表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/42

このままではいけません(1)

 白い息を吐き出す。

 頰に触れる空気はキンと冷えている。留め具の無い外衣の端を手で寄せた。

 空は雲に覆われて月明かりも無い。薄暗い通路をカインにエスコートされ進む。


 今日は一年で最も夜が長い。神がその息吹で一夜にして世界を作ったとされる、創世祭の日だ。祝いの会が皇城で開かれている。


 皇族そろって礼拝堂で祈りを捧げ、招待客の集まる大広間へ移動する。毎年、この移動が寒い。屋根はあってもほぼ外を通るものだから、わざわざ外衣を羽織らなくてはならない。


 ふいにカインが立ち止まった。暗い庭園の方を眺める。


「………」

「………」


 またすぐに歩き始める。何があったのかと思っても、それを口には出来なかった。


 丘で泣いてしまった日から、まともに話せていない。口を開けば余計なことを言ってしまう気がして、怖い。カインに嫌われたくない。


 大広間へ着き、侍女が外衣を外す。広いのに所狭しと人が集まっていて、冬とは思えない暖かさだ。

 お父様の挨拶が終わると、明るい祝いの曲が演奏され、会場が賑やかになった。


 私もこの場に混ざろうと壇上から下りる。

 けれどカインによって会場の端へ端へと進まされ、ついに大広間を出て、休憩室へ入ってしまった。会が始まったばかりのため、私達以外は誰もいない。


「こちらでお待ちください」

「……え?」


 彼だけ部屋を出ようとする。とっさに腕を掴んでしまった。

 カインと目が合う。引き止めたのを咎める目に見えた。


「あ、あの……」

「………」

「っ…」


 一人でどこへ行くの?……し、知り合いにでも会いに行くの?……誰に、会うの?

 どの問いも口から出てこない。胸が重く痛むだけ。

 手を外された。


「……すぐ戻ります」


 それだけ言い残し、彼の背が扉の向こうに消えた。

 今夜はほとんどの貴族が参加している。黄色のドレスを着ていたあの人も……きっと来ている。彼女の所へ、行ったのだろうか。


 ………い、いや、嫌だ……嫌だ!!


 焦る気持ちに押されるまま、扉を開けた。あまり間を空けなかったはずなのに、もう姿が見えない。大広間へ戻っても見つけられない。


「カ、カイン……」


 漏れ出た声は、我ながら情けなく弱々しかった。

 涙が滲む。こんな場所で泣く訳にいかないと、必死で我慢した。


「ミア様……手隙の者に、カインを探させましょうか」


 ユアンが心配し、声をかけてくれる。


「ええ……ぁ、や、やっぱり探さないで…」


 今カインと彼女の親密な様子でも見てしまったら、涙を堪えられそうにない。何も見ず、何も考えず、大人しくカインが戻るのを待ってる方が良い。

 ズクズクと痛む胸を押さえながら、休憩室へ引き返そうとした。



「おや、ミア皇女殿下。お一人ですか」


 声へと振り返り、顔が歪む。前にもこんな事があった。


「あまり嫌わないでください。いや、むしろ好かれてると思って良いのでしょうか」

「……変な勘違いしないでちょうだい」

「ミア皇女殿下は、そんな顔も可愛らしいですね」


 表面的な笑顔と言葉に、寒気がする。声をかけてきたのはオースティンだ。今日は弟のフィリックスも連れている。


「私達は家族になるのですから、もっとお互いをよく知るべきではないかと」


 白々しい。私達を結婚させる気なんて無いくせに。

 先日もカインの頬に不自然な煤がついていた。冬明けに結婚式を挙げる予定だからか、だんだん不審な出来事の頻度が高くなっている。


「例えばそうですね……ご趣味は何でしょうか」


 なんだその質問は。仲を深めたい男女のような問いに、うんざりする。

 けれど笑顔の兄弟に私を逃す気はない。二人とテーブルとの位置関係上、彼等の肩に触れず立ち去れない。

 諦めてため息をつく。


「趣味ね、刺繍かしら」


 本当はあまり刺繍なんてしない。観劇やお茶会が好きだけれど、話が広がってしまうので避けた。


「あぁ、あの美しい刺繍ですね」

「え?……あのって?」

「先日、拝見する機会がありましたので」

「……はぁ」


 私が最近刺繍したのは、カインにあげたハンカチくらいだ。

 カインが家族と会う事は、まあ無いだろう。他の人の刺繍と勘違いしてるか、適当な事を言ってるに違いない。

 早くこのつまらない時間、終わってほしい。



「やぁ、ミア。こんな端っこでどうしたの?」


 心の中で小さくバンザイした。ハリー兄様が来てくれたのだ。何故かフィリックスの肩を叩いている。


「あれ?えっと……どちら様かな?」


 お兄様がフィリックスの顔を見て、驚いたように肩から手を離した。知り合いではないらしい。


「お目にかかれて光栄です、ハリー皇子殿下。カインの兄で、フィリックスと申します。こちらは長兄のオースティンです」

「あぁ、どうりで。カインはどうしたの?」

「………それは」


 この場の誰も答えを持っていない。

 しばらく遠退いていた胸の痛みが戻ってきた。


 沈黙の後、オースティンが話題を変えようとしてか口を開き、それと被るようにハリー兄様が声を発した。


「また、兄さんにでも捕まってるのかな」

「え?」

「やたらカインを気に入ってるよね。前にも夜会で連れ回してたし」


 テーブルの料理を取りながら、大した事でもないように話す。


 ハリー兄様が兄さんと呼ぶのは、皇太子のサミュエル兄様だけだ。私はサミュエル兄様がカインを連れ回してるのなんて、見た事がない。

 そして、カインと別行動をした夜会は少ない。


「いつ!いつの夜会ですか?!」

「へ?いや…具体的には覚えてないけど」


 鴨のテリーヌを口にしながら首を捻っている。


「まあ、僕と兄さん、ミアが参加した夜会だから……えーっと。ジャンター侯爵の夜会か、ハンセルク侯爵、バン侯爵、ジュニペリフォリア公爵、リクセス伯爵…と、皇城のどれかだね」

「バン…侯爵…」


 バン侯爵の夜会でも、少しカインと離れた。キャロライン姉様の嫁ぎ先な事もあり、女性だけで話した時間があったのだ。

 膨らんだ期待が一気にしぼむ。


「ハリー皇子殿下、あちらのローストビーフも絶品でしたよ。さすが皇城のシェフは、腕が違います」


 オースティンが離れたテーブルを指す。始まったばかりの会で、あんな遠くの料理を既に食べてるとは信じ難い。お兄様を遠ざけ、さっきのつまらない話を続けたいらしい。


「そう?じゃあミアも一緒に行こう」

「あ、はい。ぜひ」


 ハリー兄様は私の肩を抱き、軽い挨拶をして二人から遠ざかってくれた。

 さすが、私の気持ちを分かってくれている。


「なんか変な雰囲気の人達だったね。ミアを取り囲んだりして」

「まぁ…その通りです」

「見た目はカインに似てるけど、彼等とは仲良く出来そうにないなぁ」

「え、顔も似てないですよ」


 父親そっくりのカインに対して、オースティンは母親似だ。フィリックスは父親寄りであるものの、つり目の印象が強く、カインと似てる気はしない。


「顔は似てないけどね。ほら、見てごらん」


 お兄様がそっと後ろへ振り向く。私も二人にバレないよう盗み見た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


サミュエル様の話は こちら


亀更新ですが新連載始めました!
屍辺境伯と時の魔術師
〜亡くなった貴方と迎える幸せな結婚〜



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ