口下手なりの伝え方があります
ふわふわとして心地良い。
まどろみの中、頭を撫でられてると気づいた。このまま、目を覚まさず身を任せていたい。
そんな思いとは裏腹に、少しずつ少しずつ覚醒していった。
この手を知っている。優しい手だけれど、お母様でもお姉様でも、マリーでもない。大きい手だけれど、お父様でもお兄様でも、ユアンでもない。
誰よりも一番好きな手。これは――
「……カイン?」
腫れて重たい瞼をゆっくり開いた。柔らかい朝の光が、シーツを照らしている。
ベッドに突っ伏していた頭を上げると、果たしてカインの姿があった。寝ていたはずなのに、今は身体を起こしている。
「………」
「………」
寝起きでぼんやりとしたままカインと見つめ合う。じわじわ頭が冴えてきて、目を大きく見開いた。
「ま、まだ起き上がってはダメよ!!」
慌てて立ち上がり、カインを寝かせようと肩を支える。
彼は出血多量で倒れたのだ。駆けつけたユアンが適切な処置を行い、すぐ皇城の医師が診たため命に別状はなかったけれど、今は絶対安静だ。
「………」
カインは自分の状況を理解してるのか、抵抗なく応じてくれた。分かってるなら、最初から起き上がらないで欲しい。
「すぐお医者様を呼ぶわ」
正確には私が呼ぶのではなく、隣の部屋で控える侍女に呼んでもらう。昨晩、泣くのを見られたくなくて人払いしていた。
カインの肩から手を離し、立ち去ろうとして……指を捕まえられた。
「カ、カイン?」
「………」
声をかけても離される気配はない。ただこちらを見つめている。
「ぁ……」
「………」
「そばに、いて欲しいの?」
「……はい」
胸がキュウと鳴る。何だろうこの愛しい人は。珍しく弱った姿で、珍しく甘えてくれている。
一方で、その相手が私で良いのかと思ってしまう。彼がこんな大怪我をしたのは、私のせいだ。
先ほどまで座っていた椅子へ座り直す。
「………ごめんなさい。私が……私の、せいで…」
繋いでる手が震える。昨日あれだけ泣いたのに、また涙が滲んできた。
私が変に焦って、一人で皇城を出てしまったから。足が竦んでしまったから。物音を立てたから。
あの時、一歩でも違えばもう、彼は帰らぬ人となっていた。
涙が堪えられず、ポロポロ零れ落ちてしまう。
「………」
せっかく寝かせたのに、またカインが起き上がる。私の目元に指を滑らせ、涙を拭ってくれた。
「ご、ごめ…んなさっ……ね、寝ててっ」
肩をやんわり押し返すも、今度は応じてくれない。
「……ミア様に責はありません」
彼の言葉を、心の中で否定する。
カインは怪我を負った上で、襲撃者を全員倒してしまった。つまり、助けなんていらなかったのだ。私が行かなければ彼は無傷だったに違いない。そうでなくても、やはり近衛騎士と向かうべきだった。
怪我人に慰めさせて、最低だ。
「や、やっぱり…っ、お医者様を呼んでくるわ」
「……」
いまだ溢れる涙を拭いながら立ち上がるも、カインが手を離してくれない。
頑張って息を整え、なるべく平静と同じ声を出す。
「すぐ……他の人が、来るから」
「………」
手が離れない。強く握られてる訳ではなく、そっと包むような力なのに、振りほどく事は叶わない。
「…… 一人で、泣かないでください」
あぁ………この人は、どこまで優しいのだろう。
向けられる瞳は、陽の光を受けて柔らかく輝いていた。
迷惑ばかりかけて、珍しく甘えてくれた彼を甘やかす事もままならない。親の権力以外に大した取り柄もない。こんな私に、何故だろう。
はくりと口が動く。聞きたい事は聞くと決めた。
けれど彼は怪我人で休ませるべきだとか、こんな事を聞いても困らせるだけだとか、聞かない言い訳が次から次へ出てくる。
頭を振って、頰をつねった。痛い。
し、しっかりしなさい!!
ひとつ息を吐いて、心を落ち着かせる。
「……ここにいるから、ちゃんと寝て?」
「………」
何とか涙を押し込めると、やっと応じてくれた。
「少し、話を聞いても良い?」
「…はい」
何から聞けば良いのだろう。聞きたい事を溜め込み過ぎて、どこから手をつければ良いか分からない。
視線を彷徨わせながら、唇を震わせる。
「あの……」
「………」
「えっとね」
「………」
ふと、私が言いよどむ時、彼はいつも黙って待ってくれていると気づいた。元より黙ってる事の多い人だけれど、それだけじゃない。
「どうして…」
「………」
「どうして、そこまで優しいの?」
口から出たのは、ついさっきも感じた疑問だった。
「………」
「………」
答え難い質問をしてしまった。
気まずさに他の質問を考える。けれど、思いつくより先にカインが口を開いた。
「優しくはありません」
「ぇ……や、優しいじゃない」
カインがゆるゆると首を振る。
「自分の欲求を満たすためです」
身体が固まってしまった。
耳から入った音を何度も頭の中で組み直す。胸にモヤがかかり、ギシギシと痛み出した。
カインは彼の欲求のために行動している。それはつまり……
「わ、私と結婚して……伯爵位をつ、継ぐため?」
自分の発した言葉が胸に突き刺さる。カインの反応が怖くて、目をぎゅっと閉じた。
「いいえ」
返ってきたのは、想像と違う音だった。
それはそうだ、本人相手に誰がはいと言うか。いや、それなら欲求を満たすためと言うのもおかしい。
混乱してきた。どう受け取れば良いのだろう。
「えっと、なら、ん……伯爵位は、継ぎたいのでしょう?」
「はい」
ズクリと胸が抉れるように痛む。
「……じゃ、じゃあやっぱり…」
「結婚するために、爵位を継ぎます」
カインが繋いでいた手を口元へ寄せる。
「愛しています」
昨日とも一昨日とも同じ言葉。私がカインと上手く話せなくなっても、これだけは続けられていた。
私を愛しているから結婚して、結婚するためだけに伯爵位を得る……私が望む通りの答えだ。前はこんな都合の良過ぎる答えを簡単に信じた。
「……分からない」
「……」
「愛してくれるのは、なぜなの?」
愛を囁いてくれる人に、疑いの目を向ける。捻くれているし面倒くさいなと客観的に思った。
「私は何も出来てないわ。助けられてばかりで、むしろ……カインを…」
また声が震えて、瞳が濡れた。この事を考えると、いくらでも涙が出てしまう。
「……」
彼は親指で手の甲を撫でてくれた。
いま泣いてはダメだと、とっくに腫れてる目をさらに擦る。小さく鼻をすすり、視線で返事を促した。見つめ合ったからか緊張からか、鼓動が速まる。
彼の唇が動くのを、つぶさに眺めた。
「………庇護欲です」
ひごよく。
一瞬、何を言われてるのか分からなくて、頭の中で繰り返す。ひごよく…ヒゴヨク…庇護欲……うん?
「雨に濡れた猫を見て、連れ帰りたくなるのは?」
「庇護欲です」
「泣いてる赤ん坊がいたら抱き上げたくなるのは?」
「……母性です」
うっ、二つ目は違ったのか。
「庇護欲って、どういうこと?」
「……か弱い相手を守り、助けたい欲求です」
「自分を危険に晒してまで?」
「はい」
り、理解し難い。弱く見える、それだけで命をかけて守ってもらえる?
「か、仮にそうとして、それって……異性として好きって言えるの?」
「恋愛感情に発展しました」
さらっと言う姿は、とても自分の事を話してるように見えない。おまけに、相変わらず感情の読めない無表情だ。
どうしよう。想像の斜め上を行く返答と様子に、どう反応すれば良いか分からない。
疑わしくないと言えば嘘になるし、普段の彼を思えば、全く信じられない話でもない。
迷いが伝わったのか、カインがまた口を開いた。こちらは困惑に染まってるのに、彼は澄んだ瞳のままだ。
「……信じていただけるまで、言葉にします」
私の手を口元へ寄せた。毎日と同じ仕草。
「愛しています」
毎日と同じ言葉。真っ直ぐ見つめる瞳。
いま唐突に理解した。彼はずっと、ずっと、ずっと伝えてくれていた。
感情が表に出ないから、上手い言葉も浮かばないから、ただ彼なりに出来る方法で。
胸がじんわり熱くなる。温もりが広がり、せき止めていた涙がほろりほろりと落ちた。
私が泣いたから、カインがまた起き上がってしまう。
「ち、違うのっ、これは……違くて…」
また彼を疑って、悲しんでるように見えてしまう。ちゃんと説明しないといけないのに、涙と熱い胸がそれを妨げる。
拭っても拭っても零れる涙に、カインがすっと唇を寄せた。あまりに自然な動作だったから、少し遅れて、驚きに目を開く。
「……カイン?」
「………………申し訳ありません」
カインが口を拳で押さえ、身を引いた。慌てて腕に触れて止める。
「あ、謝らないで…!」
「………」
「もっと……してほしい」
顔がカァッと熱くなった。何を口走ってるのだろう。あまりに、はしたない。
カインは表情こそ変わらないけれど、わずかに瞳が揺れた。
頰に手が添えられ、ゆっくり顔が近づく。
心音が耳元で鳴っている。間近まで迫った彼の唇に、目を閉じた。
――コツンッ
……あれ?
思ってたのと違う感触に目を開ける。額と額とをくっつけていた。顔はこの上なく近かったので、頰が熱を持つ。
いや、これ以上近くなるつもりだったと思い直した。
「…………」
カインがため息をつき、顔を離す。
同時に、続き部屋への扉と、開けていた廊下への扉とがノックされた。
それぞれから、マリーとユアンが顔を出す。
「ふふふ。カイン様が目を覚まされたようなので、お医者様をお呼びしますね」
「んんっ……ミア様、そろそろ朝食の時間です。一度、部屋へ戻られてはいかがでしょうか」
マリーは微笑ましいものを見る目をしている。ユアンは居心地が悪そうにしている。
ぜ、全部聞かれていた。愛を確かめ合うやり取りも、は、は、はしたない……発言も……。
さっきまでとは別の熱で顔が染まり、ぷるぷる震える。
私の涙が引っ込んだからか、カインが身体をベッドへ倒す。いつも通り、驚くでも羞恥に染まるでもなく、平然としていた。
……絶対に、絶対に!絶対に!!彼は気づいていた!!!
馬車の中で襲撃に気づく彼が、扉の向こうの盗み聞きに気づかないはずがない!!
私のはしたない発言に二人が入室してくるのも、分かっていたはずだ!!
もう!もう!!もう!!!!
「分かってたんなら言いなさいよ!!!カインのばかぁ!!!!」
次回はカイン視点で少し反芻します。
余談。ミアは知りませんが、創世祭の日(12月22日)はカインの誕生日でした。ミアは3月生まれなので、今だけ同い年。




