このままではいけません(2)
※ R15 残酷な描写あり
驚き、開いてしまった口を手で覆う。
フィリックスの後ろ姿は、カインそっくりだった。
「髪色も背格好も全く同じで、瓜二つだよね。うっかり間違えちゃったよ」
ハリー兄様が小さく舌を出す。頷いて返した。これだけ似ていたら、私も間違える。
……いや、もう間違えたのかも知れない。
一度しぼんだ期待が膨らむ。
今更ながら、オースティンが私の刺繍を見たと言った事が気になった。
普通はありえない。けれど、悪意を持ってカインの私物を盗んだとしたら?
オースティンとカイン、レイモンドは、仲が悪くとも近しい親族だ。もしカイン等の留守中にオースティンが邸を訪れたら、使用人は追い返せるだろうか。
押し入って、こっそり小物を奪うくらい……出来るかも知れない。
見落としていた可能性に気づき、期待がより膨らむ。
それと同時に、胸に嫌なモヤがかかった。
全部ただの憶測。決定的な証拠なんてない。真実がどちらか、もしくは全く別かも分からない。
もし期待して違ったら?……現実を叩きつけられ、きっと立ち直れなくなる。
「ミア、大丈夫?」
ハリー兄様が心配げに顔を覗き込んだ。私が立ち止まり、俯いてしまったからだ。
私は、どうしたら良いのだろう。
ドレスを強く握りしめる。
カインを探して全てを確かめたい気持ちと、それを恐れる気持ちとがせめぎ合う。
握りしめる手に、何かが光った。
黄水晶の婚約指輪だ。
彼女のドレスと同じ黄色……なのに、思い出した景色は別のものだった。
夕暮れの馬車で見た、カインの瞳。
初めて彼の気持ちを尋ねた。愛してると言ってもらった。
思ったはずだ。ちゃんと聞かなければ相手の気持ちは分からない。分からなければ、私達もいつかすれ違ってしまうと。
今の私はどうだろう。
言いたくない事ばかり口にして、聞きたい事は何一つ聞けていない。
本当に、このままで良いのだろうか。
「…………良いわけない!!!」
両手で頰を叩く。しっかりしなさい!!
このままなんて、絶対ダメに決まってる。カインとまともに話せもしないで、結婚なんて、出来ない!!
「お兄様!一緒にカインを探して!」
「へっ?う、うん。いいよ?……っていうか、今見つけた」
「ぇっ……ど、どこ?」
カインに話を聞く!と、決めたは良いけれど……怖いものは怖い。怯えるように辺りを見る。
「たぶんだけど、彼じゃないかな」
ハリー兄様が指したのは、窓の外。降り始めた雪の向こうに、近衛騎士の制服を着た人影があった。
後ろ姿はカインに見える。けれど、さっきは無かった剣を身に付けていた。
「城門に向かってるね。何か忘れ物でもしたのかな?」
「今夜、わざわざ家に帰らなきゃならない忘れ物って、何でしょう」
「それは……うーん、思い浮かばないね」
嫌な予感がする。以前は大外れした予感だけれど、今回も外れとは限らない。
カインが一人で、剣を携えて、私から離れて行く。
不安に突き動かされ、はしたなく走り出す。
「ミア?!」
「ミア様!!」
お兄様やユアンの声を後ろに、会場の人波を縫って大広間を出る。
振り返ると、近衛騎士等は身体が大きいからか、まだ窓の近くにいた。
護衛も連れず、私一人で行ってもどうしようもない……けれど気持ちが焦ってしまう。
どうせ彼等の方が足は速い。待つより先に行った方が良いと自分に言い訳し、カインを追いかけた。
遅めに来た招待客と何度もすれ違う。走る姿を見られるのも挨拶で足止めも困るので、ティアラを外し、ショールを被って髪色を隠した。
大扉から外へ出る。
さ、寒い!!
雪が積もり出していて、足が取られる。それでも震える腕を抱き、転ばないように気をつけながら走る。
慣れないからか、もう息が上がっていた。白い息が頬を撫でる。
ついに城門まで出てしまった。初めて護衛も連れず城外へ出た。
警備兵は入る人達に注意を向けていて、出たのが皇女とは気づかなかったようだ。
心許なさに戸惑いながらも、カインを探して周囲を見回す。
ーー キンッ
城外の街路樹と低木の陰から、小さく金属音が聞こえた。聞き覚えのある音だ。
ざわつく胸を押さえ、音のした方へ進む。
どんどん音が大きくハッキリしてきた。城門から大分離れた所で、ようやく音の正体を視界に捉える。
カインが、舞っているように見えた。
雪が散る中、流れるように剣が振られる。剣の軌跡をなぞり雪が揺れた。彼が動くたび形を変えるコートさえ美しく、よく考えられた演舞のようだった。
息をのみ、一拍遅れて実際の状況を確認する。見慣れない黒い装束の人物3人がカインが取り囲んでいた。それぞれ両手に短剣を構えている。一人同じ服装の人物が倒れているから、最初は4人いたようだ。
カインは動きを読んでるのか、相手になかなか斬らせない。けれど多勢に無勢、素人目からは防戦一方に見えた。
戻らないと。
戻って、警備兵かユアン達を呼んで来ないといけない。そう思うのに、足が竦んで動かなかった。寒さからだけでなく、手足が震え冷えていく。
一歩後ずさった所で、カインがこちらを見た。ほぼ同時、かじかんだ手が、持っていたティアラを落とす。低木に当たり、がさりと音を立てた。
黒装束の3人から、鋭い視線を向けられる。
一瞬の間、一人がカインに鳩尾を蹴られ、一人は私へ短剣を投げた。
全てがゆっくりに見える。
カインが無理な姿勢で投げられた剣を弾き、相手に背を向けた。そこへすぐ別の短剣が振り下ろされる。
白い雪と暗闇のモノクロな世界に、鮮やかな赤が散った。
「っ……!!!」
声にならない悲鳴を上げる。
カインは呻きもせず、振り向きざま相手を斬り捨てた。勢い手放された短剣を掴み取り、最後の一人へ投げる。
立っているのが、私達二人だけとなった。
「カ、カイン!!」
やっと動いてくれた足で、カインへ駆け寄る。彼の身体がぐらりと傾き、私に覆い被さった。重みに耐えきれず、二人で倒れる。
身体を受け止めた手に、ぬるりとした感触がした。
見れば、震える手は赤く染まっている。近衛騎士のコートにみるみる染みが広がっていった。
「いや…」
「………」
カインは何も言わず、ただ白い息を荒く吐くだけ。
「いや……嫌だ!!いや!カイン!!っ――――――――――!!!!!!」
現実感が遠退き、自分が何を言ってるのかもよく分からなくなった。
私の叫び声も、駆け寄るユアン達の足音も、腕の中にあるカインの温もりも、全て雪が吸い込み、消えていくようだった。




