信じられません
頰に冷たい風が吹きつける。雲がどんよりと空を覆い、昼も過ぎたのに気温が上がっていない。
寒さに震えないで済んでるのは、背中にある温もりのおかげだ。
二人乗りする馬上では否応なしに密着してしまう。だからこそ、デートではよく行われるのだけれど。
今日の午後はカインに休みを合わせてもらい、帝都近くの丘へ来ている。天気を見て予定を変えるべきだったとは、出発してから気づいた。
一番高い所まで登り景色を眺める。この時期は丘を囲むように植えられたイチョウが色づき、とても綺麗だ。
綺麗……なはずなのに、風に揺れる黄色はあの日のドレスを思い起こさせた。チクチクと胸が痛む。見てられなくて、俯いてしまう。本当に予定を変えるべきだった。
「……」
カインが馬を降りた。私も支えられ降ろされる。
敷物を広げ、座るよう促された。私が疲れてるように見えたのかも知れない。
座ると、布越しに地面の冷たさを感じた。風が吹き、今度こそ身体が震える。
カインがコートを脱いで肩に掛けてくれた。
「待って、いいわ。カインが寒くなるでしょう」
コートを取り、カインへ返す。彼は受け取ったかと思うと、また私の肩に掛けた。これを二回繰り返す。
「分かったわ。じゃあこうしましょう」
カインの腕を引き、隣に座らせた。二人の肩にコートを掛ける。
「……」
「ぁ…」
想像したよりも近い距離に、鼓動が速まった。風を避けるコートも温かいけれど、寄せ合う肩や腕がより温かかい。
緊張する私とは違い、彼は何でもない顔で、黙って黄色いイチョウを眺めている。
それを……嫌だと、思ってしまった。何も見たくなくて、また俯く。温もりだけを感じてる方が幸せだ。
「………」
「………」
私が話しかけなければ、会話なんて生まれない。
今日の外出も私が誘った。カインは毎日愛を告げてくれるけれど、義務的とも言えた。
ただ……伯爵位を継ぎたくて、私と結婚するのだろうか。気持ちなんて無いのだろうか。
胸の内を黒いモヤが埋め尽くしていく。
本当はずっと前から気づいていた。それで全て、辻褄が合ってしまうと。
生い立ちを聞いて、彼は伯爵家を恨んでるに違いないと思った。
抵抗せず騎士になったのは、おそらく後ろ盾が無いからだ。母方の家に力があれば、一介の騎士であるレイモンドが彼を引き取る必要なんてない。
そんな状況で、私と結婚できるとしたら?
大きな後ろ盾を得て、ほぼ必ず伯爵位を継げる。家族を追い出す事も、恨みを晴らす事も簡単に出来る。
復讐心があれば、私を好きでなくとも結婚して不思議じゃない。むしろ愛情だけで命を危険に晒すより、ずっと自然だ。
カインが私の手を取り、口元へ寄せた。
触れる事はない。彼が口づけしたのはプロポーズの時、一回だけ。
「……愛しています」
真っ直ぐ見つめられる。
けれど雲に覆われた空のせいか、その瞳が暗く濁って見えた。
「ほ、本当に?」
「はい」
「本当?」
「はい」
「……本当の本当?」
「はい」
何度聞いても肯定してくれる。愛してると言ってくれる。
――どうして?
私がカインを好きなのは当たり前だ。何度も守られ助けられて、好きにならない訳がない。
でも、彼は? 命をかけてまで愛せる何かなんて、私にあるのか。
愛してるというのは、嘘なんじゃないか。
婚約前、彼は好きな相手がいると言っていた。それが誰かは答えてもらってない。黄色いドレスの……彼女かも知れない。
「っ……」
涙が溢れた。
胸を押さえる。ジンと痛んで痛んで仕方ない。
違う。愛してると言ってくれた。何度も、何度も。だから、違う。違うに決まってる……!
頭の中でいくら否定の言葉を連ねても、次から次へ涙が零れ落ちる。
息苦しくなって、肩が上下した。
「……す、好き………カインの、ことが、好きなの」
同じ気持ちであって欲しい。他の誰でもなく、私だけを愛して欲しい。
「………」
いきなり泣いて困惑させているだろうに、カインが涙を拭ってくれた。
視界の端に、私の刺繍したあのハンカチが映り込んだ。
瞬間、バルコニーから見た光景が眼前に広がる。
パシンッ――
反射的に、手を弾いてしまった。
はずみで肩に掛けていたコートが落ちる。ハンカチも湿った土に落ち、染みを作った。
刺繍をした時のような、純粋で前向きな気持ちは何処へ行ってしまったのだろう。今は醜い嫉妬と猜疑心に支配されている。
こんな私が、愛されるはずない。
「同情で優しくしないで」
震える喉から、思いのほか低い声が出た。
「…同情ではありません」
「…………し、信じられない」
こんな事言いたくないのに、勝手に口が動く。
「貴方のことが、信じられない」
視界が涙で歪む中、あの時の光景だけが鮮明に思い出される。
笑い合う、親密な二人。
「私には、笑ってくれた事も無いじゃない……!」
響いた音に、自分で目を見開いた。口元を覆う。
言ってはいけない事を、言った気がする。
怖くて顔を上げられない。彼は今、どんな表情をしてるのだろう。
いつもと変わらない顔だろうか。もし、笑顔の反対だったら……?
ぼたぼたと涙がドレスに落ちた。
カインが動き、怯えるように肩が跳ねる。
彼はコートを私の肩にかけ、優しく背中を擦ってくれた。
「……申し訳ありません」




