隠し事は得意だそうです
オースティン視点です。
回廊を歩く。聖夜の宴から離れ、人の少ないそこは靴音がやけに響いた。
従者に案内され、弟のフィリックスと共に皇太子の執務室へ向かう。
呼び出された理由は…大かた、事情聴取といった所か。まさかこちらのプランで進んでるとは思わなかった。
雇った暗殺者が皇城内でカインを襲撃したのだろう。
聖夜の皇城で刃傷事件が起きれば、内密になど出来ない。調査と責任追及がされるはずだ。
首謀者は父、アレン・ベンシードとなるよう仕組んであるから、カインは襲撃を逃れても、家の不祥事が原因でミア皇女と結婚出来なくなる。
そうなれば、ベンシード伯爵位の継承に皇室の介入は無くなり、当初の予定通り俺が爵位を継げる。
本当はそうなる事を嫌ったカインが城外へ暗殺者を誘い出し、一人で対処しようとした所を仕留める……というのが第一プランであったが、良いだろう。
「兄上、酷い笑い方ですよ」
「おっと、そうか」
弟に指摘され顔を手で覆う。どうにも悪役顔のため、意識しなければ悪い表情になってしまう。
顔に力を入れても、口元だけは緩んだ。
「ご機嫌ですね」
「目障りだったものが片付きそうだからな」
思えば最初から、邪魔な存在だった。
あれが生まれた頃から、賢かった母が嫉妬に狂いおかしくなり、父に似てない顔を理不尽に責められた。ついに正妻へ手をかけたかと思えば、今度は俺に爵位を継がせる事ばかり注力してきて、辟易した。
頭のおかしい母など、最早どうでも良い。
ただ、一度伯爵令息として過ごし、今さら庶民の生活など耐えられない。カインが爵位を継げば、母への復讐もかねて俺達は家から追い出されるだろう。
ならば母に乗って俺が爵位を継ぐしかない。それが、ようやく実現する。
執務室へ着き、従者がノックし扉を開けた。
「来たか。入れ」
この国の皇太子、サミュエル殿下が迎える。……と言っても、書類へ視線を向け座ったままだ。
室内は灯りも少なく薄暗い。先まで降っていた雪は止んだのか、窓から差し込む月の光が部屋を照らしていた。
皇太子は一応書類に目を通しているが、俺達と話をするため部屋を開けただけで、長居する気はないのだろう。
「サミュエル皇太子殿下、お目にかかれて光栄です。ベンシード伯爵家のオースティンと申します。こちらは弟のフィリックスです」
やっとサミュエル皇太子が顔を上げた。
皇帝陛下と同じ、黄金に輝く髪と翡翠の瞳は王者の風格を醸し出している。獅子のような威圧感に、思わず身震いした。
見たのは俺達ではなく、控えていた近衛騎士だった。視線で合図を送る。
途端、騎士等はいきなり俺達の腕を捻り床へねじ伏せた。
「なっ!何をする!!」
「無礼だぞ!!」
暴れても拘束する手はビクともせず、布で口を塞がれそうになる。皇太子は既に書類へ視線を戻していた。
「お、お待ちください!!何かの誤解です!!!」
「どうかお話を!!」
サミュエル皇太子が再び顔を上げた。
「話か。いいだろう」
弟と二人、小さく息をついたのも束の間、続く言葉に衝撃を受ける。
「可愛いミアが害されかけたんだ。恨み言の一つでも言ってやろう」
「なっ!??」
ミア皇女だと?!本当に身に覚えが無いじゃないか!
「覚えがございません!」
「ふむ。お前等がカインへ放った暗殺者が、皇女と気づかず剣を向けた。どうだ、覚えがないか?」
「っ…!」
「髪色を隠しただけで皇女と分からなくなるとは……程度の低い者を雇ってくれたな」
「お、皇女殿下にお怪我は……」
「怪我はなかった」
な、なんて事をしてくれた!皇女殺害…未遂としても、伯爵家の地位など失墜する!!
首謀者は処刑され、家格は落ちるだろう。本当に程度の低い暗殺者を雇ってしまったようだ。
「……皇女殿下がご無事で何よりです。しかし、カインへ暗殺者など…真に覚えがございません」
起きてしまった事は今更どうにも出来ない。しかし首謀者とされ処刑されるのはゴメンだ。
大丈夫なはず。調べれば調べるほど、俺は無関係と判断されるようにしてある。
サミュエル皇太子の口角が上がった。
「お前は随分と隠し事に自信があるようだな。確かに、表に出せる情報だけなら首謀者はアレン・ベンシードだ」
「……」
冷や汗が流れる。首謀者に行き着くのが速過ぎる。事件が起きてから調べたのではなく、事前にこちらの動きを察知していたのだろう。
さらに、非合法な情報も含めれば、俺が首謀者という証拠もあると言っている。
しかし、やはり断罪されるのは父だ。
「父の所業に気づかず、申し訳ありません。私どもに責が無いとは言いませんが、どうか怒りをお鎮めください」
目線で近衛騎士を下がらせて欲しいと訴える。
「……まだ、この場を逃れられると思ってるのか?」
「父は必ず引き渡します。私どもを不当に捕らえては、殿下もいらぬ反感を買いましょう」
表に出せない証拠で、俺達を罰する事など出来ない。
至極真っ当な事を言っているはずなのに、サミュエル皇太子は理解出来ないといった顔をして腕を組んだ。
「呆れたな。お前は本当にカインの兄なのか?」
あれと比べられ、尚且つ下に見られた事に、小さな怒りを覚える。
「……では、私どもを捕らえる正当な理由をお聞かせください」
失礼になるほど、怒気を含んだ声が出た。
「理由は必要ない」
皇太子に、諦念のこもった瞳で見下ろされる。
「誰が公に断罪すると言った。俺はお前よりも隠し事が得意だ。伯爵家の庶子を消すなど、造作もない」
「なっ…?!!」
言われた内容に言葉も出ない。
俺もそれなりの事を繰り返してきた。証拠を残さず辻褄を合わせる、その大変さは分かっているつもりだ。人ひとり消すのに、どれだけ労力が必要か………それを、造作もないと言う。
サミュエル皇太子が立ち上がり、扉へ向かう。もはや俺達へは一瞥もくれない。
「殺しても死ななそうなカインに何をしようと見逃していたが、か弱い妹が害を受けるとなれば話は別だ」
従者により扉が開けられる。去り際、ため息が聞こえた。
「恨みを言うにさえ値しなかったな。時間の無駄だった」
軋みながら、扉がゆっくり閉まって行く。
同時に悟った。俺達の未来も、閉ざされたという事を。




