(閑話)真夏の空の下で(2)
炎天下、有り体に言ってむさ苦しい男達に囲まれていた。慣れない男臭がつらい。もとより暑いのが、更に暑くなる。
止めどなく流れる汗をハンカチで拭った。化粧は全て落ちていそうだ。
ため息がもれる。どうしてこんな事になったのか。
服を着替え、昼食をとり、濡れてしまったカインのコートも乾いて、それでもマリーのお説教は続いていた。
「マナーは人目がある時だけ気をつけるものではありません。普段の行いが大事な場で出るものなのです。行動に迷った時は周囲を見るのではなく、自分の心に語りかけましょう。周りに人がいなくとも、自分自身も神も見ているのです」
いつまで続くのだろう。いい加減終わって欲しい。
わずかな話の切れ目を逃さず、ユアンに話しかける。
「ユ、ユアン!カインの服も乾いたし、返そうと思うのだけど」
「彼は午後から訓練場におります」
「この暑いのに訓練なの?」
「いつ何が起きるか分かりませんから、暑い日の訓練も必要です」
何とまぁご苦労な事だ。私はいかに涼しく過ごすかばかり考えているのに。
こちらの話の切れ目も逃されず、マリーが話に入ってくる。
「ミア様、カードを添えてくだされば私どもが衣服をお持ちします」
「あら、マリーが?」
「ふふふ。私はまだミア様にお話がございますから、他の者が」
お説教モードの笑顔が相変わらず怖い。もう嫌だ。
「わ、私、今日は用事もなく時間があるわ。なのに借りた物を侍女に返させるのは、礼に欠けると思うの。直接返しに行くわね!」
「それなら私もご一緒します」
「え…」
「何か不都合でも?」
「い、いいえ?」
不都合ありまくりだ。
訓練場まで歩いてる最中はお説教も止まるから、それは良い。けれど、まだカインの顔を正面から見られる気がしない。
カインに直接返す気なんて無く、騎士団に衣服を預けてマリーから逃げる算段だった。
今更侍女にお願いする事もできず、仕方なくマリーやユアン等と部屋を出た。
訓練場は皇城の西に位置している。開けた場所で、日影はほとんど無い。日傘を持ってきて正解だった。
カインと会う心の準備が出来ず、少し離れた低木に隠れ、様子を窺う。数十人の騎士が集まって、指導者から何か指示を受けているようだ。
訓練だからか単に暑いからか、制服のコートを着ている者はいない。カインが困ってなくて良かった。
「ミア様?」
不審な行動をとる私にマリーが微笑む。
「あの、ほら、いきなり私が現れたら驚かれるでしょう?タイミングを見て、さっと用を済ませようと思って…」
「そうですか、一理ありますね。けれど隠れるような姿は止めましょう。背筋を伸ばしてください」
マリーに逆らわず背筋を伸ばし、再度窺い見る。
集まっていた騎士等が散って、二人一組で手合わせを始めた。
カインの相手にやたら見覚えがある。
「ユアン、あれってもしかして……サミュエル兄様?」
「はい。皇太子殿下はたまに騎士団の訓練に参加しています」
「こんな暑い日にしなくても良いのに…」
「近頃はカインの訓練日と合わせているようですね。二人は実力が近いですから」
「そうなの?」
「他の者では、なかなか殿下の相手になりません」
お兄様は剣術に優れていると聞いていたけれど、本職である騎士の中でも強いとは知らなかった。
確かに、二人の動きは他より速く鋭い気がする。舞うように繰り出される剣撃。ちょっと…いや、かなり格好いい。主にカインに見惚れてしまう。
「ミア様、この手合わせが終わったら渡しに行きましょうね」
「うっ」
「ふふふ。何か異論が?」
「あ…ありません……」
そんなやり取りをしたのが、30分以上前。
「まだ終わらないの??!!」
二人の試合はまだ続いていた。他の人達は入れ替わり休憩へ入っているのに。
「どちらかの攻撃が通れば交替です。殿下は攻撃への反応が速く、カインは殿下の動きを読み切っています。二人はいつも長引くのですよ」
「こんな陽射しの中で、日に当てられないのかしら」
「水分は小まめに取るよう指導していますが……」
「小まめにって、もう結構時間が経ってるじゃない」
かく言う私達も、照りつける陽射しの中で30分以上立ちっぱなしだ。そろそろ座って休みたい。
マリーが顎に手を当て、何か考える仕草をした。
「…… 一旦部屋へ帰りましょう。先に戻り、冷たい飲み物をご用意いたします」
そう言って、立ち去って行った。
……あれ? やった!今ならマリーから逃げられる!
彼女が見えなくなったのを確認して、休憩している騎士等の元へ進む。
「ミア様、まだ手合わせは終わってませんよ」
「ここまで来たのだから、他の人に渡してから帰るわ」
「それは得策とは思えませんね」
「あら、何故かしら。また来るより良いでしょう?」
すぐ目的地に着いたので、ユアンと話すのを止めて適当な騎士に話しかける。
「ちょっと貴方、良いかしら」
「は、はい!」
「これをカインに渡して欲しいの」
「……ミア皇女殿下とお見受けします。プレゼントでしょうか」
喜色を含んだ顔で尋ねられる。私とカインの関係を知っているのだろう。
「いえ、これは…」
説明しようとして、止まる。
これを近衛騎士の制服と言えば、何故それを私が持ってるのかという話になる。もちろん理由なんて言えない。
理由を言わなければ、あらぬ誤解を受ける。脱ぐはずのない制服を脱ぐ何かがあり、それを女性の元へ忘れていったと……。
「ミア皇女殿下?」
「あっ…いえ、そうなの。ちょっと贈り物をね。その、や、やっぱり自分で渡すわ」
「それが良いです。生憎カインはまだ手合わせの途中ですから、こちらにお掛けください」
促されるまま座る。
制服は袋に入れてあるけれど、袋の口は開いている。覗けば中身が何かすぐ分かってしまう。もはやこれを誰かに預けるなんて、出来やしない。
仕方なく屋根もないベンチで待つ事にした。
日傘を差していても、太陽に温められた座面は熱い。地面からの熱気もある。汗が止まらない。
「ミア様。こんな物しかございませんが、よろしければどうぞ」
ユアンに渡されたのは木製の水筒だ。
頰に熱が集まる。カインと一緒に飲んだ事を思い出した。喉の渇きにふたを開けるも、飲み口を見てまた閉めてしまった。
訓練で汗を流し談笑する騎士等の中、女性は私一人だけという居心地の悪さで……待つこと更に30分。
「まだ!!終わらないの??!!」
蜃気楼が見えそうな熱気の中、他の人達が既に10回くらい交替してるのに、二人は未だ鋭い剣撃を繰り出し合っていた。
とはいえ、流石に睨み合う時間も増えてきた。
カインもサミュエル兄様も最初はすました顔をしてたのに、今は玉の汗を流し頰を上気させている。……何となく直視しづらい。
ユアンが眉を寄せた。
「そろそろ、止めた方が良いかも知れませんね」
「そうね。はやく止めてちょうだい」
私も用を済ませて帰りたい。恥ずかしい云々より、暑さから逃れる方が重要になってきた。本当に暑いのだ。頭がぼぅっとする。
汗を拭き続けたハンカチはこれ以上水分を吸いそうにない。せっかく着替えたドレスもベタベタしてきた。
「皇太子殿下が望んで行なってる試合を、一介の騎士が中断させる事はできません」
「え?じゃあどうするのよ」
「止められる方が、この場にお一人いらっしゃいます」
「ならその人にお願いして」
「ではお願いします」
…………へ?
ユアンがこちらを見ている。後ろへ振り向くと、他の騎士等も私を見ていた。
「わ…私ぃ?」
確かに曲がりなりにも皇女だ。女性とはいえ騎士よりは適任かも知れない。家族はみんな私に甘いこともある。
男性の間に割って入るのはあまり気乗りしないけれど……諦めて立ち上がる。くらりと軽く目眩がした。
二人の元へ歩を進めるも、足がもつれる。
ふと、カインと目が合った。
―――キィインッ…
剣が放物線を描き、乾いた音を立てて落ちる。
カインの喉元に、サミュエル兄様の剣が突きつけられた。
「お前、わざと負けたな」
「………」
お兄様がカインを冷めた目で見下ろす。冷たいのは目だけで、吐いた息は熱そうだ。
そんな状態で続けるより、わざとでも何でも終わりにする方が良いだろうと言いたい。
喉元から剣が退いた。
サミュエル兄様の口角が上がる。
「今回限り許そう。さっさとミアを何とかしろ」
え……私??なんで?
暑さにやられぼんやり眺めていたら、カインが近づいて来た。
彼の赤い頰、荒い呼吸に、胸がドクドク鳴る。
シャツが張り付き、鍛えられた身体がよく見えた。見てられないと思うのに目が離せない。
クラクラして、世界が回るような感覚に襲われた。比喩じゃなく、本当に視界が回っている。
倒れる身体をカインに受け止められた。
カインの匂いだ。男性らしい匂いなのに不快感はなく、むしろ好きかも知れない。
彼の耳元から流れ出た大粒の汗が、首筋を辿り……私の胸元へ落ちた。
頭がカァッと熱くなり、そして目の前が暗くなる。
―― ふつり
そこで意識が途切れた。
今夏の最高気温を記録したこの日、不幸中の幸い、皇城内で熱中症に倒れたのは、陽の下に慣れていない私だけだった。




