このままではいけません(1)
白い息を吐き出す。
頰に触れる空気はキンと冷えている。留め具の無い外衣の端を手で寄せた。
空は雲に覆われて月明かりも無い。薄暗い通路をカインにエスコートされ進む。
今日は一年で最も夜が長い。神がその息吹で一夜にして世界を作ったとされる、創世祭の日だ。祝いの会が皇城で開かれている。
皇族そろって礼拝堂で祈りを捧げ、招待客の集まる大広間へ移動する。毎年、この移動が寒い。屋根はあってもほぼ外を通るものだから、わざわざ外衣を羽織らなくてはならない。
ふいにカインが立ち止まった。暗い庭園の方を眺める。
「………」
「………」
またすぐに歩き始める。何があったのかと思っても、それを口には出来なかった。
丘で泣いてしまった日から、まともに話せていない。口を開けば余計なことを言ってしまう気がして、怖い。カインに嫌われたくない。
大広間へ着き、侍女が外衣を外す。広いのに所狭しと人が集まっていて、冬とは思えない暖かさだ。
お父様の挨拶が終わると、明るい祝いの曲が演奏され、会場が賑やかになった。
私もこの場に混ざろうと壇上から下りる。
けれどカインによって会場の端へ端へと進まされ、ついに大広間を出て、休憩室へ入ってしまった。会が始まったばかりのため、私達以外は誰もいない。
「こちらでお待ちください」
「……え?」
彼だけ部屋を出ようとする。とっさに腕を掴んでしまった。
カインと目が合う。引き止めたのを咎める目に見えた。
「あ、あの……」
「………」
「っ…」
一人でどこへ行くの?……し、知り合いにでも会いに行くの?……誰に、会うの?
どの問いも口から出てこない。胸が重く痛むだけ。
手を外された。
「……すぐ戻ります」
それだけ言い残し、彼の背が扉の向こうに消えた。
今夜はほとんどの貴族が参加している。黄色のドレスを着ていたあの人も……きっと来ている。彼女の所へ、行ったのだろうか。
………い、いや、嫌だ……嫌だ!!
焦る気持ちに押されるまま、扉を開けた。あまり間を空けなかったはずなのに、もう姿が見えない。大広間へ戻っても見つけられない。
「カ、カイン……」
漏れ出た声は、我ながら情けなく弱々しかった。
涙が滲む。こんな場所で泣く訳にいかないと、必死で我慢した。
「ミア様……手隙の者に、カインを探させましょうか」
ユアンが心配し、声をかけてくれる。
「ええ……ぁ、や、やっぱり探さないで…」
今カインと彼女の親密な様子でも見てしまったら、涙を堪えられそうにない。何も見ず、何も考えず、大人しくカインが戻るのを待ってる方が良い。
ズクズクと痛む胸を押さえながら、休憩室へ引き返そうとした。
「おや、ミア皇女殿下。お一人ですか」
声へと振り返り、顔が歪む。前にもこんな事があった。
「あまり嫌わないでください。いや、むしろ好かれてると思って良いのでしょうか」
「……変な勘違いしないでちょうだい」
「ミア皇女殿下は、そんな顔も可愛らしいですね」
表面的な笑顔と言葉に、寒気がする。声をかけてきたのはオースティンだ。今日は弟のフィリックスも連れている。
「私達は家族になるのですから、もっとお互いをよく知るべきではないかと」
白々しい。私達を結婚させる気なんて無いくせに。
先日もカインの頬に不自然な煤がついていた。冬明けに結婚式を挙げる予定だからか、だんだん不審な出来事の頻度が高くなっている。
「例えばそうですね……ご趣味は何でしょうか」
なんだその質問は。仲を深めたい男女のような問いに、うんざりする。
けれど笑顔の兄弟に私を逃す気はない。二人とテーブルとの位置関係上、彼等の肩に触れず立ち去れない。
諦めてため息をつく。
「趣味ね、刺繍かしら」
本当はあまり刺繍なんてしない。観劇やお茶会が好きだけれど、話が広がってしまうので避けた。
「あぁ、あの美しい刺繍ですね」
「え?……あのって?」
「先日、拝見する機会がありましたので」
「……はぁ」
私が最近刺繍したのは、カインにあげたハンカチくらいだ。
カインが家族と会う事は、まあ無いだろう。他の人の刺繍と勘違いしてるか、適当な事を言ってるに違いない。
早くこのつまらない時間、終わってほしい。
「やぁ、ミア。こんな端っこでどうしたの?」
心の中で小さくバンザイした。ハリー兄様が来てくれたのだ。何故かフィリックスの肩を叩いている。
「あれ?えっと……どちら様かな?」
お兄様がフィリックスの顔を見て、驚いたように肩から手を離した。知り合いではないらしい。
「お目にかかれて光栄です、ハリー皇子殿下。カインの兄で、フィリックスと申します。こちらは長兄のオースティンです」
「あぁ、どうりで。カインはどうしたの?」
「………それは」
この場の誰も答えを持っていない。
しばらく遠退いていた胸の痛みが戻ってきた。
沈黙の後、オースティンが話題を変えようとしてか口を開き、それと被るようにハリー兄様が声を発した。
「また、兄さんにでも捕まってるのかな」
「え?」
「やたらカインを気に入ってるよね。前にも夜会で連れ回してたし」
テーブルの料理を取りながら、大した事でもないように話す。
ハリー兄様が兄さんと呼ぶのは、皇太子のサミュエル兄様だけだ。私はサミュエル兄様がカインを連れ回してるのなんて、見た事がない。
そして、カインと別行動をした夜会は少ない。
「いつ!いつの夜会ですか?!」
「へ?いや…具体的には覚えてないけど」
鴨のテリーヌを口にしながら首を捻っている。
「まあ、僕と兄さん、ミアが参加した夜会だから……えーっと。ジャンター侯爵の夜会か、ハンセルク侯爵、バン侯爵、ジュニペリフォリア公爵、リクセス伯爵…と、皇城のどれかだね」
「バン…侯爵…」
バン侯爵の夜会でも、少しカインと離れた。キャロライン姉様の嫁ぎ先な事もあり、女性だけで話した時間があったのだ。
膨らんだ期待が一気にしぼむ。
「ハリー皇子殿下、あちらのローストビーフも絶品でしたよ。さすが皇城のシェフは、腕が違います」
オースティンが離れたテーブルを指す。始まったばかりの会で、あんな遠くの料理を既に食べてるとは信じ難い。お兄様を遠ざけ、さっきのつまらない話を続けたいらしい。
「そう?じゃあミアも一緒に行こう」
「あ、はい。ぜひ」
ハリー兄様は私の肩を抱き、軽い挨拶をして二人から遠ざかってくれた。
さすが、私の気持ちを分かってくれている。
「なんか変な雰囲気の人達だったね。ミアを取り囲んだりして」
「まぁ…その通りです」
「見た目はカインに似てるけど、彼等とは仲良く出来そうにないなぁ」
「え、顔も似てないですよ」
父親そっくりのカインに対して、オースティンは母親似だ。フィリックスは父親寄りであるものの、つり目の印象が強く、カインと似てる気はしない。
「顔は似てないけどね。ほら、見てごらん」
お兄様がそっと後ろへ振り向く。私も二人にバレないよう盗み見た。




