶ月以上も会えてないのよ。少しくらい、不安になっても仕方ないでしょう」
「お手紙のやり取りはなさってましたよね」
「あぁ、あの形式張って中身の薄ぅーい手紙ね」
私が手紙で近況を聞いても、最低限の答えしか返って来なかった。元より掴みにくい彼だから、離れてしまっては尚よく分からない。
「考えてみれば、護衛じゃなくなって会える時間が減るのは、当たり前よね。結婚した後もこんな感じかしら」
「さすがにそれは無いでしょう。執務は滞りなくこなしてるようですし、忙しいのは今だけですよ」
「それなら……良いのだけど…」
若過ぎる彼を支えるため、大叔父のレイモンドも退団してついて行った。政務経験の無い二人だけれど、近衛騎士として見聞を広めていたからか、意外と上手くやってるらしい。
ひと通り梳かした髪を撫でられる。
「同じ家で寝起きするのです。もし忙しくても、顔を合わせない日は少ないでしょう」
「……同じ家で……寝起き…」
想像して、頰が熱を持ち始めた。
「あら、そんな意味で申し上げたのではありませんよ」
「そ、そんな意味って、何のことかしら」
「ふふ。ミア様はどんな意味だと思います?」
そんなの、答えられる訳ない!!
赤くなってるだろう顔を覆った。
「前を向いて、手は膝に置いてください」
「うぅ…マリーの意地悪」
その後、他の侍女達も一緒になって、何だかんだと私をからかった。
半数以上はこの場が私の侍女として過ごす、最後の時となる。もう滅多に会うことも無いだろう。からかわれて怒っても、どこか寂しさが付いて回った。
身支度が終わり、式場へ向かう。
皇女が嫁ぐとはいえ、実態は伯爵夫妻の結婚式だ。帝都一の大聖堂ではなく、しかし皇室を招くにも遜色のない教会が選ばれた。
比較的新しい建物のため、柱や壁の白さが美しく、少し眩しいくらいだった。
途中、中庭が目に留まる。
春の始まりを告げる花々が、寒さの残る風に揺れながら楚々と咲いていた。
ふと、一年前の今日こそ、エアラント王国へ嫁ぐよう言われた日だと気づく。
皇城の庭園を眺めた時は、傍にいたカインと結婚するなんて夢にも思わなかった。
これからも予想外の事が起きるかも知れない。その時、この結婚を良かったと思えるのだろうか。
………うん。マリッジブルーみたいだ。
「大丈夫ですよ」
そう言って微笑むのは、ユアンだ。相変わらずフワフワで撫で回したくなる髪をしている。
近衛騎士がつくのも、これが最後。式場を出たら彼等との関わりも無くなる。
何人かは兄などの護衛につくから会うこともあるだろうけれど、今までとは当然、関係性が変わる。
「結婚は良い事ばかりでもありませんが、お二人なら大丈夫です」
「何の根拠もない慰めね」
「見ていれば分かります」
「……想像もできない、悪い事が起きたら?」
「そしたら、二人で何とかするんじゃない?」
入場する大扉の前で、ハリー兄様が口を挟んできた。
一般に花嫁は父親と祭壇まで歩くけれど、慣例で皇帝は行わない。成人してる第二皇子がいる場合、皇太子も避けられる。なので、ハリー兄様の手を取った。
「悪い未来ばかりじゃないよ。想像もしない、嬉しい事が起きるかも」
明るい笑顔でウィンクされる。ユアンもマリーも頷いた。皆に励まされ、少し気持ちが上向いてくる。
「それも…そうかも知れませんね」
私の声と合わせるように、ざわついていた式場が静かになった。花嫁の到着が知らされたのだろう。
背筋が伸び、肩に力が入る。心音が速くなった。
「緊張してる?」
「しています。心臓が飛び出して家出しそうです。いつまでも帰ってこないと思ったら、知らないうちに子供を作っていて、お金だけせびりに来るのです…!」
「………うん。思ったより余裕そうだね?」
余裕なんてありません!と言おうとしたら、扉が開いてしまった。
口を閉じ、音楽に合わせ青い絨毯を踏む。
長く引きずり重たいヴェール越しに、招待客を眺めた。右手には主に皇室ゆかりの者、左手にはベンシード伯爵家ゆかりの者が見える。前伯爵夫人とその息子二人は欠席だ。
祭壇まで来て、カインと向き合う。久しぶりに見た彼は、髪を切ったのか少しだけ雰囲気が違う。けれど、いつもと変わらない表情だった。私を守り、そばにいてくれた顔。
緊張とは別で、胸が震える。
「………」
小声で何か声をかけてくれても良いのに、そこは彼らしく無言のまま手を取った。
司祭が聖書の一節を読み上げる。その後、カインが儀礼的で長い誓いの言葉をとちらず流暢に言い切り、私は少し噛んでしまった。
指輪の交換をして、誓いのキスのためヴェールを上げられる。
息が止まりそうになった。
遮る物が無くなったからか、世界がやたら輝いて見える。カインの瞳が、真っ直ぐ向けられていた。
細まりながら徐々に近づくそれに意味もなく混乱しながら、それでも手順通り目を閉じた。
唇に柔らかい何かが触れ、すぐ離れる。
速い鼓動を聞きながらゆっくり瞼を持ち上げると、思っていたより近くにカインの顔があった。
一気に熱が集まる。顔に、首に、身体全体に。
吐息がかかるような近さは、触れたものが何かを告げていた。
今この時から、私は皇女ではなく、ただただ彼の妻となったのだ。
不安や心許なさが混じるも、ずっと多くの喜びが溢れ、熱も手伝って視界を滲ませた。
ぽろりぽろりと涙が零れ落ちる。
カインが指で目元を撫でてくれた。それと共に、ひときわ大きな涙が落ちる。
一瞬だけ、ぼやけていた視界がクリアになり、そこへ見たことのないものが映り込んだ。
カインの目が細められ、ほんの僅か口角が上げられていた。
春の陽だまりのように優しく、温かく、確かに彼は笑った。
これにて完結です。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
当初の想定より多くの方に読んでいただけたようで、とても嬉しかったです。
あとは結婚後の話を少しだけ上げたいなと思います。




